連載「クイックジャーナル/末井昭」11/17(火) 8:00配信
編集者として『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』など数多くの雑誌を創刊し、自伝的作品『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化されるなど、エッセイストとしても多くの著作を持つ末井昭。
「カラミ」を期待して出演した『聖テロリズム』

柄本明演じる「謎のホームレス老人」(『脳天パラダイス』より)
山本政志監督の映画に出たことがある。もう40年も前のことだ。 出た理由は、恥ずかしい話だけど、「女の子とカラミがあるけど、出ないですか?」みたいなことを山本監督から言われたからだ。カラミとは、業界用語でセックスまたは擬似セックスのことを表す。 撮影場所は、下北沢の駅前劇場を一昼夜借り切っていた。季節はちょうど今ごろ(11月ごろ)だったと思う。午後8時ごろ近くの喫茶店で、ちょっとドキドキしながらひとりで出番を待っていた。1時間ほど待たされて山本監督が来たので、「いよいよカラミかな?」と思ったら、「末井さん、申し訳ない。女の子が来なくなっちゃって。代わりに『オカマ』が来ます」というようなことを言われた。 それを聞いてガクッとした。「えっ? 『オカマ』と?」と思うと、自分の中のワクワク感のようなものがスーッとしぼんでしまった。けど「帰る!」とは言えなかった。それは山本監督が真剣だったからだ。この映画に協力しないといけないという気持ちにさせられてしまう。 「オカマ」が来るまで喫茶店で待っていた。2時間以上その喫茶店にいたと思う。しばらくして再び山本監督が入ってきた。「末井さん、『オカマ』も来れないって。末井さんひとりで悶えてもらえないかな」というようなことを言われた。「それは……」と思ったけど、「今度こそ帰ります!」とは言えなかった。 しぶしぶ山本監督のあとをついて駅前劇場に行った。そこにはスタッフや出演者が何人かいた。8ミリ映画なのに、こんなにスタッフがいるのかと思った。僕の出番になり、山本監督に言われたとおり、裸になって悶えた。寒かった(このとき風邪を引いて3カ月治らなかった)。 その映画は『聖テロリズム』という。なんだかわけがわからない人たちが次から次に出てくる(自分もそのひとりだが)、カオスのような映画だった。 ■山本監督の「現場力」が成立させた映画『脳天パラダイス』 『聖テロリズム』のことを思い出したのは、山本監督が5年ぶりに撮った映画『脳天パラダイス』を観たからだ。『聖テロリズム』のように、次から次へとわけのわからない人たちが出て来る。それに山本監督の妄想が加わって、グチャグチャなカオスのような映画になっている。こういう映画を撮れるのは、おそらく山本監督しかいないのではないだろうか。 それは、山本監督の「現場力」がなせるわざにほかならない。「現場力」とは、撮影現場でものすごいパワーを出し、まわりを巻き込み、時には予想さえしなかった映像を撮ってしまうことだ。揉め事が起こったとしても、適当なことを言って丸めてしまう(想像ですが)。その片鱗を、僕は40年前に見ている。 では、その『脳天パラダイス』とはどんな映画なのか。これがなかなか説明しづらい。ストーリーを説明してもなんにもならないと思うのだが、映画紹介の決まりに従って、まずはストーリーを簡単に紹介する。 東京郊外の高台にある、タイル張りのものすごくデカイ豪邸で、父親の笹谷修次(いとうせいこう)、引きこもりの息子ゆうた(田本清嵐)、不甲斐ない父親にイラついている(家を手放すことになったのも父親の借金からだ)娘あかね(小川未祐)の3人が、引っ越しの準備をしている。ふてくされたあかねは、ツイッターに「今日、パーティをしましょう。誰でも来てください」と地図をつけてツイートし、そのまま眠ってしまう。そのツイートは瞬く間に拡散し、訳のわからない連中が次々と豪邸に集まって来る。 まず、恋人を作って家を出て行った元妻の昭子(南果歩)が来る。次に、パーティに紛れて結婚式をするつもりでやって来たインド人のゲイカップルが来る。仕事で来た引っ越し業者の若者も、仕事をほっぽり出してパーティに加わる。あかねの叔母さん、あかねの友達、自転車で日本一周している男(泥棒)、台湾から来た親子、酔っ払いのOL、恋人を探しているイラン人、謎のホームレス老人(柄本明)……どんどんヘンな人が増えてくる。そんな連中を追い返そうとする笹谷修次だが、もうどうにも止まらない。 豪邸は次第にお祭りカオス状態になっていく。屋台が出て、盆踊りが始まる。ジャンキーが大量のハッパを持って現れる。ヤクザが来て賭場を開帳する。セックスが始まり、お祖父ちゃんお祖母ちゃんがあの世から出て来る……もうハチャメチャの大狂乱。観ていてついつい大笑いしてしまった。
この映画の撮影期間は2019年8~9月で、構想からクランクアップまで5カ月という早さだったそうだ。ということは、コロナ禍に入る前に撮ったことになるのだが、コロナ禍による閉塞感を予感して、それを吹き飛ばすような映画にしよう、ということで作った映画のようにも思える。
撮影場所は、青梅市の高台にある大邸宅だ。よくこんなところがあったなと思うほどの大邸宅だけど、キッチュ感もそこそこあるのがおもしろい。
まわりは住宅街なので、近隣の住民に配慮して撮影は終電ギリギリまでとしたそうだ。
あかね役の小川未祐は、中学時代からプロダンサーとして活動していて、彼女を中心としたダンスシーンが素晴らしい。
近隣の住民に配慮してはいたが、ついつい盛り上がってしまい、このシーン撮影中に警察が駆けつけたそうだ(映画の中にも同じようなシーンがあっておかしい)。
山本監督のイメージがふくらみすぎて、それに連れて製作費もふくらみすぎた。気がついたら宣伝費や公開の費用などがなくなり、クラウドファンディングを実施した(300万円集まった)。
その中で山本監督はこう書いている。
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「脳天パラダイス」は、社会問題に鋭く切り込み深く考察する映画ではなく、感動の涙でヒューマンの鐘を鳴り響かせる映画でもない。しかし、観終えると、心のどこかに、明るいエネルギーが生まれたり、過剰な楽観性が芽をだしたり、正体不明の多幸感が降り注いだりする、様々な“脳天現象”が派生することは、東大物理学実験室の結果で判明している。(嘘)
山本政志監督5年ぶりの新作!『脳天パラダイス』の公開応援プロジェクト!(MOTION GALLERY)(https://motion-gallery.net/projects/NOUTEN-PARADISE)より
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意味なんか考えないで、ただ笑って観ていられる『脳天パラダイス』。
コロナうつなんか吹っ飛んでしまうかもしれない。
2020年11月20日から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ他で全国ロードショー。観たら、キマる!
文=末井 昭