アメリカの横暴を読み解く良書 | つぶやきかさこ

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・「歴史で読み解くアメリカの戦争」山崎 雅弘著 学研
ブッシュ再選で再びこの4年間、恐ろしい時代がはじまったということもあり、
改めてアメリカのこれまでの紛争史を知りたいと思い、上記の本を借りてきました。
こういう本というのはなかなか読みたくっても読みにくい側面があると思うので、
この本を読んで私が重要だと思う部分を抜き出してみました。
今、起こっているさまざまな問題、
そして、今後も起こるであろうさまざまな問題を考える上での参考になればと思います。

なお、この本は単なる紛争の事件簿だけでなく、その背景なども丹念に記述していて、
かつ、単に湾岸戦争、イラク戦争だけでなく、朝鮮戦争、ベトナム戦争にまでさかのぼって、
主観的な論評ではなく、客観的な歴史的事実に基づいて、非常に丁寧に記述されている良書です。
ただそれゆえ、分量も多く、今、特に関心のあるイラクと、
イラク戦争後、次にブッシュが侵略しようともくろむイランの問題に、
はじめから読んでいるとなかなかいきつかないという弊害もあるので、
もし下記の記述で興味を持って本を手に取ったら、
朝鮮戦争やベトナム戦争を読むのは後回しにして、
第六章の「対テロ戦争(イラン・リビア・アフガニスタン)」、第七章の「イラク戦争」から読むとよいかもしれません。

なぜアメリカが世界を敵にしてまで戦争をするのか。
なぜアメリカはつけねらわれているのか。
なぜテロが連鎖するのか。
これまでのつぶやきかさこで私なりのアメリカ診断をしてきましたが、
そのアメリカ評と読み比べながら、下記の記述を参考にするとよいと思います。

「歴史で読み解くアメリカの戦争」より抜粋&一部かさこの補足
・国連無視のアメリカの政策はこれまでも行われていた
国連安保理の拒否権を多用するアメリカ。
1966~1991年までの26年間で、ソ連が拒否権を行使したのは4回。
しかし、アメリカは、1980~2003年までの24年間で、57回の拒否権を発動している。
アメリカが行使した拒否権の回数は全部で78回。
しかもその内訳は、人種差別で非難を浴びていた南アフリカを非難する決議をアメリカの拒否権で葬り去ったのが12回。
イスラエルを非難する決議をアメリカの拒否権で葬り去ったのが37回にも及ぶ。

ビンラディンが先の声明で、911テロを思いついた契機とされる、1982年のイスラエル軍のレバノン侵攻だが、
この時、国連は、イスラエルのレバノン国内からの撤退と軍事行動停止要求の決議をしたが、イスラエルは決議を無視して進撃。
その間、イスラエルを非難する国連での草案が3つあったが、
他国の圧倒的多数の賛成にもかかわらず、アメリカただ一国の反対によって、否決されてしまった。

911テロ後、アメリカは「新しい戦争」と称して、
テロとの戦いをはじめたが、何も今にはじまったことではない。
1970年代終わり頃から、反米を旗印としたイスラム過激派集団との戦いははじまっていた。

質素で禁欲的な社会を理想とするイスラム社会は、
扇情的な欲望至上主義的な現代風の生活習慣に対して、強い敵意を示してきた。
その欲望資本主義の総本山ともいえるのがアメリカだ。
それに対してアメリカは「文明の破壊」と称して、
欲望資本主義的価値観を否定する彼らを弾圧しようと試みた。

・イラクの次にアメリカが侵略を狙うイラン
1953年、親米派の将軍によるクーデターが成功すると、
イラン国内の石油利権は、米英両国の巨大石油企業(メジャー)6社と、
米系の独立系石油企業(インディペンデント)9社によって再配分された。
石油利権の割り当てに対する「リベート」として、3年間で5億ドル近い石油収入が、イランの親米政権へと支払われた。
石油利権はもちろん、軍事面でも緊密化が行われ、
アメリカ製イギリス製の武器や戦車がイランに輸出された。

こうしたアメリカーイラン親米政権の癒着関係は1970年まで安定していたが、
1973年の石油危機を契機に、イラン国内の政情が不安定になり、
石油高騰化で利益を独占する政権と特権層、それを支えるアメリカに対する非難を訴えた、
イスラム教シーア派の指導者ホメイニが1979年、熱狂的なイラン国民によって迎え入れられた。

石油利権と結びついた王権の腐敗と気に食わない思想・行動はすべて弾圧する秘密警察への怒りは、
それを影で支えてきたアメリカに向けられることになる。
1979年11月、腐敗政権で失脚し、アメリカに亡命したパーレビの身柄とイランに引き渡せと、
狂信的なシーア派の神学生たちがテヘランのアメリカ大使館に乱入し、
大使館員など53人を人質にするという事件が起きた。
人質はすべて解放されたが、この事件を機に、アメリカとイランは完全な断交状態に入った。

それゆえアメリカ政府は、ホメイニを指導者とするイランを「アメリカの脅威」とみなし、
1980年、隣国イラクがイランに侵攻すると、
アメリカは敵(イラン)の敵であるイラクに大規模な武器援助を開始。
現国防長官のラムズフェルドは、イラクの首都バグダットで、
サダム・フセイン大統領と固い握手を交わしたのである。

・リビア
イランのホメイニ政権を賞賛したのはリビアのカダフィ大佐である。
1959年、リビアで次々と巨大油田が発見されると、
米英両国の石油企業は国王を懐柔し、採掘から流通、販売に至る、すべての石油事業の実権を握ることに成功。
石油産出で儲けた富を、国王は特権階級で独占したため、
国民の間に王制打倒と反米・反英を叫ぶ空気が広まった。
1969年、カダフィは無血クーデターを成功させ、王制を廃止し、軍事政権を樹立。
リビア国内の米英両軍のすべての基地をリビアに返還させ、
さらには米英の石油企業が握る権益を国有化したのである。
根強い反米・反英思想を持つリビアは、反米テロ活動の資金援助を行った。
それに危機感を抱いたアメリカは1983年、
「国家に支援されたテロ行為は、明らかに戦争の一形態として理解されるべきであり、
政治的外交的手段のみならず、多様かつ柔軟な軍事的手段による対応も欠かせない」との海軍からの提言を受け、
1984年、レーガン政権は「テロへの対応に軍事力行使を認める」との方針を発表した。
1986年、アメリカ兵のたまり場として知られる西ベルリンでのディスコでの爆弾テロ事件を契機に、
その黒幕はリビアのカダフィであると断定したアメリカは、
リビアに大規模な空爆を行い、民間人100人以上が死亡したが、
最大の標的であったカダフィを殺すことはできず、また、
ソ連や東欧諸国のみならず、フランスやドイツなどアメリカの友好国からも、
アメリカの行為は「国際法を脱した暴挙」として厳しい非難を浴びる結果になった。
「圧倒的な軍事力でテロ勢力の根源を粉砕する」レーガン政権のもくろみは完全な失敗に終わった。

・イラク戦争
湾岸戦争を含め、イラクは過去に一度もアメリカに対して先制攻撃を行ったことはない。
また湾岸戦争の敗北と国連査察により、イラクの軍事力は低下させられていた。
だが、アメリカ政府は、出所不明の録音テープや不鮮明な衛星写真など、
わずかな証拠をもとに、「イラクは大量破壊兵器の研究開発を進めている」とし、
フランスやドイツなど同盟国の反対を押し切り、イラク戦争に踏み切った。

911テロ発生後、アメリカの報復攻撃を「アルカイダ」に絞るべきか、テロ支援国家に広げるべきか。
ラムズフェルドが「アルカイダ」だけでなく「イラク」も攻撃したらとそそのかした。
新保守主義派(ネオコン)と呼ばれる勢力は1998年の時点で「フセイン政権打倒」を重要案件に。

2002年、悪の枢軸国演説。
イラン、イラク、北朝鮮の3国。
「対テロリスト戦争においては、従来の抑止力という概念は通用せず、
敵の脅威が現実のものとなる前に、これを排除しなければならない」という演説
このアメリカの国家安全保障戦略のブッシュ・ドクトリンは、
ネオコンのウォルフォウィッツが1992年に父ブッシュに提言した政策提言書とほぼ同じ内容。
パウエル長官はイラク戦争開戦前に「軍事的には間違いなく勝利するが、戦後処理は極めて困難なものになる」と警告したが、
ネオコン派に押されてブッシュは開戦を決意する。

2002年10月、イラク政府は国連に
「イラクにはもはや大量破壊兵器の備蓄も、それを開発する能力も残っていない」と申告書を提出。
イラクへの武力行使に反対するフランス、ロシア、ドイツなどは、査察の継続を前提とした議論に。
しかしイラク戦争を急ぐブッシュは、偽造証拠をでっちあげ、
「ゲームは終わった。イラクは、武装解除への最後の機会を自ら放棄した」と述べ、開戦に踏み切った。
ブッシュの「ゲームが終わった」とは、イラクとのゲームが終わったというより、
国連でイラクへの武力行使に対する他国の賛成が得られないことがわかったから、
国連でこの問題を話し合うことは無駄だという意味での「ゲームが終わった」という意味だったんだろうな。

・アメリカのビンラディン支援
1979年イスラム国家アフガニスタンへ軍事侵攻を行ったソ連軍に対し、
イスラム武装グループはゲリラ闘争を行っていた。
サウジアラビアで建設業を営む実家から送られてくる豊富な資金援助を武器に、
ソ連軍と戦う「ムジャヒディン」の訓練施設や後方支援し悦の建設を行っていた、
ビンラディンに対し、アメリカは敵(ソ連)の敵であるビンラディンに、莫大な資金援助と武器援助を提供していた。

1989年、ソ連のアフガニスタンからの撤退、1990年、湾岸戦争の発生に伴い、
友好関係にあったアメリカとビンラディンは敵対関係へと変わる。
ビンラディンがアメリカを敵視する契機は、
アメリカ石油企業との関係が深いサウジアラビア王室が、サウジ国内でのアメリカ軍基地開設を許可したことだった。
イスラムの聖地であるメッカとメディナを擁するサウジ内に、異教徒であるアメリカの軍隊を駐留されるという、
サウジ国王の決定は、ビンラディンをはじめ、イスラム教徒にとっては信じがたい出来事だった。

ビンラディンは王室を非難する声明を発表。
1994年、サウジ国籍を剥奪され、スーダンに亡命したラディンは、
サウジのアメリカ軍の撤退を要求する一方、
かつてアフガニスタンで仲間であった兵を再編して、反米テロ組織を組織した。
それが「アルカイダ」である。

・アメリカがなぜ狙われるか
アメリカ政府およびアメリカ石油企業と癒着した親米政権が私腹を肥やし、
それに対する不満が国民に巻き起こり、一部の過激派が、デモや暴動、テロへと発展する。
これがテロの土壌なのだ。
1987年、国連は、イスラム過激派勢力を中心とする国際的なテロ事件の政治的背景を理解した上で、
その解決法を提案した。
「テロリズムの背景にある政治的・経済的要因をきちんと研究した上で、
(不法行為としての)「テロリズム」を定義し、その予防法を考える一方、
(不法な抑圧に対する抵抗運動の一環としての)民族解放闘争と区別するための国際会議を開催しよう」と提言したが、
賛成153国に対し、反対2国=アメリカとイスラエルの、
強い抵抗によって、このような会議が行われることが阻まれている。

<総評>
アメリカが戦争する理由、
それは自国の発展のために資本主義ルールにのっとらない政権の破壊。
石油をわがものにして莫大な富を得る。
石油利権の強力なプッシュ。
そして冷戦崩壊後、存在意義を失った軍事産業をつぶさないための戦争の創出。
軍産複合体の強力な政権へのプレッシャー。

テレビドラマ「24シーズン2」はまさに石油利権のために、
証拠を偽造して中東諸国を戦争させるという、イラク戦争をモデルにした内容だった。

アメリカこそ死の商人。
これからますます戦争とテロがアメリカのせいで続発するだろう。