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つぶやきかさこ

カメライター(カメラマン&ライター)かさこの毎日更新ブログ。政治・金融・社会問題から旅行記、写真などさまざまな話題を提供します。ホームページhttp://www.kasako.com/

ディズニー社がブッシュのお膝元での税制優遇に影響が出ることから、
このブッシュ批判ともいえる映画の配給を断ったというニュースを以前つぶやきで紹介し、
その後、カンヌで最高賞を受賞し、一体どこで見れるのだろうかと思いきや、
アメリカで無事6月末から上映になったようだ。
ヤフーニュースによると大変な人気らしい。
取材を終えると一目散に映画館に行ったが、18時30分、19時10分はすでに売り切れ。
仕方がないので21時10分の回を購入する。
(ちなみに9.75ドル。日本の映画館より安いんじゃないか)

外国で映画を見るのははじめてだったので30分ぐらい前に再び映画館に。
するとこのソニーがプロデュースした最新設備が整い、
15のスクリーンを持つメトレオンともあろう映画館が、座席指定ではなく、長蛇の列ができている始末。
まったくハードがよくったてこういうソフト面での充実度がないと、最新設備も意味なしだよな。
ものすごい長蛇の列に現地の人もため息をついていたので、
いかにこの映画の人気が特殊かということを示していると思う。

過去の出来事ではなく、まさしく現在の政治批判したドキュメンタリー映画なるものが、
これほどの人気を集めるのは政治がショー化されたアメリカならではか。
たとえば小泉政権を批判したドキュメンタリー映画が日本で上映されたとしても、
そんなに人が入るとは思えない。
いや、この映画が日本で上映されたとしてもこれほどの反響はないんじゃないかなと思う。
ハリーポッターに列をなす日本の映画視聴者がブッシュの政治批判映画を見るとは到底思えない。

平日、火曜日の夜21時。これから2時間映画というにもかかわらず、ものすごい列。
20代後半から30代が圧倒的に多く、みなラフな格好をしてはいるが、学生には見えない。
仕事帰りに見に来たのだろうか。
男女比は半々ぐらい。友人同士で訪れているタイプが多いが、カップルで来ているのも結構見受けられる。
政治批判ドキュメンタリー映画なのになあ。
あまり関係ないのかな。
特徴的なことは黒人はほとんどいない。アジア系もほとんどいない。
町を歩いている感じの人口比率とは明らかに違い、白人ばかりである。

映画館スペースはざっと25列×30席あまりか。
にもかかわらず見事に満席である。
15分ぐらい宣伝が流れる。
日本でも最近、くだらん宣伝を少なくし、いきなり映画に入るものが多くなったように思うが、
アメリカはまだまだなのかなー。
いきなりコーラの宣伝とかやるし。

21時10分開場で本編が始まったのは21時40分。
ここからがいかにも「アメリカ」なのだが、宣伝が終わり、本編に入ろうとすると拍手が起こる。
さらにマイケルムーア監督の名前が出るとこれまた拍手が。

映画はまず2000年の大統領選挙の模様から。
ブッシュが極めて接戦で勝ったことから始まっている。
もしあの時、ブッシュではなかったら・・・と思わざるを得ない。

そして2001.9.11。
真っ暗な映像のまま、その時の音だけが流される。
これにはさすがのアメリカ人もしんと静まりかえるし、
私もこの時ばかりは、なんともいたたまれない気持ちというか、
なぜこのような世界になってしまったのかと考えざるを得ない。

実はこの事件が起きた時、ブッシュはとある小学校の朗読会みたいなのに参加していた。
事件の一報を側近が伝えたにもかかわらず、7分間彼はその朗読会に参加していた映像が流される。
またテロが起きる1ヶ月前、テロが起きる可能性をさまざまな機関が指摘していたにもかかわらず、
それに耳を傾けないブッシュという意味で、8月のアホずらブッシュのバケーション様子が流される。
ブッシュの言動にたびたびアメリカ人は、
日本でいうところの昔バラエティ番組なので、やらせの非常にわざとらしい観客笑い声そっくりなのが、
館内に何度となく響きわたる。
彼らは本当におもしろいのか、それともそういう笑い方なのか。

ブッシュのグループ企業とターリバン、ビンラディンと密接な関係であること、
911テロ後、アフガン攻撃、さらにはイラク攻撃で、
これまたブッシュのグループ企業が石油に限らず、軍事部門や派遣された軍人へのサービス企業などで、
いかに儲けているかが流される。
彼がなぜそれほどまでに戦争に固執するのか、これを見れば一目瞭然だ。
グループ企業の金儲けのためだ。

イラク戦争のかなり悲惨な映像なども流され、館内はしんとしている場面が少ないのだが、
どうもアメリカ人はあのわざとらしい笑いをするために映画を見に来ている節があり、
またマイケル・ムーア監督の手法としてシリアスなテーマも、
皮肉に笑い飛ばす映像が作られているから、結構館内はあのわざとらしい笑い声が何度も聞こえてくる。

あと非常にアメリカ的だなと思ったのは、
多分反戦的なことをいっている人のインタビューとかが流れると、それに拍手をするのだ。
テレビが友達というか映像が友達というかネットが友達というか、
バーチャルな世界と現実世界の区別が最もつかないのはアメリカ人ではないかと思った。
だから政治も戦争も殺人事件もショーとして見れるのではないか。

2時間ぴったり、とてもシリアスなテーマで、とても深刻な問題をひめた、
現政権批判、現大統領批判映画が終わると、
なんだかそんな深刻さが吹き飛んでしまうような、口笛とか拍手が聞こえてくる。
「よくぞマイケルムーア、大統領を滑稽に描いてくれたぜ!」みたいな、
バラエティー番組を見ている感覚で見た人もいたのではないかと、
過剰なリアクションをする人々から読み取れたが、それが大多数ではないので、
きっとみなそれぞれがはたしてこの国をブッシュに任せていいのかということ、
世界各地で戦争をしまくっている現政権の政策が正しいのかということを考えた、
いや考えてほしいと思った。

この映画は戦争の悲惨さをこのバラエティ好きのアメリカ人向けに、
うまくエンターテイメント化して見せている。
この映画がアメリカで大ヒットしていることの意味は大きいと思う。
クレイジーな世界をまっとうに戻すことができるのは、
もしかしたらこの映画を見たアメリカ人にかかっているのかもしれない。
しかに映画にも描かれていたように、ブッシュ支持派もいるし、
狂信的とも思える国家主義が国民に根付いていることも確かだ。

クレイジーな国、クレイジーな世界を変えられるには、
アメリカ国民自らが変わらなければならないと思う。
政治家の巧妙さ、国民の愚かさ、そして戦争の悲惨さを、
心に突きつける最高映画

私は少し心配していた。
「ブッシュを批判する者の溜飲を下げさせるだけの映画だ」という批評が気になっていたからだ。
私は2ヶ月前、アメリカでこの映画をすでに見ている。
言葉はほとんどわからかったが、でも映像はすべて見る限り、
銃問題をテーマにした前作「ボーリング・フォー・コロンバイン」より、
映画の完成度もドキュメンタリー性も落ちているかもしれないという懸念と、
確かに「偏った」映画と批判されても致し方がない部分があるかもしれないなと思っていた。
あらためて日本語字幕付でこの映画を見るにあたって、
もしかしたらそれほどたいした映画ではないという感想を抱いてしまうのではないかという心配がよぎっていた。

しかし、あらためてこの映画を見て、
しかも日本語字幕付のおかげで内容もある程度理解でき、
この映画はやはり非常に素晴らしい作品であり、
またここで取り上げられたテーマは、単にブッシュ批判にとどまらず、
人間の政治、経済、軍事、つまりは人間社会全体の問題にも通づるものがあり、
今を生きる多くの人間、特に「先進国」に生きる人々は、
この映画を忌避せず、しっかりと見届け、監督ムーアに賛成するとかしないとか、
そういう次元の低い問題にこだわらず、今の社会問題を考えるべきではないかと思った。

・戦争の悲惨さ
この映画では、まず無実のイラク国民を殺し続けることを問題にしている。
一部、報道になったが、米軍兵士がイラク人を虐待している事実もさることながら、
ムーアはもっと根底意識に迫っている。
イラクにいる米軍兵士が戦車内でCDをかけながら砲撃しているという事実だ。
「この音楽を聴くとぶっ殺してやるという気持ちになってノッてくる」みたいな発言をしている、
米軍兵士のインタビューがある。
また米軍兵士は口々に本物の人殺しという戦争にうれしそうに「スリルがある」と答えている。
米軍兵士にとってはこれは人殺しゲームなのだ。
そういう感覚で一方的な虐殺を行っている(もちろん一部だが)。

そしてもう1つ、これはわれわれ日本人の感覚には盲点かもしれないが、
イラクに派遣されて殺された米軍兵士の遺族の悲しみだ。
単に戦争の人的被害は、イラク国民だけではなく、アメリカ国民そのものにも及んでいる。
「何のための戦いなのかわからない」戦争に駆り出されて、殺されてしまう若い米軍兵士。
そしてそれにより悲しみを背負う遺族たち。
戦争の悲惨な輪は、自らの国民にも跳ね返ってくることをムーアは描き出すことで、
単にイラク国民が殺されてかわいそうだという「同情」論ではなく、
それは自分自身の人生や家族にも不幸を招くものだということを描き出している。

・不況をネタに貧困層をイラクへ
経済不況で失業率がどうしようもない過疎化の町のウルトラC対策として、
このイラク戦争を契機に軍隊募集を行っている。
滑稽なのはある町ではスカウトまでいることだ。
駐車場や学食や道端で、軍隊に入らないかと誘う軍人。
失業率17%以上の町で、軍隊に入れば給料ももらえる、学費も援助されることをエサに、
軍隊に引き入れ、イラク任務を押し付ける。
その一方で、イラク戦争に賛成している上院議員の子供たちは、
軍隊に入っている人も多いにもかかわらず、1人しかイラクに派遣されていないという事実。
ムーアがその矛盾した事実をつきつけ、
議員たちに「戦争に賛成ならその手本をみせるべく、あなたの息子をイラクに派遣してはどうか」と、
議員たちを直撃するが、誰もそんなことにのるはずもない。
結局、政治家たちは、戦争賛成といっても自分の血を流すことはしたがらず、
戦争で莫大な利益を得ることに夢中になっているのだ。

・テロという恐怖心を煽り、戦争を賛成させるマインドコントロール
アメリカ国民は「テロ」の影響で完全に狂ってしまっている。
政府がひっきりなしに「テロ警戒レベル」を上げたり下げたりして騒ぎ出す。
到底テロなど起きそうもない小さな町にまで名指しで「テロ警戒」を呼びかける。
すっかりアメリカ国民はテロ脅威におびえてくらす始末。
それを巧みに利用し、国民を政治家のいいように操っている状況が、
911テロ後に現出している様子が見事に描かれている。

しかも恐ろしいことにあの「自由」と「民主主義」を標榜するアメリカは、
911テロを利用し、「愛国者法」なる法案を可決させ、
国民の権利を「テロ防止」という名目のもと大幅に制限できる法律を可決した。
国民の個人情報を政府が簡単に見れるようにするなど、
はっきりいって完全な独裁国家となりつつあるが、
国民は「テロの恐怖」を煽られているからそのことに何の危機意識も持たない。
まさしくこれが国民を政治家のいいなりにする巧妙な情報操作だ。

・軍事産業の莫大な利益
なぜアメリカ国民にテロの恐怖心を煽り、戦争に賛成させるか。
そこには政治家がかかわる企業の莫大な利益があるからだ。
単に兵器産業にとどまらず、石油ビジネスや復興ビジネスにもぼろ儲けできるチャンスがあり、
それが戦争を取り仕切る国の事業として企業に発注することで、
それこそ日本の政・官・財の癒着状況がこのアメリカにも生まれている。
だから企業は戦争に賛成する。

ブッシュ大統領の側近にはこういった復興ビジネスに関わる会社の人間も多いし、
ブッシュそのものが兵器産業を持っている企業グループに深く関わっている。
つまりは、国民から絞り上げた税金を、戦争で使い、その使い先が自分の企業グループに還流し、
税金を食い物にしているということだ。
すべてはそのための戦争。正義なんてどこにもない。ただあるのは金儲けだけだ。

アフガニスタンのカイザル大統領などアメリカが要職に任命した人々も、
ブッシュと関係の深い企業グループの元社員だった人間が多いということも、
実にこの問題が根が深いということを思い知らされる。

・911テロの放置
そしてこの映画では911テロへの対応をブッシュ大統領が故意にしなかった証拠が次々とあげられている。
まずテロ直後で全米中の航空機が正常な運行状況を回復していなかった9/13に、
なんとビンラディン一族のサウジ人のアメリカ出国をFBIが許可し、
いわば事情聴取なしに「わざと」逃がしている記録がしっかり残されている。
さらには事件が起きた調査委員会の設置をブッシュ大統領自らが圧力をかけ、設置を延期させたり、
テロ調査委員会の報告書を政府が「検閲」するなど、信じられない行為が起きている。

当時の調査官はブッシュ大統領に「テロがイラクと関わっている証拠を何でもいいから持ってこい」
といったそうだ。
「イラクが関わっている証拠はない」といっているにもかかわらず、執拗にイラク証拠を見つけ出せと、
ブッシュが迫ったという。
もちろん、このテロをイラクのせいにすれば、念願のイラク戦争ができ、
石油を欲しいままにできるという思惑からだ。

とにかくブッシュ政権はなにがなんでもイラク戦争をしたかった。
だからイラクに「核兵器を所有している」「化学兵器を保有している」「生物テロ兵器を保有している」
ということを捏造し、戦争に踏み切った。
そんな背景はすでに911テロの時から現れていることがわかる。

そもそも911テロの1ヶ月前に、ブッシュ大統領にビンラディンが飛行機ハイジャックテロを行うと、
FBIだかCIAが警告していたにもかかわらず、
(その書類をブッシュ大統領に渡す写真なども映画で公開されている)
ブッシュはゴルフや魚釣りに興じる始末。
911テロが起き、知らせを受けてから7分間、
ブッシュは小学校の朗読会に参加し続け、子供たちの朗読を聞き続けていたというおそるべきありさま。
911テロで亡くなった多くの被害者の気持ちからすればこんな大統領は即刻首だろう。

・サウジとブッシュの密接な関係
もともとビンラディン一族などサウジからの献金で強力に結びついているブッシュ一家。
いかにブッシュ一家が何年も前からサウジやラディン一族との関係が深いか、
ということもこの映画でしっかり流されている。
だからこそブッシュがテロの原因追求をしっかりしなかったのかがわかる。

<総論>
今回あらためてこの映画を見たが、
いかに政治家が巧妙に自分たちの権力保持と利益追求のために、さまざまなトリックを施しているか、
国民をコントロールするために「テロ」という脅しを悪用しているか、
など、この問題が実に根深く、すさまじいかを思い知らされる結果となった。
「偏った映画」などと批判されているが、じゃあ、ここで取り上げられていることに、
真正面から答えられるのだろうか。
ブッシュとサウジの関係。ラディン一族を9/13に出国させた経緯などなど。

私はあらためて911テロがアメリカ政府の自作自演によるものとの認識を強めた。
(ムーア監督は映画でそこまではいっていないが)
そもそも世界の軍事大国アメリカたるものが、同時に何機もハイジャックされ、
しかもニューヨークのビルに飛行機が突入されるまで、どこも気づかない、
どこも防げないってこと自体、非常にあやしいわけで、
しかも見事に民間人ばかりが犠牲になり、
狙われてしかるべきホワイトハウスやブッシュ大統領が無事であることを考えると、
また、このテロが起きて誰が得をしたのかを考えると、
政府の自作自演テロ説は実に信憑性を帯びてくる。
まあ自作でなかったにせよ、この映画で明かなように、
テロという「恐怖」を使って国民を手なずけ、洗脳し、
政府のいいような政策に持っていったことには間違いない。
実に恐ろしいことだと思った。

これはぜひ映画ではなく、テレビで放映し、
映画で取り上げられたさまざまな問題を解説しながらやっていくと非常にいいと思う。
というのも映画ではさまざまな複雑な問題やさまざまなブッシュ関連の人々、会社名などが、
矢継ぎ早に出てきて、事実関係を認識するのが早すぎて難しいからだ。
あとは、これは完全にアメリカ人向けに作られているアメリカ人の映画で、
私はこの映画をアメリカで見た時のアメリカ人の反応と、
今回、日本で見た日本人の反応(というかほとんどアメリカ人が反応したところに反応できなかった)
を考えると、日本で映画をやっても、せっかくの「いい」映画なのに、
あまり影響力がないのではないかと危惧している。

そもそも日本人が映画を見る動機は「泣きたい」とか「格好いい俳優が出てる」とか、
「ストレス解消」「気分よくなりたい」といった、日常からの逃避的要素が強いわけで、
「映画でわざわざ難しい、考えさせられる社会問題、しかも国内問題ではなくアメリカの問題なんて見たくない」
というのが圧倒的多数の映画視聴者の正直な感想ではないか。
現に、アメリカであれだけ大反響だった映画も、
私が見に行った8/28(公開1週間後の土曜日)にもかかわらず、
観客は半分ぐらいしか入っていなかった。
何を思ったかカップルで来ている人が多かったことも驚いたが、
あの映画がデートになるとは思えないしなあ。

そういう意味で、この映画で取り上げている重大な問題は、
ぜひテレビで特番なんかで取り上げながら、
アメリカの政治的背景、軍事的背景、経済的背景を交えながら解説しつつ、
この映画の映像を流していくといった方法であれば、
多くの日本人が「目を覚ます」契機になるのではないかと思う。

この映画で取り上げられた問題は実に重い。
単なるブッシュ批判をして人気を得ようという堕落映画ではなかったことを明言しておく。
ぜひ今、この時期に、この映画を多くの人に見てもらい、
ここで取り上げられた問題が他人事ではないということも含めて、いろいろと考えてもらいたいなと願う。
「ロードオブザリング」第一部を見て、これはきっと第二部の方がかなりおもしろくなるだろうと、
かなり期待を寄せていて、映画館に行ってみてもいいかなと思いつつ、
いやでもやはり三部作なんで、やはりまた消化不良で終わってしまうだろうとの懸念があったので、
映画館で見るのはやめにしたけど、9/20、レンタル開始日、早速第二部を借りてみた。

ごめん。はっきりいってもうつづきを見る気が失せた。
第二部で完全にずっこけてしまったなというのが僕の感想だ。
僕はまだ原作を読んでいないけど、あの偉大なる原作の評判を落としかねない映画になりかねない。
やっぱりこの「指輪物語」は映画ではなく本で読んだ方が、物語の楽しさがわかるんじゃないかと想像する。

ここからはネタバレ注意なので、ネタバレがいやな人は見てから読むように。
第二部、まずはじまって、前作のストーリーとか登場人物を思い出すのに時間がかかる。
なんでこのホビット2人が、悪の巣窟に乗り込んでるんだっけ?
あ、そうかそうかそういうことかと、第二部の途中でやっと説明となるセリフが出てきて思い出す。
こいつら一体なんで仲間同士がばらばらになってるんだっけ。
大作小説を三部作に分けたゆえの弊害。
続けて見れるならともかく、だいぶ前作と間隔があいてるわけだから、
くだらん他の映画の宣伝に時間を割くぐらいなら、きちんと前作のおさらいをしてほしいと思う。

別に僕はそれだけでがっかりしたわけではない。
今回の一大シーンともいうべき、峡谷の戦い。
ものすごい規模で押し寄せてきて、もう絶望だって言う時に、
頼みの綱である、ガンダルフが帰ってくる。
どんなすごい助っ人を用意してきたのかと思ったらなんと・・・

おいおいふざけんなよ。
10000人対300人?の戦いに、一度追放したやつらを連れてきたって、
数の計算からして圧倒的不利なことは変わらないんじゃないかと思いきや、
なぜか彼らがきたおかげで勝利してしまう。
ほんとこれにはね、うんざりしたよ。
そのために、ガンダルフは5日間も不在にしてたのか。
あんた魔法使いなんだから、もっとそういうことじゃないことができるでしょ。

別のホビット2人が古木たちを助っ人にし、敵の1つの拠点に襲いかかる。
ま、これはよかったけど、あれだけ悪の圧倒的力だのなんだのっていってたわりに、
木が出てきてダムを決壊させてっていう、
なんだかもうちょっとファンタジー性を生かした仕掛けにしてほしいよな。
これを本で読むと、もっとそこに至るまでの経緯とか話の奥行きとかが自分で読めるから、
もしかしたらそこそこおもしろいのかもしれないけど、
映画でみると、ここまでじらしていたのに、たったそんなこと?って思ってしまう。

第一部を見た時は消化不良でも続編に期待できたけど、
第二部を見て、こりゃもう第三部は見る必要ないなと思った。
それより、やっぱり本だな。本を読んだ方がおもしろそうだ。

あの指輪物語が映画化されると聞いた時、期待する反面、
あの大作をどのように映画化するんだろうか、無理じゃないかと思っていたが、
そんな不安が的中してしまった、まさに大失敗第二部だったと思う。
ハリーポッター同様、ずっこけファンタジーが、過剰なまでの人気になっているのは、
世間を煽りたてているマスメディアのまったくの無能ぶりが露になっているとしか言いようがない。
まったくあいつらと来たら、ろくに映画も見ずに「おもしろいおもしろい」って騒ぎたてて、
ブームを作って儲けようとしている。

こんなつまらん映画をつまらんと正直にいえるメディアはないのか。
ほんとメディアの健全なる批判機能が働かず、
意味不明な批判(やたら経済政策で小泉下ろしをしようとしたり、
石原発言の全部を放映せず、一部の発言だけを引用して「テロ容認」という、
あまりに情けない、まったく趣旨を理解しない批判)を繰り返しているさまを見ていると、
日本のメディアは確信犯でわざとやっているのか、それともほんとにバカなのか、
ほとほと心配になってくる。

ま、だから本音をずけずけいう久米宏のニュースステーションが、
番組スタート当初は新鮮に映ったんだろうし、
井筒監督の容赦のない映画批評っていうのが受けてるんだろうな。

健全なる批判と多用な意見を収集するはずのメディアが完全に機能停止状態で、
どこの局も似たような作りの番組で似たような意見しかいわず、
くだらんことやっているわりには、コマーシャリズムに対して非常に甘い状況をみるにつけ、
ほんとどうしようもないなと思わざるを得ない。

ロードオブザリングやハリーポッターをそんなにおもしろくなかったといえるメディアがあったのか。
はっきりいってこのロードオブザリング第二部、時間の無駄です。

<1>
映画「千と千尋」の爆発的大ヒットのあとに、それに代わって世間に騒がれている映画「ハリーポッター」。
僕は不思議でならなかった。
子供を主人公にした魔法使いの物語が、一部の好きな人間にではなく、こうして圧倒的多数の人が見にいくような現象が。
僕が映画を見にいく基準は「想像力をかきたてられるような、ファンタジーもしくは未来シュミレーション」であるから、
このハリーポッターも見に行ってもいいかなと思っていた。
ただこれだけ騒がれて、連日超満員状況にげっそりしていた。
それでも機会があって、1時間半待って、この映画を見に行った。

はっきりいって、信じられないほどつまらなかった。
非常に話がばらけてる。テーマに一貫性がない。
多分、膨大な原作を映画にまとめる監督の力量が足りなかったことが大きな要因であるように思える。

1人の才能に満ち溢れる少年ハリー。
魔法界を救うために、人間界でずっと育てられてきた彼に迎えがくる。
そこで僕は彼がいかに偉大なことを成し遂げるかに注目した。

しかし彼の悪との対決シーンはあまりにへぼい。
しかもその対決は、いつのまにか3人の同級生との友情物語へとすりかえられる。
3人の魔法使いの子供たちが、凶悪な敵に立ち向かって、 友情と愛を武器にしてそれを倒す物語であるならば、
ハリーポッターの生まれの特殊性は意味がなくなってしまう。
ならばはじめっから、ハリーもただの普通の魔法使いの見習いにして、3人が協力して敵を倒す物語にした方が、
「友情」とか「愛」というテーマを強く訴えられる。

またこの映画は「賢者の石」をめぐる冒険なのだが、そのシーンがあまりに少なすぎる。
2時間半もの長時間のなかで、その冒険に費やされるのは40分程度。
それ以外の無意味な前ふりがあまりに多すぎる。
魔法使いの学校の様子を描いているのだが、それもどうもぱっとしない。

<2>
さらに納得がいかないのがエンディングだ。
3人が協力して賢者の石を取り返したという偉大なことが、4つの寮の得点争いに加えられ、
3人がいるチームが「優勝」するという非常に世俗的な名誉で終わってしまうことだ。
彼らはもっとすごいことを成し遂げたのではないか?
それが単なる学校の寮の1年間の得点争いで優勝するという情けない結末に、僕はどっと疲れが押し寄せた。
「こんな情けない結末を見るために、1800円払って1時間半待って2時間半拘束されたのか…」

もちろんこれをテーマにすることもできる。
優秀な魔法使いが集まるチームと、主人公のいるチームとが優勝争いを競い合うというテーマにして、
個々人の能力ではなく、集団で助けあったチームが優勝したという風に、物語を進めていくことも可能だが、
そういったことにはなっていなかったはずだ。

つまりこうしてテーマがバラバラになったまま、すべてやたらめったら詰めこまれているからいけないのだ。
たかだか2時間半の限られた映画の中で、いろいろ詰め込もうとしたのが間違いだ。
もっとテーマを絞り込んで、この物語を描き出せば実におもしろいものになったのに。
これは監督ないし映画用に脚本を書いたものの、明らかな力量不足が露呈した作品だ。

それにしてもこんな映画が大ヒットしている日本の大衆とは、
いかにマスコミに踊らされていて、自分の目でいいものと悪いものを判断できる能力がないことがわかる。
もう何年も前から言っていることだが、ほんと日本の大衆は自分で判断する能力に欠ける。

「赤信号、みんなで渡ればこわくない」

だからこそ、明らかに負けるとわかっている太平洋戦争を起こしたりするのだ。
ほんとこの国は危険だな。
一人のカリスマに、簡単に操作される、ファシズム的温床を内包している国だな。
いつか愚かなる過ちを、世界に繰り返さねばいいが…。
「1」の反省を踏まえて幾分良くなっているかなという期待と、
「1」で終わったはずの映画をどのように続けていくのだろうかという興味で見たが、
もうほんとどうしようもないくず映画でした。
まだ「1」の方がましだった。「2」ははっきりいってあり得ません。

1:子供まで殺してしまう
「1」の主人公・藤原竜也が「すべての大人たちに宣戦布告」というキャッチフレーズのもと、
国際テロリストになる。
まあ「子供」VS「大人」の戦いなのだからそれはいいんだけど、
2棟の高層ビルを爆破するというとんでもない「無差別」テロをしてしまって、
大人どころか子供まで殺してしまう始末。

なるほど、主人公も悪役にして、「どんな戦いにも正義はない」ということを訴えたいのかと思いきや、
そうではまったくなく、相変わらず主人公を美化した構成になっている。
子供まで巻き添えにした無差別テロが「大人への戦い」なのか。
ようはね、2001.9.11をぱくってセンセーショナルにしただけの、
まったく情けない手抜き作りということですよ。

2:いきなり外国の意味不明
日本の未来を描いた映画のはずなんだけど、急に20年戦争を続けている「ある国」ということで、
外国が出てくる。
そこで藤原竜也君は前回後、日本を脱出して戦ってるんだけど、まったくその意味がわからん。
日本の子供と大人の戦いと、外国での反政府と政府の内紛はまったく別に次元の話でしょう。
それをただ「格好いい」からなのか、藤原竜也にカラシニコフとか持たせて、
戦う者の証みたいにかっこつけさせる。
この映画はゲリラ戦線宣伝映画だったのか?

さらにこの意味不明の外国だが、今回、脱出した後も、またこの国に行く。
彼らがなぜその国に行く必要があるのか、まったく説得力がない。
もう支離滅裂もいいところ。ひどいもんだよ。

3:いつのまにか反アメリカがテーマ?!
子供と大人の戦いだったのに、今回途中途中で中途半端に「反アメリカ」のテーマが出てくる。
まったく突然テーマがすりかわってしまっている。
中学生同士を戦わせた大人との戦いなのに、
アメリカは日本やアフガニスタンやイラクやソマリアやどこやら爆撃を落としたみたいなメッセージが、
藤原君とそれからなぜか先生から繰り返される。

ようはね、9.11テロとその後の反アメリカ風潮を表面だけぱくって、
無理やりこの映画にねじこんだのがみえみえでむなくそ悪い。
まったく別次元の問題でしょう。
第1、日本の無人島でガラクタ小屋に立てこもっているテロリストなんて、
別にわざわざ上陸して銃撃戦しなくたって、ミサイルでもぶっ放せばそれで終わりでしょ?

他にもいいたことがあるが、あまりの情けなさにヘドが出る。
くず中のくず。
ベストオブくず映画。
くずならくずらしくもっと堂々とくず映画を作るべきだけど、
最近の流行りのテーマを入れたりするところが非常にいやらしい。

「1」はまだ見れたが、「2」はこれは映画でもないし物語でもないしなんでもない。
単なる話題だけさらって金儲けしようとするまがいものですよ。
こんな詐欺映画を作って恥ずかしくないのか。
もうほんと想像以上のくずです。
ぜひ「3」は表現者としてのプライドがあるなら制作中止してもらいたい。
(「3」につながるようあちこちに露骨に布石を打っているのも胸糞悪かったので)
2006年ドイツへの道は閉ざされた~ワールドカップサッカー
2月9日、対北朝鮮戦から、ワールドカップ出場をかけた、最も厳しい戦い、アジア最終予選がはじまるわけだが、
その予行試合ともいうべきシリアおよびカザフスタンとの試合で、どちらも大勝し、
解説者までもが最高のデキだと褒めちぎっている始末に、
私は「もう日本のサッカーは終わったな」と思った。
何を見ているんだ。日本はワールドカップに出場する気はあるのか。
勝利に対する執念が感じられない監督采配に、
多分、それが最終予選の致命的な失敗につながりかねないと懸念している。

日本は、北朝鮮、イラン、バーレーンとホーム&アウェイで計6試合戦う。
日本のグループ以外にもう1つグループリーグがあり、
そちらは韓国、サウジアラビア、ウズベキスタン、クウェート。
各グループ上位2チームと各グループの3位同士がプレーオフを戦い、
その勝者が北中米およびカリブ海地区4位とプレーオフで出場権を争うという、
まあいってみれば5/8もの高確率でワールドカップに出場できるチャンスがあるわけだ。
よほどのことがない限り、どう転んでも日本はドイツにいけるはずだ。

しかし日本サッカーの最終目標はワールドカップに出場することだけなのか。
98年のフランス大会で初出場を果たし、02年の日韓共催では開催国で出場できた。
日本のサッカー選手が海外で活躍するようになり、
もっと上をめざすのが目標なのではないのか。
そういう戦い方を今の日本代表は、ジーコはしていない。

普通にやれば楽勝で出場できるはずのアジア最終予選だが、
バーレーンは2004年夏、中国で行なわれたアジアカップ準決勝で対決し、
3-3のまま延長に入り、なんとか4-3で勝った相手。
イランは同じくアジアカップのグループリーグで戦い0-0の引き分けだった。
北朝鮮は未知数だが、政治問題もあり、
北朝鮮選手が日本戦勝利に賭ける政治的圧力は相当なものだろう。
きっと死に物狂いでくる。
つまりは、ひょっとするとひょっとしかねない、こともないではないのだ。

私は本番を控えた練習試合2試合を見て大いに驚いた。
日本のベストメンバーではないのである。
海外組がまったく出ていないのだ。
中村俊輔、中田英寿、小野、高原、大久保、稲本。
最終予選を控えたチームとしての最後の調整試合に、
海外組が出ていないというのはどういうことか。
ここでチームの連携を調整しなくてどうやって本番を迎えるんだ?
「国内組ががんばっている」「これに海外組が加わったらすごい」などと、
バカなことを抜かしていた解説者連中がいたが、
サッカーはあくまでチームプレーが命。連携やコンビネーションが命。
本番にいきなり海外組が加わってもチームとして機能できないだろうし、
かといって国内組だけでやるには大きな戦力ダウンになる。
ジーコは日本を心底恨んで、ドイツに出ないように策略しているか、
よっぽどの大馬鹿者かどちらかだ。

そしてそして、北朝鮮戦の代表選手が発表されてまたまた驚いた。
海外組で召集されたのは中村俊輔と高原だけである。
はあ?本番なんだよ。今度の試合は。練習試合じゃないんだよ。
ジーコ、きみはわかってるのか、というか、
もともと海外組は呼ばないつもりだったからカザフ戦もシリア戦も呼ばなかったわけか。
よっぽど、愛弟子、小笠原がかわいいのか、それとも、
自分に批判的な海外組は遠ざけようという魂胆か。

今の状態で海外組を全部呼べばいいというわけではない。
そもそも私は稲本はまったく買っていないので、稲本が外れてもなんとも思わない。
ただ中田英、小野あたりは今、状態が悪いから呼ばないとかそういうことではなく、
今後のことも考えて、スタメンで出さなくても呼んでおくべきではないのか。

このような信じられないジーコ采配にまたもや川渕会長がぼやいた。
欧州からの招集がMF中村、FW高原だけだったことに触れ、
「2人というのは意外だった。今のチームで十分勝ちきれるとジーコ監督が判断したんだろう」と話した。
そして「北朝鮮戦が6試合に占める割合は6分の1ではない。大きなウエートを占める」と強調した。

誰もが思っていることだ。
グループリーグの初戦というのは非常に重要だ。
単なる1試合ではない。
ここでつまづくとあとあと悪影響が尾を引く。
ここできっちり勝っておくことがいかに大切か。
ジーコはアジア1次予選も同じ過ちを犯した。
ホームで迎えたオマーンに大苦戦したのだ。

なぜジーコをおろせという声があがらないのか。
私はジーコ就任以来ずっといっている。ジーコにまかせたら日本のサッカーの未来はないと。
ジーコ采配が愚かでも選手の力でワールドカップ出場を果たすかもしれないが、
ただ甲子園に出るだけが目標のチーム段階とは違うでしょうに。
トルシエは選手として無名で日本人に馴染みがなかっただけに、
ことあるごとに監督解任論が出ていたが、
日本人に馴染みがあり選手としては絶大の人気を誇ることから、
ジーコ解任論がほとんど聞こえてこない。
こんな愚かな采配を延々続けているにもかかわらずだ。

ジーコをおろさなければ日本のサッカーレベルはまた98年以前の状態に後退を余儀なくされるだろう。
果たして無事にアジア最終予選を勝ち抜けるのか。
北朝鮮戦は目前に迫っている。
宮崎駿監督の待望の映画「ハウルの動く城」が11/20より公開。
前作「千と千尋の神隠し」が非常に良かっただけに期待して、公開初日に見に行った。

2時間。
見終わって「難しい映画だな」と思った。
つまらないわけじゃないし、駄作ではない。
ただ、しっかりしたストーリーがあるわけではないし、
しっかりした結論があるわけではない。
いろいろなテーマがシーンシーンにちりばめられている。
それはよくわかるのだが、でもそれも判然と描かれているわけではない。
非常に小さな子供連れのお客さんも多かったので、余計「難しいな」と思った。

<ここからネタバレ注意>
この映画はイギリスの原作がある。
しかし原作を忠実に描いているわけではなさそうだということは映画を見てわかる。
本だったらこんなぼやけた書き方はしないだろうから。
映画を見ていてまず思ったのは「反戦」がテーマなのかなということ。
でもそういうわけではないらしい。
それだったらもっとしっかり描くだろうし。
ところが映画の終わり際になって、唐突に、前後のストーリーとまったく関係ないのに、
主人公が戦っている魔法使いが出てきて「戦争はやめようか」という。
これはちょっと解せないな。
すごくむりやり最後にくっつけた感じがあるし、
もし反戦がテーマだったら、それまでにずっとそういう戦争の描き方をすればいいわけだし。
でも映画全体でいうと反戦も1つのメッセージなのかもしれないが、
決してそれだけがテーマなのではない。
だからこそ、最後の「戦争をやめようか」という言葉がとってつけたように思えてしまう。

まあ強いていうなら、何を人生の生き甲斐にしたらいいかわからない女の子が、
ひょんなことからトラブルに巻き込まれたけど、
出会った運命の相手をみつけて、その人を愛する生き方が、
その周囲の運命を「いい」方向に変えていくという、
愛がテーマなのかもしれないけど、まあそれはそれかな。

ファンタジー性に少し欠けていたのが残念だったかな。
アニメというフィクションを生かした、
現実社会にはない世界観(たとえば千と千尋の舞台の世界とからラピュタの世界とか)を、
もっとしっかり作りこんで描いてくれたら、別にたいしたテーマがなくても、
そのファンタジー性のある世界を舞台にした物語というだけで十分楽しめるんだけど、
期待していた「動く城」の中は普通の家だったし、
舞台となっている世界も普通のヨーロッパの町といった感じだったし、
かつそれにしっかりした謎解きやストーリーがないとなると、
少々物足りなくなってしまうのは致し方がないか。
もっと時間をかけて非日常的な空想世界観を作り上げてほしかったな。
その辺は逆に原作に縛られ過ぎたのだろうか。

ストーリーや謎解きがないので子供が見たら「なんだこりゃ?」という映画構成なのだが、
逆にそれでいい面もあった。
まず善玉と悪玉を明確に分けないこと。
主人公が愛したハウルも善の部分もあり悪の部分もあるし、
敵とおぼしきハウルの先生である魔法使いも悪の部分もあるし、善の部分もある。
主人公ソフィーに呪いをかけた魔女すら、仲間になってしまう。
そういう善悪を分けない態度っていうのは、分かりにくいけど非常にいいと思う。
だって人間に完全な正義の味方と完全な悪者という区分けはできないのだから。

謎解きに縛られない自由な描き方もわかりにくいかもしれないがメリットにもなっている。
主人公ソフィーという少女が呪いをかけられておばあちゃんになってしまうのだが、
その呪いを解くための戦いなのかと思いきやそうではなく、
主人公の心情や場面によって、平気で元の姿に戻ったり、おばあちゃんになったりする。
そういう場面場面で巧みに両方の顔を使い分けることは、
その女の子の心情の揺れをそれで見事に表していてとてもよかったと思う。

ある意味では「変身」が1つのテーマになっていて、
ハウルも醜い鳥人間の姿と美男子の姿があり、
主人公は少女と老婆、魔女も老化したバージョンと比較的若いバージョン、
城に住む子供も子供の姿と変装した老人の姿があり、
ある意味では人間の多面性を「変身」で描くことが1つのテーマとなっているのかもしれない。

特記すべきことはキムタクである。
準主人公ともいうべきハウルという美男子の声をスマップの木村拓哉にさせていて、
せっかくの映画が台無しになるのではないかという危惧を抱いていた。
別にキムタクが嫌いだからという理由ではなく、
しょっちゅうテレビに出ている人間の声が出てきてしまうと、
その映画のキャラクターではなく、本人そのものをイメージしてしまわないかという危惧だった。
スタジオジブリの最低くず映画「平成狸ぽんぽこ」の野々村真などがその典型的な例で、
本人の姿がイメージされてしまい、キャラクターに違和感を感じてしまうのだ。

しかししかし、キムタクの声優は素晴らしかったですよ。
多分、事前に知らなければキムタクってわからないんじゃないかな。
そのぐらいキャラクターにマッチしていた。
しかしそういう敢えて危険な賭けにでる声優キャストにするのは今後もできれば辞めてほしいなと思う。
一説によると宮崎監督が声優を知らないから、テレビで見る有名人にしているそうなのだが、
別に声優候補ぐらい多数いるスタッフに集めてもらいその中から、
監督がイメージにあうものを選べばいいのだから。

残念ながら当然、前作「千と千尋」以下。
「ラピュタ」「ナウシカ」「耳をすませば」「魔女の宅急便」「紅の豚」以下。
つまらないわけじゃないし、そこそこおもしろいけど、それほどのことはない。
もしこれから期待して映画を見に行こうという人がいるなら、
まあレンタルで十分かもしれない。

それからこの映画は設定とか背景とかがしっかり描かれていないんだけど、
それを突っ込んでいったらキリがないし、そういう映画ではないのだと思うので、
ここでは割愛させていただく。
(たとえばなんで主人公が魔女に呪いをかけられたのかとか、
なぜ隣国の王子が呪いにかけられたのかとか、城に住む子供は何者なのかとか、
なぜハウルの先生は戦争をしていて、最後にいともかんたんにやめてしまったのかとか)
<1>
今話題の宮崎駿監督の最新作「千と千尋の神隠し」。
あれほどマスコミがバカ騒ぎするほどの大作とは到底思えないが、
個人的には大いに期待していた映画だったので、「もののけ姫」を見に行って以来久しぶりに映画館を訪れた。

宣伝が一切なく、いきなり映画が始まったことに好感を持つ。
(僕が映画館にあまりいかず、しかも毎月のように騒ぐ洋画を見にいかないのは、
とにかく宣伝があまりに大仰で誇大すぎるからだ。
騒げば騒ぐほど、宣伝すれば宣伝するほど、その映画のうすっぺらさが見透かされるからだ)

宮崎駿作品には「平成ぽんぽこ狸合戦」で痛い目にあっている。
あんな史上最低の映画をわざわざ映画館で並んで金払って見て損したという苦い思い出があるから、
その他の作品が良くても、最新作を見るときには緊張する。

その嫌な予感が出だしで漂った。
現実の日本を舞台にし、しかも主人公の父母が登場したからだ。
しかもなぜか無意味にも、普通の家庭なのに車が左ハンドルというのも気になった。
「これは失敗か?」と懸念したが、すぐにその心配はなくなった。

日常世界から非日常世界へ。
ファンタジー作品の非日常性を高めるためには、現実社会の大人が登場してはいけない。
すぐに父母は消え、少女を中心とした物語が展開した。
続々と登場する奇妙なキャラクターに、不可思議な舞台が登場すると、
日常という胡散臭い世界から一転して、映画は別世界へと移行した。
(まだ見ていない人のためにストーリーあかしはしません)

<2>
アニメだからこそできる独特のキャラクターに、アニメ映画としての完成度を感じる。
不可思議なキャラクターが入り乱れる奇想天外なストーリーに引きずりこまれていく。
主人公を少女にすることによる、人間としての未熟性ゆえの成長していく姿と、
常識にとらわれない、信じられない度胸と心の強さ。
単純に正義と悪、味方と悪役が分かれていないからこそ、話に深みがある。

(洋画がつまらないのは単純に正義役と悪役を振り分けてしまうからだ。
未だにアメリカ映画は、どんなに最新技術や莫大な金を使っても、ストーリーは西部劇と変わりない。
ヒロインがいて正義の味方がいて悪役を倒して救う。
何が良くて何が悪いかわからない時代に、単純な勧善懲悪話は必要ない。)

残念ながら、「天空の城ラピュタ」や「風の谷のナウシカ」のような、
冒険物語としての壮大性は失っているが、ファンタジー性は文句ない。
「もののけ姫」ほどテーマが臭わないのは好感材料の一つ。
テーマ性を強く打ち出してしまうと、逆にしらけてしまう。
現実にはありえない非日常世界をテーマを押し出すことなく描き出すことで、
逆にその話の奥に潜む様々なことを深く考えさせられる。

はじめは父が「バブル期に作られたテーマパークの残骸だろう」という非常に生々しい発言をするが、
これははっきりいっていらない。
ただその文言をのぞけば、全体的にはファンタジー性が強く漂い、
日常世界を忘れた異次元へとタイムスリップさせてくれる。

大人には見えない世界。子供にしか見えない世界。
そこに大人社会が忘れた大切なものがあり、そこにこそ世界の真実がある。

主人公が元の世界に戻るために試される精神力の強さだ。
求められる力とは物理的な力ではなく、精神的な心の強さなのだ。

舞台がなぜか懐かしい古い日本の光景を思い起こさせる。
やはり私たちはどこかで社会の理想郷を、21世紀の未来社会ではなく、
昔のニッポンを想定しているのかもしれない。
素晴らしい!
シーズン1の単なるエンターテイメント映画とはまったく次元が違う。
シーズン2のストーリーを描いた作家は素晴らしいな!!!
なぜアメリカが戦争するのか、アメリカの政治・経済・社会・国民の現実と病理を描いた、
血迷えるアメリカ国民すべてに送る最高の反戦映画であり、最高のメッセージ映画だ。
マイケル・ムーアの「華氏911」のような直接的なドキュメンタリー手法より、
アメリカ国民に今、アメリカが犯している過ちを端的に伝える方法としては、
この「24シーズン2」の方がはるかにわかりやすく、見事に描いて、しかも楽しめる、本当に素晴らしい作品だ。
ぜひ見て欲しい。
この作品を見れば、アメリカ社会の不可解な行動や現代アメリカ人が何たるかをよく理解できるだろう。

さて、ここからネタバレ注意。

アメリカのロサンゼルスで核爆弾テロが計画されていることがわかり、
初の黒人大統領パーマとCTU(テロ対策ユニット)のジャックバウアーが軸になって、
捜査、対応を続けていく。
核爆弾テロを計画実行した男(サイエド・アリ)は、中東人。
ところが、核爆弾テロを実行した裏には、アメリカ人の手引きがあった。

黒幕は、カスピ海の石油企業のアメリカ人。
テロが中東諸国の支援で行われたという偽造証拠を作らせ、
アメリカ政府が中東戦争をするように仕向けて、
自分たちに莫大な石油利権を得ようと考える。
ほんと、これはまさしく、大量破壊兵器があるとでっちあげ、
アルカイダと関係があるとでっちあげ、国連や他国の牽制を省みず、
何が何でも戦争をしたい、今のアメリカを彷彿させる設定だ。

戦争を起こしてぼろ儲けできる企業は、実に用意周到に各所に手を回す。
核爆弾を持ち込ませるよう、政治家、大統領側近、FBI、CIAなどを買収し、
実際に核爆弾テロを起こさせ、現大統領に開戦させるように仕向ける。
ところが大統領およびCTUのバウアーがテロ捜査でその真相に近づき、
中東諸国への報復攻撃を躊躇していると、
大統領の側近を買収して仕組ませ、現大統領が不適格である証拠を編集し、
権力ほしさや現大統領に不満を持つ副大統領や閣僚、政治家を煽動し、
合法的な手段で大統領を解任させ、何が何でも戦争をしたい副大統領に大統領代理を務めさせる。
核爆弾テロと中東諸国を関連づける偽造証拠を追うバウアーの捜査妨害をさせるために、
副大統領がCTU幹部を買収し、真相を追う捜査官を排除する・・・

莫大な石油利権、政治権力をえさに、政治、司法、警察などが、
本来の国益を考えず、地位や金や権力に目がくらんで、次々と戦争を起こさせるような方向になっていく。
これがまさしく、今のアメリカですよ。
これこそまさしく、911テロを分水嶺とした、アメリカの政策の実態ですよ。

私は911テロに対して、絶対にアメリカ人そのもの、アメリカ政府そのものが手引きし、
テロを起こさせ、報復戦争を起こさせ、それで軍事産業を筆頭としたさまざま企業が儲けをたくらんでいるといってきたが、
まさしくそのようなことがアメリカで起こりうるということを、
フィクションとして見事にこの作品が描いている。

そして、さらにこの作品が優れているのは、アメリカ国民がこのような事件が起きた時、
どんな対応をするか描いていることだ。
テロが起きると、アメリカ国民の多くが「中東系の仕業」と考え、
アメリカに住む中東系住民を迫害しはじめるのだ。
アメリカの国民のその愚かさを見事に描いているのは、
捜査に協力し、偽造証拠を運んでいる中東国の捜査官が、
偽造証拠を消そうと躍起になっている黒幕連中ではなく、
アメリカ国民に「ターバン野郎!」といって襲われるシーンだ。
彼らは単なる小市民。テロに乗じて中東系の人を見つけては襲い、金を奪うという、
これこそ、アメリカの政治家や利権企業のみならず、
国民そのものの愚かしさの象徴だ。
テロが起きるとすぐ中東と結びつける。
これこそ、戦争を後押ししている、ブッシュに投票するアメリカ国民の愚かなる心情がここにある。

テロの恐怖に日常的におびえる国民。
テロが起きると自爆自棄になり犯罪を犯す国民。
テロはすべてアラブ系の仕業だと思い込む国民、思い込ませるマスコミ、政治家。
それに乗じた利権企業。
国民心情が報復攻撃を望み、だからこそ報復攻撃をする大統領が信頼されるという構造が生まれる。
だからこの作品に出てくる、事の真偽を見極め、戦争を最終手段としか考えない大統領が、
合法的なクーデターによって解任させられてしまうという事態になる。
まさしく、アメリカ国民の愚かさの塊がこのようなことをさせているのだ。

この作品に出てくるパーマ大統領と捜査官バウアーは、事の善悪をしっかり見据えようとする、
いわば、アメリカ国民が実は心の底で願っている、
「本当の正義」に満ち溢れた、こんな大統領、こんな捜査官がいてほしいと願っている、
理想像的スーパーマンだ。
しかし、現実は、アメリカ国民の多くは、長期的大儀的目標より、
目先の金や権力や地位や自分の保身のために、誤った行動をとっている。
そういったアメリカ社会の病理構造を見事に描き出し、曝け出し、
そして最後は理想の大統領と理想の捜査官が、スーパーマン的働きで、
アメリカの誤った方向を救い、無実の人を殺さず、
真にアメリカに平和と自由と幸福をもたらすハッピーエンドでしめくくる。
まさしく、今、アメリカがのぞんでいるのは、
パーマ大統領のような人であり、バウアー捜査官のような人なのだろう。

しかし、この作家は、現実を見据えている。
それは理想論であって、アメリカの現実ではないと。
最後のシーンは、戦争をしない大統領を嫌う大いなる黒幕が、
大統領の暗殺事件を起こすところで終わっている。
アメリカの病理の深さをとことん国民に突きつける、悲惨な現実的な結末を目の前に見せるのだ。

ほんと、この作品は素晴らしい。
相変わらず、おかしな設定は随所に見られるし、
(たとえば偽造証拠は、キプロスで会話したことにしてるんだけど、
テロを起こしたアリはベルリンにいたといっており、
何も危険を冒してテープの偽造を暴かなくても、アリの旅券を調べれば簡単に分かること。
また信じられないことだが、テロ対策を行う専門部署のCTUが、
実にあっさり、CTUそのものが爆破されてしまうという、
テロ対策組織の特殊部隊としてはあり得ないこととか)
今回まったく事件と関係ない捜査官バウアーの娘のどうしようもない騒動とかはいらないし、
そういう無駄なシーンもあるんだけど、
(なぜ娘のしょうもないシーンを挿入するかというと、
アメリカ国民の理想のファミリー主義に訴えるため、最後のシーンで父娘の再会と家族愛を描くために、
いわばアメリカ国民の視聴者を喜ばせるためのものと思われる)
全体的に通底されている現代アメリカ社会の病理を描き出したメッセージは、
しっかり伝わってくるので、文句なく5ツ星にした。

なぜ、アメリカは戦争をするのか。
911テロ後の、尋常ならざるアメリカ社会の病理とは何か。
なぜ、好戦的なブッシュが選ばれるのか。
その答えの一端が、この24シーズン2に見事に描き出されている。
最高の映画!
いや、ほんとすごい。
すごすぎる。
これぞ映画だ!って感じ。
ほんとにね、すごい映画は言葉にならないですよ。
バカな映画ほど書くことはあるんだけど、
すばらしい映画はすばらしいというほかない。
これまで見た映画の中で最高評価を与えてもいい、最高傑作の映画ですよ。
この「ギルバート・グレイプ」は。

この「毒舌批評」のかさこさんもね、家でDVDを見てたんだけど、
ラストシーンが終わって、キャストの名前が出てきても、一歩も動けなかった。
いやあこんなことってショーシャンクーの空と千と千尋以来3度目の快挙ですよ。

前半部分を見ていると、こんなに奥深い映画になるとは思わなかった。
まあ単なる知的障害児とそれを取り巻く家族、特に兄の苦悩みたいなことだけかと思いきや、
いやいやそんなありふれた、どこにでもあるような、
単なる同情でお涙頂戴するような映画じゃあない。

現代人の心の闇・・・
あまりに深い。
それは表層にはほんのちょっとしかかいまみえない。
それを見事にあのちっぽけな小さな田舎町の人間模様から描き出している。

そう考えると、知的障害児は単なるメルクマールであって、それが主題ではない。
確かに彼は狂っている。
でもそれは彼じゃない。
普通に生活している誰もが、現代という社会の中で、
どこか1本ねじが抜けてしまったかのように狂っている。

突然、自殺した父。ショックで一歩も動かず怪物になりはてた母。
何かがおかしい妹。おかしな葬儀屋。
不倫する人妻。それにまったく気づかない夫。
ちっぽけな何もない田舎町に巣食う、得体の知れぬ人間の心の闇。

それを助長するかのように、まるで現代社会の救世主かのように現れる、
機能的で効率的なスーパーマーケットの人気ぶりと、
プレハブで簡単お手軽に作れるファーストフード店の記念すべき開店。
いかにもアメリカ的な、まるで北朝鮮の金正日を称えるセレモニーかのような、
表層的な喜びのシーンであることに、まったく自分たち自身が気づかない人たち。
その開店が何を意味するか。ますます心の闇は表層の便利さと比例するかのように深くなっていく。

主人公のギルバート・グレイプの心の葛藤は、何事も簡単に考える現代人からみると、
はがゆいほど古典的な考えの持ち主なのだが、彼だけが唯一、定点を失わずに、
闇と真向から戦っている人物に思える。
しかしそんな彼も「マイライフ」を考えた時に、
一瞬、弟の世話をやめてしまったその時、悲劇が起こった。
そして彼はその後に弟を本気で殴ってしまうのだ。

「エンドローザ」と名付けられた、まるでこの世の果てとも思える、
このちっぽけでどうしようもない町を出ようと思ったが、彼は出ることができなかった。
そして家族を捨てることもできず、戻ってくることになる。
不倫の人妻も恋した女性も旅立ってしまうにもかかわらず、
彼はたとえちっぽけなさびれた町で、知的障害児の弟の世話のために、人生が終わってしまおうとも。
彼はそれを「マイライフ」として選び取る。
恋した女性をとめることもせず、彼女が1年に1回だけ来るのを待つだけになったとしても。

主人公が弟の世話をするという行動が象徴していることは、
つまりは現代人が狂っている人間の心の闇を、
正面から抱え込む勇気を持つべきだということを示しているのだと思う。

人間には弱さも悪さも醜さも、いろんな矛盾を抱え込んでいきている。
そこから逃げてもだめだし、それに目を背けてもいけないし、
それを忘れ去ろうとしてもだめだ。
人間が人間である以上、矛盾を抱え、様々な問題がある社会だとしても、
まずそれを今の現状と捕らえて、それを背負って前向きに生きていける勇気。
この映画監督はそんな人間の目に見える心の闇を、
狂った知的障害児で暗喩しようとしたのだろう。

そして亡くなっていく人々。
不倫妻の夫がなくなり、不倫妻は立ち去り、
そして劇的なのは、人生に前向きになったかに見えた巨体怪物の母の突然死。
「古い家」を母とともに燃やすシーンは、何か現代の闇を振り払うかのような、
この映画でも大きな転換点となるシーンでもある。

そしてまた1年が立ち、兄弟は変わらぬ生活を過ごしているというラストシーンに「戻る」。
それが心の闇を背負いながらも前向きに生きようとする現代人の手本であるかのように。

というわけで、ほんとこの映画は深いですよ。すごいですよ。
派手な演出もなければ莫大な制作費なんて使ってないし、
有名俳優で塗り固めて箔をつけている映画なんかでもない。
昨今のバカみたいな金使い映画や奇異なストーリーを嘲笑うかのような、
正真正銘の「映画」ではないか。

金をかけなくても、へんてこなストーリーにしなくても、
派手な演出がなくても、有名俳優がいなくても、
現代人の心に響くメッセージ性さえしっかりしていれば、
それこそたいした機材や金がなくてもこれだけのすばらしい映画が撮れるっていう、
映画のお手本みたいな映画だよ、これは。

ほんとこの映画はすごすぎて、僕の文章ですばらしさは語り尽くせないほど。
見ればわかるけど、ほんとここにはいろいろなことが凝縮されている。
感じ得ない人には何の映画だかわからないかもしれないけど、
このテーマの深さと描き方の巧妙さは、すごく心を深くうつことでしょう。

でも思うんだな。
この映画の舞台となっているアメリカの田舎を見ると。
今のアメリカの横暴や社会の歪みが深刻なんだなと。
でもそういう問題意識を持って気づいているアメリカ人がいるんだなということが、
ほんと救いではある。

※知的障害児演じるのはなんとレオナルド・ディカプリオだという。
アイドルみたいな情けない今のディカプリオと違って、
多分子供だったからできたんであろう、天才的な演技だったな。