雨の音。
振り初めはパラパラと、
いや、しとしとがいい。
ザーザーやゴーゴーと激しく降る雨だが、
ふと、軒先を見ると雨だれがポタポタと落ちている。
そんな、雨の日には雨の日のように、眼でも音を聞いてみる。
聞こうとかどうしようとかの計らいを止めて聞いてみる。
そうすると、そのうちポタポタポタポタ、ポタポタポタポタ。
雨だれと自分との境がなくなってくる。
聞くままに また心なき身にしあれば
おのれなりけり 軒の玉水(道元)
うっとうしいとか、早く雨が上がってほしいとか思いながら、
雨音を聞くのもいい。だが、それはいつものこと。
しかし、一生に一度くらい、
軒の玉水が自分自身であるように、ポタポタと落ちてくる。
そんな自分と見る対象が一体になった世界の音を聞くのもいい。
自分を忘れて雨音に聞き入ってみる。
自分がそのものになりきっているときは、自分が分からなくなる。わからないときは、そこに、ー真実がある。天地「自分」ならざるものはない。
ポタポタと、ただ「玉水」。