五年前、東京近郊のT市に住んでいたころ、妻は私の制止も聞かずに、可哀そうだとばかりに野良猫に餌をやりだした。そのうちに、増えると困ると言って、家の周りにたむろする野良猫を去勢やら避妊手術するのだと、捕まえ出した。そのうちの一匹に手の甲を噛みつかれたことがあった。みるみるうちに腫れてきて、今まで経験したことがないくらいだ。すぐにペットクリニックに走った。消毒だけでもと訴えれど、獣医に人間の治療は、一切やれないと断わられた。破傷風に罹らないように、すぐに病院へ行けと言われた。その上に、「野良猫はいろいろな病原菌を持っているからね」と脅されたらしい。病院では、破傷風の予防注射は、3回に分けて打つことになった。二回目は、一か月後、三回目は、一年後だった。そんなことが、あっても妻は、猫に懲りない。



話は変わるが、家のミーコは名前を呼ぶと寄ってくる。このときシッポを立ててくることが多い。シッポを垂直に立てている。これは、うれしいときや甘えてるときだ。最近、僕をじっと見つめながら「ニャー」など鳴きながら近づいてくる。声をかけると「ニャーゴ」「ニャーン」「ニャー」などと鳴いて返事をする。可愛いものである。「ミーコ」と呼ぶと顔を向けて、こっちを見る。寝ているときは、目を開けずとも、「ニャー」など鳴いて返事をする。しっぽだけの返事もある。しかし、名前を呼んでも何も反応しない場合もある。返事をするのも、めんどうなのかもしれない。ミーコは、しあわせものである、それにくらべ野良ネコはどうだろうか。



以前にブログの<シンパシー>で熊太郎のことを紹介した。クマは、わが家の縁の下に住み着いて、世知辛い世の中を精いっぱい生きていると書いた。この暑さにクマも、ややグロッキー意味で、例の哀調を帯びた声で、ミャーゴ、ミャーゴと鳴いて餌をねだる。少し、痩せてきている。猫の縄張り争いは尋常ではない。引っ越ししたばかりのころ、ミーコはクマの今までの領域を侵犯することになった。だから外に出るときは、ミーコも遠慮しつつ、クマの影が見えないのを確かめて、そっと出かけてゆく。そこへくると、クマは日々、こちらの動きを見つつ動く。一歩こちらが引けば、二歩中へと入り込んでくる。暑いものだから、窓を開けっぱなしにしておくと、夜中に「ギャオー」とけたたましく鳴き声を上げる。何事かと目を覚ますと、クマとミーコの喧嘩である。ミーコにしてみれば、家の外はクマの領域内と我慢しているが、家の中までは譲れないのだろう。「コラッ」と怒鳴ると、クマのやつ一目散に家の外に逃げる。毎日がこの繰り返しである。そのせいか、ミーコもさかんにマーキングをする。家の中では、柱や机の角に身体をなすりつけたり、爪を砥ぐ。これは、身体や手足のあちこちにある皮脂腺から分泌されるフェロモンをつけているのだろう。最近は、やたらと外に出たがる。これも糞尿によって、縄張りを拡張しているのかもしれない。



野良のクマに、ことのほか同情を寄せているのは家内で、

「クマちゃん今日も暑いネ、元気」などと声をかけると、クマもそれに答えて、やさしい声で「ニャーン」という。

ところが大工のサバエさんが、「クマ」と猫撫で声で呼んでも逃げて行く。彼女は、野良猫を何匹も、餌をやるなりして世話している。クマは欲張りで餌を独り占めしようとするらしい。それでサバエさんに、嫌われているのを知っているのだろう。白と黒のブチ子とキジトラのタマ子は共にメスで、クマが近寄って、子猫を産まされたからと日頃から、点数が辛い。


サバエさんが言う。

「野良猫って、いつも縄張り争いをしておるがやっそ。だから、外傷が絶えんにか。そこから、感染すると大変ながやぜ。目や鼻に炎症を起こしている猫がおろう。あれはー、みな病気やげ。」

僕は、「うちのカミさん、猫に噛みつかれて、怪我したことがあるが」という言葉を飲み込んだ。よけいなことを言って、家内の心証を害したくない。

我が家も、これから野良猫の去勢や避妊手術の費用が、掛かりそうである。世知辛い世の中なればこそと想い、のどかな風景を都都逸風に詠みました。

()ら猫可愛い ど()れほど愛しい カ()ネやるほどに な()お好きよ



                                                        2011.07.23