そもそも、あの日俺は出張に行く予定じゃなかった。
姉さんの命日に合わせ、俺は有給休暇を申請していた。
ところが、出張に行くはずだった部下の身内に突然不幸が出来てしまい、他のメンバーも業務多忙で都合がつかず、代わりに行けるのがチームリーダーの俺だけだった。
それは別に構わない。
姉さんには申し訳ないけど、仕事だから仕方ない。
でも、出張先である取引会社で、担当者と一緒に現れた男。
嘘だろう……
顔見知りだったわけじゃない。
姉さんと一緒にいる所を何度か見かけ、そうちの1回、たまたまバッタリ2人に出会し、そこで紹介されただけ。
あれからかなり経っている。
現に、相手は俺のことなんかこれっぽっちも覚えていなくて
「はじめまして。経営企画部の松岡です」
にこやかに名刺を差し出した。
左手に光る指輪。
高級スーツを身につけ、髪を後ろに撫でつけた姿は、俺が初めて会った時のチャラくて軽薄そうな男とはまるで別人で
だから、余計腹が立った。
これが仕事じゃなかったら
ここが取引先じゃなかったら
もしかしたら、俺は目の前の男を殴っていたかもしれない。
でも、これは仕事だから
ここは新規の取引先だから
クソ……
俺は平然とした顔で、淡々と話しを進めるしかなかった。
つづく