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つぶやきかさこ

カメライター(カメラマン&ライター)かさこの毎日更新ブログ。政治・金融・社会問題から旅行記、写真などさまざまな話題を提供します。ホームページhttp://www.kasako.com/

ちょっと前から経済の自由化がはじまったせいで「中国ブーム」があったわけだけど、
今年はインドブームが来ます。
旅行的なブームではなく、経済・企業的なブームとして。

今、徐々にだけど、インドの株式市場に投資しないかという宣伝が出始めている。
実際に今、私が働いている会社でもそういう広告を依頼されている。

なぜ、今、インドなのか。
さまざまな要因があるけど、1つ、簡単にいえるのは、
アメリカが中国脅威論をもとに政策立案しているからだ。

中国脅威論についてはアメリカの横暴で詳しく述べているが、
アメリカは中国が脅威になることに備えて、日本を盾にしようとしているわけで、
それで、日本に莫大な軍事装備を買わせている。
(フライデーに、同じ飛行機や同じ戦車にもかかわらず、
日本はアメリカの2~4倍もの値段で買わされているという記事がのっていたけど)

そしてアメリカは中国包囲網を作り上げるために、
日本と韓国を盾にして、ロシアを牽制しながら協力しあっている。
そして、後、重要になるのが、地理的なことからいえばインドになるのだ。

インドは中国と国境を接している大国で、国境の小競り合いもやっている国だ。
近年、急激に経済成長を遂げている注目の国であり、
当然、中国を叩くにはその周囲にある国をアメリカ側につけることが大切で、
すると当然、名前が出てくるのがインドというわけだ。
そんな政治的な強力な背景があって、今年、インドブームが来るというわけだ。
つい先日、私はブラウン管のテレビを購入した。
馬鹿みたいに場所をとるのにである。
理由は簡単。プラズマテレビが「まだ」高すぎるからだ。

「デジタル家電の三種の神器」で決定的に出遅れているのがプラズマテレビだ。
DVDレコーダーやデジカメはそれなりの価格に落ち着いているから売れている。
しかしたかがテレビに現状の値段を出すのはあまりに魅力がない。
それに消費者には「もうちょっとすれば価格が下がる」というのがわかっているからだ。

WBSでやっていたのだが、家電量販店の店員がこういっていたのが印象的だった。
「消費者はプラズマテレビに画質の良さなんて求めていない。
まず必要なことは手頃な値段。その次に画質とか性能がくるんです」と。

そういう消費者ニーズを的確に捕まえたところが勝ち残っている。
バイデザインという会社は、プラズマテレビを市場の半値近い値段で売っている。
その秘密は実に簡単。
無駄な宣伝費をかけないこと。無駄な人件費をかけないこと。
ネット販売のみで一切宣伝費をかけないから、製品性能が同じでも価格は半値以下にまでなる。
今、こういう時代が来ているのだ。
馬鹿みたいにマスのメディアでタレント使って宣伝している大企業は、
消費者が賢くなれば、これからどんどん潰れていくだろう。
<1>8年ぶりの日経新聞購読
昨年まで旅行書中心の編プロに勤めていたが、
今は金融機関やビジネス関連に特化した編プロに移ったため、
私は8年ぶりに日本経済新聞を自宅でとり、毎日チェックするようになった。
(日本経済新聞代は入社3ヵ月は会社持ち。
会社もとっているし、社員はきっとほぼ全員とっている。
ま、日経新聞の記事体広告を仕事としてやっていることもその大きな理由なのだが)

8年ぶりというのは大学4年生時の就職活動の時だ。
「就職活動に日経は欠かせない」なんてのを鵜呑みにして、
とりあえず3ヵ月ほど新聞をとったが、ほとんど見ないまま捨てた覚えがある。
わけがわからないのだ。

とにかく経済に特化した新聞で、一般的なニュースよりも、
どこぞの企業の話とか業界の話とかがてんこもりで、
学生時代にその新聞を読み解くことができなかった過去があり、
「今、会社でとれっていわれても見れるかなあ」と不安に思っていたが、
社会人経験を積み、またつぶやきかさこのようなことをはじめたせいか、
日経が実におもしろく読めるのだ。
といっても飛ばすページも多いが、まあ新聞とはそのようなものだ。

<2>NTTはつぶれる!ソフトバンクが日本経済を席巻する!
その日経の一面でおもしろい特集をやっていたので簡単に紹介しよう。
通信業界の話だ。

私は毎月いつも馬鹿らしいと思うのが、固定電話の基本料金だ。
固定電話から電話をかけたりうけたりすることなど皆無に等しい。
だから通話料金はほんのわずかなのだが、基本料は変わらないわけで、
毎月1700円近い基本料金をNTTに支払わねばならない。
でもまあそれはただひとえに、ネットを使うためだけのために。

実は今、仕事でNTT不要になるサービスが登場していることを知った。
KDDIのメタルプラスというサービスで、
ようはNTTの代わりをKDDIがしますよということで、
その固定電話の使用料金はNTTより300円安い。

しかし、そんなことにはとどまらないようだ。
こんな馬鹿らしい基本料金を支払わなくてもネットができるサービスが出てきたし、
さらにこの日経の特集では、「電話会社が消える日」と題して、
従来の電話料金概念とはまったく違ったサービスの登場で、
電話会社がなくなることを指摘している。
ルクセンブルクの企業がはじめた「スカイプ」というサービスで、
ようはインターネット電話のような仕組みなんだと思うんだけど、
契約料不要、加入者同士無料、国際電話も1分2~3円という。
日本でもすでに60万件の加入者があるそうな。
ヨーロッパでは「固定電話だけでは生き残れない」として、
この「スカイプ」のサービスを携帯電話にも組み込まれ始めているという。
もう固定電話会社はいらなくなるのだ。
NTTが潰れる日はそう遠くないと私は思う。

<3>2006年携帯電話番号継続制度でドコモ離れが進む
当たり前のことがやっと実現されようとしている。
2006年になると機種や会社を変えても携帯電話の番号を変えなくていい仕組みがスタートするそうな。
これまで携帯電話の会社を変えないのは「番号を変えたくないから」。
となると当然NTTドコモが有利に決まっている。
しかし迷惑メールなどでも大問題になったNTTドコモは年々シェアを減らしており、
もしこの制度が導入されるとドコモのシェアは急減するんじゃないか。

さらにその携帯事業に乗り込もうとしているのが、
いまやは日本経済を牛耳ってしまうのではないかというソフトバンクだ。
ツーカーの買収に動き、携帯電話事業の進出を図っているが、
ドコモなどが周波数を使わせてまいとして妨害工作をしているため、
ソフトバンクの孫社長があちこちでNTTふざけるなといきまいている。
既存の権益にしがみつき、消費者に不利益を与えるNTTドコモなど、
そんな瀬戸際政策では、ますます消費者離れを加速化するだけだ。
ソフトバンクが参入し、それこそ「スカイプ」のような斬新なサービスを取り入れたりすると、
既存の携帯会社は存続できないほどの危機に陥るのではないか。
ちなみにソフトバンクは携帯電話進出のあかつきには、
「かけ放題の定額制」料金をぶちまけ、業界構造を根本からひっくり返そうと試みている。

<4>ソフトバンクが日本社会を制圧する
ヤフーというポータルサイトが、多分日本で最も見られているものではないか。
その集客力を生かして金になるサービスを企業買収で次々に手を広げていくヤフー。
携帯ではツーカーを狙っている。
そして今日のニュースではあおぞら銀行と提携してネットバンキング事業に参入。
ちょっと前にもネット消費者金融業に参入するとした。
楽天が松井証券を提携して商品先物に進出したように、
ネット企業が次々と企業を傘下に収め、従来の常識を覆すサービスで、
業界構造しいては社会構造までひっくり返そうとしている。
NTTなんかソフトバンクに飲み込まれますよ。きっと、そう遠くない将来に。

つまりはすべてインターネット大革命のおかげ。
私は何度もつぶやきでいっているが、インターネットは多分100年に1度とか200年に1度の大革命な出来事で、
これによって従来の社会構造、社会概念はひっくり返るということだ。
だからネットを軸にした企業が、逆に既存の企業を買収していくという、
「逆転」現象が起きているわけで、この動きは今後もますます加速化し、
そのうち日本の企業は「ソフトバンクグループ」と「楽天グループ」しかなくなってしまうかもしれない。
そのぐらいインパクトのある技術革新なのだ。

何度もつぶやきで述べているがそういった観点からコンテンツ、通信は全部ソフトバンクなどに抑えられるだろう。
NTTならぬNHKが朝日新聞の批判に真っ向から対決して、
バカな叫びをあげているわけだけど、
そんなことやってるうちに、テレビ局も新聞社も、
ヤフーに買収されるかもしれない。冗談ではなく、そう遠くない未来に。
・今月から昨年とは違う編集プロダクションで働いているのだが、
一昨日、福岡での取材を頼まれた。
「福岡」といっても旅行誌取材ではなく、市販売りされている雑誌や書籍の取材でもない。
中小企業向けに配布されている会員誌で、
最近、活躍している中小企業の取材をするというものだ。

私は5年前にこの編集業界に入ってはじめて知ったことだが、
普段、書店で目にする雑誌や書籍なんかはほんの一握りに過ぎず、
広告がらみの制作物で、直接家庭や企業に送られる会員誌やDMの類が、
実は結構、仕事としては多く、いい金になる場合が多いので、
書店売りのものなんかより贅沢な取材ができたりもするんだよな。
(ただ今回の取材はそういうわけではなかったのだが)

・福岡行ってといわれて私は大喜びだったんだけど、
はて、一体、国内航空券ってどこでどう取ったら安いのだろうかということがさっぱりわからない。
海外取材が多かったので海外格安航空券の取り方はお手のもんだけど、
国内で飛行機に乗ることなんてめったにないからなあ。

とりあえずネットで国内格安航空券を検索するとわんさかいろいろなサイトが出てくるんだけど、
いまいち格安感がないし、なんか安心感がない。
だいたい確実にとれるのかどうも心配になってしまう。
仕方がないので航空会社そのもののサイトを見ると、
そこで簡単にオンライン予約ができ、空席照会もでき、
料金も支払え、座席も選べるんだけど、
やはり格安航空券サイトよりは若干の割高感がある。

でもものすごい料金が変わるわけでもなく、日程も迫っているし、
しょっちゅう出張にいっている先輩に聞いたら、
「航空会社のサイトが確実じゃない」っていうんで、
割高だけどそこで予約することにした。

・海外航空券でも国内航空券でもそうなんだけど、
なぜ変な料金体系にしてるんだろうか。
特に国内は、時に新幹線とも競合してるわけだから、
新幹線のように、料金は均一、駅の自販販売のように、空港販売を基本にして、
気軽に買えて、安心した料金体系でやってほしいよなと思う。

考えてもみたら実に変な話ではないか。
たとえば新幹線で大阪に行くのに切符をわざわざ旅行会社で買うかって話。
大阪行きは何本も出てるわけで、駅に直接行き、そこで買えば切符を買えばいい。
多少、金券屋の回数券が安いにしたって、
基本的には駅で買う料金はスタンダードなわけです。

それと同じ原理になぜ航空会社はしないのか。
わざわざ航空券を買うのに一度、別の航空券販売会社をあたって、
そこで購入して、しかもその方が安いなんていう面倒な体系は早急にやめるべきだと思う。
みんな、航空会社そのもののサイトでオンライン予約ー購入か、
いきなり空港に行って販売機で買う料金が、
格安航空券会社の料金とそんなに大差ないものにしてほしい。
そしたら、もっともっとスムーズに飛行機利用ができるのに。
ま、一時代前に比べれば随分よくなったけど。

・そんでもって飛行機に乗るとたかだが1時間そこそこのフライトのために、
何人もスチュワーデスがいて、飲み物サービスに来る。
あれもいらんでしょう。
そんなために高い人件費と面倒な準備や後処理とか必要になるんだから。
別に空港で缶ジュースでも1本勝手に買えばそれで済む話。
だいたい平日の飛行機は結構、みんな寝てるし。
ああいう意味のない機内サービスなんかとっぱらってスリム化して、
料金を安くすべきだと思う。
別に海外に行くみたいに10時間とか乗るわけじゃないんだから。

・あっという間に福岡に着き、でも同じ日本だからそんなに景色は変わらないわけだけど、
僕はちょっと驚いたことがあった。
言葉が違うのだ。
空港から取材先までタクシーに乗ったんだけど、
まあ当たり前の話だけど、ちょっと方言というかくせがある。
そこではじめて、「あ、ここは東京とが違う別の場所なんだよな」と、妙な感慨を覚えたりもする。

・せっかく福岡に来たのだから、といっても、
まあどこの会社でもどうだろうけど、仕事をしたらとんぼ帰りが基本だ。
空港→取材先→空港、そしてあっという間に東京に戻ってきて、
別に福岡の町に繰り出したりしたわけでもない。
せめてものあがきで、昼に空港でなにか名物のものを食べたいと思って、
やっと見つけたのが「チャンポン」で、出張サラリーマンたちが、
みんなそのチャンポンを頼んでいたんだけど、930円、量も少なくて実にまずい。
あり得ない。
こんなんだったら東京でリンガーハットの390円チャンポン食った方がよっぽどもうまい。

・福岡から羽田に帰る飛行機は、なぜか館山の方まで回って千葉を通って東京に入っていった。
成田と間違えたんじゃないかとか時間のロスじゃないかとかいろいろ思うけど、
まあいろいろ事情があるのだろう。

それはともかく、館山からずっと北上して房総半島を通って東京に行くまで、
ずっと窓の外を眺めていたんだけど、
房総半島はゴルフ場だらけなんだなあということが空から見るとよくわかる。
まだ手付かずの山林地帯も多いんだけど、そこを拓いた町の数より、
ゴルフ場の数の方が多いんじゃないかというぐらい多い。
30個ぐらいゴルフ場が見えたんじゃないかな。

でも平日、どれだけそれが利用されていることか。
今、休日もバブル時代と違ってどこも厳しいみたいなんだよな。

・とまあ、そんなわけでとんぼ帰りの福岡出張も、
海外取材の多い私にとってはちょっと珍しく物事が映りましたとさ。
昨年12月15日から今年2月5日まで、新宿三井ビルのエプサイトで、
藤原新也の写真展「フェルナンド・ペソアの午後」が行なわれていて(入場無料)、
先日行ってきました。

昨年、夏、彼がポルトガルに行った時の写真で、
点数は80点ぐらいあったのではないか。
インド放浪の時代のような圧倒的なインパクトはないが、
俗界富士とかバリの雫あたりの比較的「おとなしい」写真ほどおとなしくもなく、
1枚1枚、じっくり見るといろいろと想像できる、いい写真が多かったなというのが、
今回の写真展の感想だ。

ただ非常に残念なことに、どれもA4サイズほどの大きさで、非常に小さいので見にくい。
1枚1枚じっと見て、こう奥行きが出てくるようなそんな写真群なので、
写真「集」ではなく、写真展という会場で見ると、それがなかなかわかりずらい。

もしかしたらその理由は、今回へんてこなデジカメで撮られているからかもしれない。
今回の写真展は突然開催が決まったものなのだが、
エプソンのイメージギャラリーでやることになったのは、
ライカレンズ使用のデジカメR-D1ですべて撮影されているらしく、
今回展示されているものが、ようはエプソンのインクジェットプリンターで出しましたよという、
宣伝があるからなのだが、
そのあまり私は聞いたことのないデジカメで撮影しているせいか、
A4程度にしか広げることができないのかもしれない。

多分、彼のことだからこのへんてこデジカメでしか撮影してないということはないと思うし、
仮にそうであっても写真集程度の大きさだったら十分だろうから、
見るのに支障はないと思うのだが、今回はこのデジカメを使ったせいで、
わざわざ写真展を開催しているのに写真が小さいというちょっともったいないことになっている。

しかも今回は気合を入れた彼自らのデザイン空間に展示されていて、
ポルトガルの小部屋をイメージしたようなにぎやかな壁紙が貼られた上に、
写真を展示してあるので、余計に小ささが気になってしまう。
なので、点数があるわりにあっさり見終えてしまい、
「写真集が出たらじっくり見たいな」ということですぐに引き上げてしまった。

しかし、写真の良さというのは難しいよなとこの写真展を見て思った。
というのも、もちろん「すごいな」「いいな」と思う写真がいっぱいあるのだが、
なんのへんてつもない、とりたてて深読みもできない、
普通の写真も結構あって、でもこれを撮ったのが、
実績のある藤原新也が撮ったから見に来ていいなと思うわけで、
もし誰が撮ったかという情報を隠したら、この写真をいいと思うだろうかとふと思った。

そういう意味では誰が撮ったかなんて情報がなくても、
誰が見てもすごいと思える写真は意外と少なかったりするのかなとも思ったりもする。

そう考えるともしかしたら写真なんかより文章の方がはるかに個性が出るかなとか思う。
たとえば村上春樹の文体とか藤原新也の文体とか、もしかしたらつぶやきかさこの文体とか、
そういうのって作者名を隠しても意外と簡単にわかるかもしれないけど、
写真に関してはよっぽど特異な写真でない限り、誰が撮ったかなんていうオリジナリティが、
出ないのではないかと今回、考えさせられた。
無論、そこにうまいとか下手とかそういうことはあるにせよ、
今回、見たいくつかの写真は、「そこらへんのOLが旅先で撮りました」
といわれてもわからない写真が何点かあったからな。

写真を撮るものとして、そういったことを考えさせられる写真展でした。
ま、藤原新也の写真展に関しては、
過去に駒ヶ根美術館で美術館中全部藤原新也の写真展で、
吹き抜け3階のスペースとかに惜しげもなく特大写真を飾ったりしたのを見てしまったので、
ついどこかでそれと比べてしまって「たいしたことない」と思っている可能性はあるが。
「24」のシリーズ3弾目を見た。
例によって24時間、24話あるわけだが、瞬く間に見終えてしまった。
数々のおかしな点があるにせよ、それを感じさせない圧倒的なおもしろさがあり、
私は明日、朝5時半起きで福岡に日帰り取材だというのに、
我慢できずに、最後の6話分を一挙に見終えてしまった。
そのぐらいおもしろい、おすすめ映画です。
(ちなみに最後の6話分3巻はまだ新作扱いだった)

<ここからネタばれ注意>
数え上げればキリがないほど、この映画には設定に無理がある点や、
明らかにおかしい点がわんさかある。
羅列しろといわれれば100個ぐらいあげられるんじゃないか。
そもそもシリーズ1でも2でもそうだけど、
テロ対策ユニットにもかかわらず、
指揮系統は相変わらずぐちゃぐちゃだし、人材はいないし、
セキュリティは甘いし、私情たらたらだし、
これがテロ対策組織なのかと思ってしまうが、
そんなことをはねのけるだけのおもしろさがこの「3」にはあった。
ストーリーのリアリティとしてはやはり「2」が最高傑作だが、
ストーリー展開のスピード感ではこの「3」が最高傑作だろう。
次から次へと思わぬことが起きまくり、目が離せず、
どんどん先を見たくなってしまう、もうそれだけでこの映画は最高評価だ。

1:圧倒的なスピード感
とにかくこの「3」は展開が早い。
もったいぶらないで次々とすさまじいことが起きていく。
ほんとその点が最も優れている点だろう。
24時間もの話は間延びしてしまうが、ここにはほとんど余分がない。
とにかくこの点では最高傑作の映画を作りあげただろう。
こんな映画を見せられたら、豪華キャストだけのオーシャンズ11(続編が今上映されている)なんて、
ほんとくずですよ。

2:生物テロというリアリティ
そしてもしかしたら近未来に起こりえるかもしれない、
アメリカを狙った生物テロというリアリティは、
もしかしたら「2」の核ミサイルなんかよりはるかに恐ろしい脅威であり、
現実性のあるテロだと思う。

12本あるウイルスが1本飛散してしまい、ホテル封鎖できるはずが、
一人たまたま町に出てしまっただけで、その数時間後に確保しても、
瞬く間に伝染してしまうという恐ろしさの点では、
はっきりいってどんなテロよりも脅威的だ。
911後、炭そ菌騒動があってアメリカでは圧倒的な情報統制のせいか、
情報がろくに入ってこないままうやむやにされた感があるけど、
サリンのような一過性のものではなく、
伝染する有害物質を撒き散らしたら、こんな防ぎようのない、
絶大なる効果を挙げるテロはないだろう。

3:強大化するアメリカ批判
今回の犯人は、元アメリカ政府の工作員ともいうべき人間で、
そのせいで外国で置き去りにされ拷問を受け、
これまでアメリカに忠誠を誓っていたことに嫌気がさし、
スパイを外国に派遣しテロに付けねらわれる強大化するアメリカにダメージを与えようと、
生物テロで大統領を脅し、アメリカの軍事機構を解体せよという、
実に正論的なことを物申すわけだ。
もちろん、それをテロで脅すというやり方は間違っていることを、
主人公ジャックが諭すわけだけど。

「2」でもそうだけど、この「24」を作っている制作者は、
アメリカの「真」の愛国者だ。
国を愛するがゆえに、軍事的に肥大化するアメリカを憂いている。
しかしそれを批判的な視点で描かずに、
あくまで愛国者的観点から、テロに付けねらうが、
最後は解決してよかったねという結末で終わらせるけど、
それゆえに、今のアメリカの政治でいいのだろうかと、
バカなアメリカ国民に愛国心を刺激しながら諭している良映画なのだ。
今回もそういった視点がはっきりしていて、見ていて気持ちがいい。
マイケルムーアのように真っ向からアメリカ政治を非難する映画の作り方もあるけど、
精神麻痺したアメリカ国民には「24」のような描き方がいいのかもしれない。

4:国家レベルの問題と個人レベルの問題
特に今回の「3」で際立ったのは国家レベルの問題と個人レベルの問題を、
同じ重要度で描かれていることだ。
テロだなんだと騒いだところで、一人一人にはさまざまな個人レベルの問題があり、
もちろん国家的問題も大切なんだけどそれ以上に個人にとっては個別の問題も重視してしまうという、
人間らしさというか私情をうまくこの映画に織り込ませた。

それを感動的にされるのがラストシーン。
「24」の3作中、最も素晴らしい終わり方をしたのがこの「3」だ。
私情で国家レベルに問題に対処できない小物たちの中で、
私情を挟まず、任務のために絶大なる信頼感と精神力で困難を切り抜けていくジャック。
今回はその任務のために同僚を殺し、同僚の腕をハンマーで叩き切るという荒行までやってのけた。

そんな絶大なるジャックが、すべて事件が解決した後、
一人車で泣くシーンでラストになる。
それがなんともいえないんだよね。
スーパーマンのごとく一人大活躍していたジャックも、
一人の人間として、それに耐えていたんだということがよくわかる。
大統領からどんなにほめられても、一人、涙が耐えなかった。
それがスーパーヒーローでありながら一人の人間であるというリアリティを思い知らしめてくれる。
最高のラストシーンだった。
アメリカのくそくだらんスーパーヒーロー映画とはわけが違う。

5:ミシェルの大活躍
「1」も「2」もそんな強靭な精神力の持ち主はジャックだけだったのだが、
今回ジャックと並んで大活躍したのがミシェルだった。
女性が厳然としたあの勇ましい姿は実にかっこよかった。
きれいだしね。
夫や周囲の女性が情けないだけでにミシェルが一人際立っていて、
ジャックと並ぶ双璧になる勢いだったのが非常によかった。

6:トラブルメーカーの雑魚どもが一層された
今回も必ずストーリーをややこしくさせて、
「早くこいつこそ殺すなり終身刑にしてしまえ」という腐れキャラがいて、
そいつらが現れる度に混乱してしまうんだけど、
今回、一層されたことは特筆すべきことだ。
ほんとは前作辺りで処理されるべきだったんだけど、
今回もまた引っ張り出してきて「またかよ」感があったんだけど、やっと消えてくれた。
ニーナとシェリー・パーマーの2人が今回消えた。

<気になる点>
ただどうしてもちょっとこれはおかしいのではという点をあげておきたい。
・黒人大統領の精彩のなさ
わざとそうしてるんだろうけど、らしくない。
前作だったら絶対にそんなことをするはずがないあの大統領が、
情けない決断ばかりする。
本来なら彼のキャラが取るべき行動は逆なのに、
とことん今回は逆をやらせた。
多分、今回は全キャラに「人間の弱さ」みたいなものをテーマとしていたからだろうけど、
あの黒人大統領だけは前作のキャラを考えてもそのままさせてほしかったな。

ま、矛盾点や気になる点は多いにせよ、
とにかく圧倒的なおもしろさで、辛口批評の私でも文句なしの5ツ★でした。
おすすめです。

おっと、もうこんな時間だ。
明日、福岡取材で早いんだよ。
勘弁してくれよ「24」。
阪神・淡路大震災が起きてちょうど10年を迎えるということで、
どこのニュース番組もその特集を組んでいた。
もう「あれ」から10年、たったのだな。
そう、忘れてはならないもう1つの大きな出来事からもちょうど10年になる。
地下鉄サリン事件だ。

1995年1月、予想だにしない関西地区での大地震。
そして3月、地下鉄サリン事件。
1995年という年は、日本社会にとって大きな節目となる年だった。

物・金一辺倒で来た物欲主義蔓延に伴い、
さらにそこにバブル経済が輪をかけて、日本はいわば騒乱状態になっていた。
そのバブルがはじけて、日本社会は価値観を失ったかにみえたが、
結局、いつまでたってもバブルの名残が忘れられず、
「景気回復」の名のもとに、バブルな経済を再び夢求め、
余計に社会の傷口を広げていた、そんな矢先だった。

自然災害と人為的災害との違いはあるが、
日本社会に起きた衝撃的な出来事だった。
これまで信じてきた価値観があっけなく崩れ去る、そういう出来事だ。
そのしっぺ返しの代償はあまりに大きい。
いらん道路工事に湯水のように税金を使っていたにもかかわらず、
高速道路はめちゃくちゃに破壊され、手抜き工事ではないかとも言われた。
東京のど真ん中でサリンをばら撒くということが、
いとも簡単にできてしまう恐ろしい社会。
日本に暮らす人々は、マネーゲームを死に物狂いで競った挙句、
あっけなく死を余儀なくされる。

起きてしまったものは仕方がない。
そこからどんな教訓を学ぶかが、
不幸な出来事を無駄にしないための唯一の道だと思う。
私はこの転換となる大きな2つの出来事で、
日本社会はこれまでの価値観を根底から見直すのではないかと思った。
しかし、残念ながらあまり変わることなく、10年もたってしまった。
そんな感じがする。

日本社会はぐるりと回って、宮崎駿を思わせるような、女児殺害事件が起きた。
突然の死は、大地震でもなくカルト教団の暴走でもなく、
身内によってハンマーが振り下ろされる。
不景気ゆえにバブルとはまた違った意味での拝金主義がはびこり、
受信料で愛人とギャンブルにふけるNHKプロデューサーや、
年金不足にもかかわらず、年金のキャッシュバックさせて、
職員やOBで食い物にする官僚。
年金を騙って架空請求が入り乱れ、
偽札が各地で発見され、オレオレ詐欺という摩訶不思議な事件が頻発する。
もうそんな価値観はとっくに崩壊してるはずなのに、
やっぱり最後は金頼みみたいなことが、
日本社会全体にはびこっている。

あれから10年、日本はあの二大大事件から一体何を学んだのだろう。
ただ大地震から10年でしたねという同情と感傷を誘うような番組だけを作っていていいのか。
1995年に起きた阪神大震災と地下鉄サリン事件。
あれから10年たっても、
社会保険庁の解体も郵政や道路公団の民営化すらできない。

そんなとき、ふと思ってしまう。
日本の中枢である東京がめちゃめちゃになるような大地震と、
アメリカに加担したことで、また北朝鮮に感情的になったことで、
行なわれる大規模テロなりミサイル被弾か何かをしない限り、
日本社会は目を覚まさないのだろうかと。

もう10年が過ぎた。
死者の冥福を祈るなら、あの2つの出来事を教訓に、
より住みよい社会を作ること、
すなわち単に経済が右肩上がりになればいいという価値観ではなく、
金が増えなくても時間と心にゆとりがあり、
災害に優しい社会、事件の少ない社会の実現が求められているのではないだろうか。

※朝日新聞の朝刊に村上春樹が「地震のあとで」というタイトルで阪神大震災について文章を載せている。
彼は阪神大震災を題材にした「神の子どもたちはみな踊る」という、
「カフカ」や「アフターダーク」のようなくだらない作品ではなく、
非常に素晴らしい短編集を書いていたからだろう。
その「神の子ども・・・」がアメリカで911後に
翻訳されて受けれいるらしい。
「人為テロと自然災害という差違はあれ、
巨大なカタストロフのあとの感情的損傷と、
回復への努力という点においては、
精神的に分かち合われるべきものは少なくなかったのだろう」
と彼は解説している。

価値観の崩壊は衝撃的な大事件によって起こり、
そこで既存の価値観を見直さざるを得ず、
新しい価値観なり生きる指針なりを見つけていくわけだけど、
911テロのアメリカはまんまとその国民の心的損傷を利用して、
見事に保守化・軍事化・対外先鋭化に「成功」したな。
アメリカではテロ以降、キリスト教が大きな力を奮い、
そういった伝統的価値観をブッシュがまんまと票集めに成功したから再選したともいわれている。

日本で起きた心的損傷の大きな出来事以後、
アメリカのような馬鹿げた保守化現象は起きなかったけど、
今度、東京で大きな自然災害と人為災害が起きたら、
その辺は気をつけないとな。
旅行好きの人なら「旅行ガイドブックの仕事がしたい」という人も多いだろうが、旅行ガイドブックの仕事は残念ながらビジネス的にはあまり旨みのある商売ではない。
国内ならまだ広告がいっぱい入るので広告収入で多少の儲けが出るかもしれないが、海外ガイドブックをやったところでハワイとかパリ以外は、
広告は少なく、ビジネスとしては非常に旨みのない仕事なのだ。

普通の書籍と違って、旅行は情報がすぐ腐ってしまう。
たとえば、しょうもない小説でもしょうもない読み物でも、
一度、出版して放っておいてもとりあえず情報は腐らないから、
大ベストセラーなんかにならなくてもとりあえず儲けられる。

しかしガイドブックはそうはいかない。
1年もすれば載せていた店が潰れてしまって移転してしまったりするし、
潰れていなくても、料金や営業時間が変わってしまったりする。
さらには交通機関の情報や通貨の情報、現地情報など、
1年で様変わりしてしまう。
つまり、普通の本と違って1年でガイドブックは
使い物にならなくなってしまうわけだ。

もちろん基本的な情報は変わらないので、それをベースにしながら、
少なくとも1~2年に1度は情報をすべてチェックしなくてはいけない。
情報チェックするのにお金がかかるだけでなく、
そのために印刷物に直しを加えたら、またそこでお金がかかってしまう。
当然、古い年度の本は売れなかったら処分するしかない。
だから旅行ガイドブックは非常に儲けが少ないのだ。

依然、ある出版社の社長が、
旅行ガイドブックのシリーズを手掛けたいと提案してきた。
しかし普通の書籍と違って1~2年に1度は情報を更新しないといけないんですよという一言で、ひるんでしまった。
せっかく金をかけて作った本が1年でやり直ししなくてはいけないという、
旅行ガイドブックの常識を知り、ビジネスとしての旨みがないと判断し、
旅行ガイドブックシリーズに進出するのをやめた経緯があった。

しかも悲しいことに旅行ガイドブックの読者対象は、
旅行に行く人しか買わないということだ。
ハワイとか中国とか年間何十万人も日本人が訪れるところは、買ってくれる人も多いが、年間4~5万人ぐらいしか日本人が行かない場所のガイドブックを作っても、その中で5人に1人買ってもやっと1万部という計算になる。
しかも1万部でもまた1年で作り直すコストが発生してしまうのだから。

私が数年前、ネパールの「カトマン沈遊記」を出版社十数社に持ち込んだが、
その多くが上記の理由で断ってきた。
「ネパールはあんまり日本人いってないから、ネパールではだめです」
「ハワイだったら可能性ありますけど」
旅行記もしかりで、出版社が売れる見込み数字を営業に提出する際、
日本人があまり行かない国では売れる見込みが低くなってしまうというわけだ。

だからバックパッカーに愛されている「旅行人」のガイドブックなどは、
どれだけバックパッカーから情報量が多いと評価されたところで、
儲からないからオールカラーではなくモノクロページが多いわけだ。
地球の歩き方もしかり。まあその2社は辺境地域も出して大いにがんばっているが。だからこそ逆に、ハワイだとかパリだとかそういう地域のガイドブックはあふれているわけだ。

というわけでガイドブックは情報更新しなくてはならないというコストがかさむため、当然、そのガイドブックを作る編集プロダクションに割り当てられる制作費も多くなく、(といっても普通の書籍を作るより数倍かかってしまう)
そこで働く給料はあまりよくないという実態がある。
ガイドブック取材で得た写真などを他媒体や他雑誌でうまいこと活用していかないと、とても商売として成り立たないわけだ。

ただ逆に旅行ガイドブックをやりたいという人は多いから、安い金で外注して取材をさせるわけだ。
日当1万ぐらいで、1日7~8件取材に回り、写真も撮る。
取材で1日、それを整理して原稿書くのにまた1日か2日。
そしたら3日仕事で1万円ということになる。
無料で旅行に行けるかもしれないが、まあ金銭的には非常に厳しいということになる。
(これはあくまでガイドブック取材で、女性誌など、広告だらけで、
広告収入が莫大に入っている媒体は豊富な制作費があるので大名取材ができる)

雑誌が豊富な制作費があるのは広告のおかげだ。
媒体によっても違うが広告1ページの掲載料金は、
100~300万円にも及ぶ。
雑誌がどうして広告だらけかわかるだろう。
広告をいっぱい載せれば、書店で売れなくても儲かるわけだ。
もちろん、部数が伸びないと広告価値が下がってしまうので、
広告料金もそんなに取れないわけだが。

そして、儲からない旅行ガイドブックに決定的な打撃を与えると思われるのがインターネットだ。まだ情報収集に時間がかかってしまうし、情報をまとめたサイトがないから助かっているが、情報更新スピードの早い旅行情報こそ実は紙媒体ではなくインターネットが向いている。

いろいろな情報が変わってもどんどん書き換えられていくことができるインターネットこそ、旅行情報提供に最も向いている媒体なのだ。
しかも、インターネットは国境を低コストでリアルタイムで越えられる。
海外の情報も現地で更新すれば、即その情報が日本で見れる。
タイムロスがなく低コストという大きなメリットがある。

ただネットの欠点は視認性と携帯性がないこと。
いくら最新情報がネットに載っていてもそれをプリントアウトするとなるとかなり面倒だ。
その辺、たとえば旅行サイト運営会社がオーダーした時点で、
有料で必要な情報だけ製本して送ってあげるシステムができれば、
視認性の問題も携帯性の問題もクリアできる。

また、さらなる通信環境の進化で、携帯電話のもうちょっと大きくなったモバイル端末が、海外のどこにいても使えて、どこにいてもインターネットにアクセスできるようになれば、
いちいちプリントアウトしたものを持っていかなくても、
自分の端末で常に最新情報を確認できるようになることも考えられる。
今こんなことをいうと夢のような話かもしれないが、
携帯電話もインターネットも今から数年前までは夢のような話だったのが、
あっという間に広がったことを考えれば、そう遠くない未来に実現するだろう。

旅行ガイドブック制作会社が似たようなガイドブックを何冊も出し、
それぞれが莫大な金をかけて制作しているわけだが、
インターネットの興隆に押されて、いずれ淘汰されていくのではないか。
というか金融業界のようにM&Aを繰り返し、共倒れしないように合併し、
情報更新速度のクオリティを保った同一制作物を作るために、
資源を効率的に共同して投下していかないと、
ビジネスとして成り立たなくなってしまうのではないか。
ま、ツーカーまで買収しようとしているソフトバンクとかが、
旅行情報サイトを起点としたネットの旅行サービス業で儲けるために、
旅行ガイドブック制作会社なんかは吸収されるんじゃないかと思う。
まあ、そうなれば旅行者にとってはありがたいことになるとは思うんだけどね。

いずれにせよ、旅行ガイドブックはここ数年で劇的な変化を遂げる恐れがあると私は思う。
1月8日の朝日新聞に全面広告で
結婚斡旋業の「キューピッド・クラブ」の宣伝があったのだが、
そのあまりの矛盾さに思わず大笑いした。
キューピッドが提案する理想の結婚相手とは、
「条件に合う人」ではなく、「一緒にいて居心地の良い人」だという。
そのわりに、全面広告の左端には
「2004年の素敵なカップルの一部を紹介」と、
100組ぐらいのカップル・プロフィールが書かれている。
その書き方がだ、出身大学と勤務先のプロフィールなのだ。

男:慶応義塾大 不動産
女:上智大 倉庫・運輸
男:東京大 国家公務員
女:上智大 広告
・・・てな具合に。

ここに書かれた100組200人のプロフィールのうち、
2人を除いてすべて大学卒業者。
そもそも「出身大学」と書かれているから
高卒とか専門学卒は相手にしないということか。
東大とか慶応、早稲田、上智など、ようは高学歴者ばかり載せていて、
しかも職業は公務員や金融や医療などが多い。
「居心地の良い人」を探してあげるといいながら、
アピールしたいのは高学歴高収入の「条件」に合う人が
いっぱいいるよというこの矛盾。

いやだったらさ、正直にさ、
「高学歴高収入の理想の相手を紹介します!」っていえばいいのにさ、
それを「条件に合う人」ではなく「居心地の良い人」なんて、
そんな建て前論はいらんわけで、
もし建て前で押し通すんなら、出身大学と勤務先はいらんでしょう。
必殺でっちあげで「やさしい人が見つかりました!(33歳女性)」とか、
「一緒にいて楽しい人が見つかりました(40歳男性)」とか、
せめてそういうのにすればいいのに。

まあでもこんな矛盾した広告を堂々と載せているのだが、
新聞の全面広告の掲載料は何千万円という単位である。
莫大な金額を会員からぼったくって、相当儲かってるんだろうな。
インターネットの出会い系サイトのあやしさと、
結婚相手の斡旋業のあやしさはたいして変わりないんじゃないか。

というかさ、こういう紹介業に頼らず、
相手を見つけられるような社会にならなくてはな。
多分、みんな会社に拘束されてる時間はあまりにも多く、
そんでもってそこでの関係は非常に狭いから、
社会人になってからなかなか出会いがないんだろうな。

あとは、離婚が増えていて中高年の再婚斡旋業が、
きっと結構な金になるんだろう。
「最近の若者は・・・」という論調で非難される
1つのキーワードとして「フリーター」がある。
定職に就かず、正社員にならなずに、
アルバイトで食いつないでいる生活スタイルを、非難しているのだろう。

驚くべきことだが、先月、自民党の武部勤幹事長は、
若者のフリーター増など教育問題に関連して、
「一度、自衛隊にでも入ってサマワみたいなところに行って、
本当に緊張感を持って、地元の皆さん方から感謝される活動してみると、
3ヵ月ぐらいで瞬く間に変わるのではないか」と発言した。

こういう発言をする政治家が政権与党の幹事長だからこそ、
若者はフリーター化するのであって、
与党政治家連中こそ、自分たちが通した法案の意味を知るために、
サマワで活動してこいよと思うわけである。
あんたら政治家が本当に「緊張感」のあるサマワで3ヵ月も活動すれば、
政治、社会、国民に対する考えかたら「瞬く間」に変わるんじゃないか。

とにかくよってたかって「フリーター」を問題にするのは、
私には非常に簡単なロジックとして理解できる。
権力者にとってフリーターが増えることは、
国家構造そのものを揺るがしかねない、「革命的」行動なのだ。

フリーターが今500万人ともいわれているが、
今後も増えるとどうなるか。
所得税、住民税など、基幹税金の深刻な税収不足、
年金未払いによる現行年金制度の崩壊の加速化など、
国を運営している税金や現制度の「革命」「改革」を急伸させる勢力なのだ。
だから「フリーターはサマワに行ってこい」みたいな、
とんでもない発言が、政治家の口から「真剣」に出てくるわけだ。

昨年「フリーター亡国論」という本まで出たのだが、
その本の趣旨は、フリーターが国を滅ぼすのではなく、
フリーターを活用している企業や社会が国を滅ぼすというものだが、
いずれにせよ「フリーター」増で国が亡びるというのは上述の通り、
現行制度の「反」社会的行動に結果としてなるために間違いない事実である。

しかしフリーターを無理やり定職に就かせることがいいことなのか。
フリーターは時代、社会の産物であり、
価値観の変化と社会構造の変化に伴い、
今後、増えることはあっても減ることはないだろう。
政治家がやらなきゃいけないことは、フリーターを減らすこと、ではなく、
フリーターが増えても円滑に国が運営できる制度を作ることだと私は思う。

フリーター、フリーターとフリーターばかりが糾弾されるが、
フリーターに限らず、契約社員など、正社員以外の「非正社員」比率は、
昨年、過去最高の1563万人に達した。
終身雇用の崩壊、大手企業のあるまじき不祥事の続発、
そして金銭的な豊かさなどから、「働き方」の価値観は劇的に変わっていて、
派遣社員とか契約社員とか正社員以外の働き方が、
その人にとって幸せなスタイルになっているかもしれないということもあり、
今後もますます正社員離れは進むだろう。
アルバイトを転々とするフリーターと同じように、
正社員ではなく派遣や契約で仕事を転々とする新フリーターもますます増加する。

「フリーター亡国論」の趣旨のように、そういった増加の背景には、
若者が単に働きたくないといった理由だけでなく、
企業側が正社員より安い労働力を活用したいという思惑から、
フリーターや非正社員が増えているという側面もあるんだけど、
私はインターネットの興隆で在宅勤務が増え、
働き方が変わるとつぶやきで前に書いたが、
そういった流れからも、1企業に縛られない、1組織に縛られない、
ある意味では「1億総フリーター」化みたいな、
労働市場の流動化が今後ますます進んでいくと思っている。

生活に必要な収入さえ得られる仕組みさえ作ることができれば、
1億総フリーター化は今の働き方より「幸せ」な社会になると思う。
たとえば女性にしたら子供を生むまでは正社員なのに、
生んだら職が狭まってしまい、
非正社員的な仕事しかできないみたいなことも、
総フリーター化になれば、結婚、出産、子育て、といった段階段階に応じて、
働き方を柔軟に変えられるわけだ。

男性の育児休暇制度の問題もそうだ。
あんな制度作ったところで、じゃあ実際にサラリーマン男性が、
「育児のための何ヵ月も休みます」なんて絶対にできない。
よっぽど利益率の高い大企業ならともかく。
そういう意味では人生の生活変化に伴い、
フリーター化による職の変遷をうまく活用していくことで、
育児に専念したり、休みをとったり、
といったことが自分の人生にあわせてフレキシブルにできるわけだ。

たとえば休みにしてもGWや正月、馬鹿みたいに航空券代が跳ね上がり、
混雑している中、大渋滞の中、
旅行に行くといったことも総フリーター化で解消される。
自分が好きな時に、職を一時的に休み、
リフレッシュする旅行もできるような社会になれるはず。

まあ、そういう意味での労働市場の流動化は欧米なんかでは進んでいて、
旅先に行くと今は無職だけど家族や夫婦で
優雅に1ヵ月とか旅行を楽しんでいる人たちがいる。
日本はこれだけ金あまり物あまり状態なのだから、
これ以上、マネーを求めて奔走するより、
精神的な豊かさを求める時期にきているんだと思う。

そういった社会構造を、従来の日本的やり方で
企業に押し付けようっていうのが間違っている。
企業に育児休暇や年金、保険負担や有休休暇負担などを強いるなんて、
大手企業ならともかく中小企業なんかにはひとたまりもない。

だったら正社員という雇われる側も雇う側も
負担の大きい制度を流動化して、
もっと柔軟に、各個人が自分の人生段階に応じて、
職や企業を変われる環境つくりをしてあげれば、
私は幸せな社会になると思う。

ただ今、そういう環境がないから、
正社員を拒否したフリーターが増加しているわけで、
社会がそれに対応してないからフリーターが
いろいろな意味で問題になってしまうわけだ。

働き方の価値観は変わっている。それがフリーター増となって現れている。
フリーター封じ込め戦略ではなく、価値観の変化に気づき、
それに対応したフレキシブルな働き方のできる社会になれば、
妙な犯罪とかくだらんストレスとかも少なくなり、
総じて社会はよくなると思う。
まあ「フリーターはイラクに行け」という常識外れの発言を政治家がしている今すぐには難しいだろうけど、
フリーター増、非正社員増の流れをとめることはできないだろうな。