道元のブログ

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ものの見方・考え方そして生き方に関すること。

現在、日本の人口を分母とすると、戦争を体験していない世代(分子)は95%。私たちは「戦争を知らない」ことが当たり前の社会に生きている。しかし、この圧倒的な「未体験者」に対して、ある強烈な「拒絶の論理」を植え付けようとした政治家がいた。

 

現首相が、今から約30年前の1995年3月16日、衆議院外務委員会で放った言葉を、私たちは今こそ読み直さなければならない。

 

1995年は戦後50年の節目。当時の栗山駐米大使が「第2次世界大戦にいたった歴史を見据え、その反省のうえに立って」(議事録のまま)と発信した。(*この言動は記者会見後の質疑応答の中で言われたらしい。)

 

しかし、その大使の言動に対して、高市委員はこう述べていました。(以下は議事録のまま)

 

「日本国民全体の反省があるから戦後の平和憲法に対する国民の熱心な支持がある。また、新憲法の下で政治的自由、民主主義体制の支持があるのも反省があるからこそ。日本国民は反省をきちんと持ち続けなければならないと」と、日本国民全体の反省があると決めつけておられるのですけれども、少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております

 

一人の政治家が公の場で、なんのためらいもなくそう断言した。「自分は当事者ではない(分子ではない)のだから、分母(日本人)としての反省もしない」という、歴史の連続性の切断でした。

 

戦後50年の節目だからこその反省。個人が法廷で罪を告白することではありません。また、「自分たちの祖先は悪人だった」と自己否定することでもない。過去に何があったかを事実として知り、二度と繰り返さないという意思を持つことーただそれだけなのです。

 

私が戦後生まれでも反省は当たり前と感じるのは、この意味においてだ。当事者でなくても、人は他者の苦しみを想像できる。想像できるから、繰り返してはならないと思う。その自然な連鎖が「反省」の本質ではないだろうか。

 

これは難しいことではない。特別な歴史の知識も、思想的な訓練も必要ない。人間としての基本的な想像力があれば足りるのだ。

 

私たちは日本という国の歴史の中に生まれた。その歴史には誇るべきことも、向き合わなければならないことも含まれている。当事者かどうかに関わらず、その歴史を引き受けて生きることが、日本人として生きるということではないか。

 

同じ「戦後」を歩んだ別の国で、全く異なる姿勢を示した政治家がいた。1985年5月8日、西ドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領は連邦議会で終戦40周年の演説を行った。彼はこう語った。

 

"過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる。非人道的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすい。"

 

彼が示したのは、反省とは「罪の継承」ではなく、「記憶の継承」だということだ。過去に何があったかを知り、その記憶を次の世代に伝え、二度と繰り返さないことーそれが反省の意味だ。

 

これは自己否定(=自虐史観)ではない。自己認識だ。自分たちがどういう歴史の上に立っているかを正確に知ることは、むしろ成熟した自己肯定の基盤となる。

 

私が「戦後生まれでも反省は当たり前」と感じることと、ヴァイツゼッカーの言葉は、同じ場所を指している。特別な思想でも、高度な歴史知識でもない。人間としての自然な想像力と、それに基づく責任感ーそれだけのことだ。

 

過去に生きた日本人の軌跡は現在に続いている。現在の私たちの選択は次の世代の軌跡となる。その道の上に生きていることを引き受けることー(繰り返しになるが)それが、戦後生まれの私たちにとっての「反省」の意味なのである。

 

誰もが歴史という軌跡の上にいる。その軌跡から離れることは誰にもできない。

 

自分と異なる考えから学び続けることがリーダーの役割だとすれば、「反省を求められるいわれもない」と断言したまま30年後に首相となった政治家に対して、私たちは「危険だ」という前に、まず「情けない」と言わなければならない。

 

読者の中には30年前の発言ではないか、と言う人がいる。でも、考えてみて下さい。

 

30年前、すでに国会議員だったその人物の内面に、何の葛藤も存在しなかった。人間は変わります。しかし内省のない人間からは、本質的な変化は生まれません。

 

その後の言動が、真の変化から来ているのか、政治的計算から来ているのかーーそれを判断するのは、私たちひとりひとりです。