うちのカミさん、外から帰るなり、

「あなた、今晩の夕食、油揚げの煮しめにしてよ、母が好きだから。町のスーパーで買い物して、ついでに母を連れてきて。」

僕は、思わず

「ああ、好いよ」と答えてしまった。

最近、何かがおかしい。普通の家庭なら、外で亭主が働き女房が家を守る。それが、田舎に移り住んで主客転倒した。ボクの守備範囲が、料理と買いものというふうに変わってきて、カミさんそれが当たり前と思って、有難みを感じていない。それでも、上げ膳はボクが、下げ膳は辛うじてカミさんということになっている。



豆腐と厚揚げはスーパーマーケットではなく、村はずれにあるU豆腐店にしようと以前から考えていた。U豆腐店の女主人M子は、ボクの中学校の同級生である。M子は二年前に、夫をクモ膜下出血で亡くした。その後も、昔ながら豆腐の製法を頑固に守り通していると評判だった。お店も朽ちかけた古い看板を掲げてあった。薄暗い店の奥から、M子が現れた。中学の頃と変わらないが、浅黒い肌が健康そのもので、つぶらな瞳が印象的だった。もともと気丈な子だった。



「あれまあ、平吾ちゃんじゃないの。あんた、元気やった。東京から、ここへ移ってきたがやってね。」

「ワタシも、店もおぞい(ボロい)けど、商品だけで、勝負しておるが。ワタシも誰にも、なーん負けんちゃ。みんな、他村(ほかむら)からでも、買いにいらっしゃるからね。」



求めた豆腐も揚げもどっしりとして重い。商品の品質で、差別化しているというが、商品の種類は、決してそれほど多くはない。

「豆は、ね。富山産のエンレイというのを材料にしておるが。水ちゃ、アンタ、海洋深層水やっそウ。ワタシ、嫁に来た時は、前の晩に豆を水につけて、朝暗いうちから起きて、豆を煮たもんやけど、今ガス言うもんがあるから、楽なもんながゃ。そんでも、ワタシのところっちゃ、機械使わんと手揚げやっそ。」

「液体にがりを100%使うておるが、昔からの櫂(かい)で凝固した豆腐やっちゃ。厚揚げやって、ゆっくり水切りして、菜種油を使うて、低温と中高温の二度揚げですちゃ。匂いが、好いがやっちゃ。保存料は、なーんも使うておらんから、腐りやすいから味の変わらんうちに、早う食べて。」



昔、野良仕事の昼ごはん。ボクは、これを田園ランチと呼んでいた。煮しめ料理と言えば、厚揚げが欠かせなかった。厚揚げに、庭で採れたほろ苦みの利いた蕗(ふき)、大根、里芋、シイタケ、人参に、焼き豆腐をそれぞれ、煮干をだしにして、醤油、砂糖で味つけしてあった。このほかに、厚揚げ、焼き豆腐のほかに、大豆、黒豆、小豆、黄粉とあった。厚揚げをメインにした煮しめのほかサイドメニューに、豆の昆布煮などがある。主食は、小豆のおこわのおにぎりである。きな粉がまぶしてあった。今にして思えば、あの一連の料理は、Beans Familyだった。仏教の盛んな、この土地では、精進料理が主で、先祖の祥月命日や月命日に肉や魚を食べることが許されなかった。だから、たんぱく質は植物性のたんぱく質として、豆から摂った。豆のオンパレードの昼ご飯だった。



M子の厚揚げと昔の田園ランチを思い出して、詠める

厚揚げの 匂い濃くして 客を呼ぶ

伊豆までも(いつまでも) まめに生きたや 豆づくし

苦労舐め(黒豆) きな粉まぶして 豆ダンゴ
                                          2011.7.16