「同大と英オクスフォード大のヨット定期戦が9日、大津市唐崎沖の琵琶湖で行われた。(写真)今年で30年目を迎える伝統のレースで、日英の学生セーラーが交流を深めた。…………」という記事が京都新聞に乗りました。この定期戦はみどり会タイムズにも2回(Vol.32、Vol.194)紹介していますが、30年経過すると、世間でも「伝統の一戦」と呼ばれるようになるのだな、と一瞬感慨に耽りました。勿論われわれ同志社ヨット部OB会鯨会も30年のアニバーサリーパーティには充分な準備をしてきました。一番の目玉はこのイベントを仕掛けたとも言える人達を、すべて招待できたことです。
まず当時オ大のヨット部の学生だったジャン・フィリップ・スネリング(通称JP)と彼の母ミシェル・スネリング。彼の父クリストファー・スネリング(英国会計士でオ大・ヨット部OB)と仕事で親交のあった京都の中野淑夫公認会計士(同志社会計人会の初代会長でもあります)、と現在は税理士法人堂島会計事務所の代表社員、山口能孝さんの3人です。
この物語はこの3人から始まります。父クリストファーについてしばしば京都を訪れていたJPはオ大のヨット部学生と日本の大学ヨット部との交流を計る、という構想をもっていたようです。中野先生の紹介でたまたまクルーザーで琵琶湖周航中、山口さんと乗り合わせ自分の考えを披露しました。山口さんは中学生のころ、OPクラスヨットのチャピオンで前年まで同大ヨット部に在籍していました。同大ヨット部は当時全日本学生選手権4連覇中で、交流するなら同大しかないと話したようです。それで鯨会に接触してきました。
私は当時ヨット部OB会鯨会の運営副委員長をしていましたので、当時委員長だった稲本先輩、山口OB会長とともに、検討を始めましたがまるで雲をつかむような話。オ大やオ大ヨット部からの正式な要請ではありません。JPの熱意は充分感じ取れるのですが、言えば一学生の希望にすぎません。トラブルがあったとき責任の所在は。渡航費用はどうするの。一過性のものでは意味がない。等々問題は山積していますが、どれも解決の糸口はありませんでした。結論はまず一度、同志社からオックスフォードへ行かせて、レースをやってみよう、話はそれからという大胆なものでした。
1、2年の準備期間を経て平成元年、OB会長山口さんを団長にOB数名、選手は8名、長男の哲也がキャプテンをしているときでした。
JPの父親のクリストファー・スネリングさんは仕事での来日もあったのでしょうが、何回も我々と接触を図ってくれました。たまたま同い年で同業ということもあって、親しくなり数年後私が渡英したときは、自宅でディナーをご馳走になりました。後日TKCの税理士数名でテームズ川沿いの彼の事務所を見学し、英国の税務や会計の実情に触れられたのも貴重な経験でした。しかし激務のせいか60代で亡くなって、今回参加できなかったことは誠に残念でした。
さて「同志社オックスフォード定期戦30周年記念パーティ」「DOSHISYA・OXFORD・EXCANGE・THIRTIETH・ANNIVERSARY」は、4人の男性、5人の女性のオ大セーラー、先述のJPと3人の招待者、6人の同志社大学関係者、5人のスポーツユニオン関係者、監督以下6人のスタッフ、34名の現役と45名のOB計109名で始まりました。まず今年4月から新任の空閑部長先生の挨拶、次に同志社大学を代表して、副学長のグレゴリー・プール先生が挨拶されましたが、プール先生はオックスフォード大出身と聞いて,なにかうれしくなりました。
乾杯のあとのディナー、各テーブルに1、2人いるオ大生との歓談が始まります。私の席にはロウェーナとクレアの2人の女子学生、それぞれ数学と哲学、政治と経済を専攻している22と21歳の才媛でした。隣のロウェーナが早速ニコニコと語りかけて来ます。各テーブルとも話が弾んでいるのをみて歴史の積み重ねの力を感じました。最初の頃は公式の通訳がいない限り言葉の壁でシーンとしたものでした。10年くらい前からでしょうか、帰国子女が増えたせいもあって、なんとなく賑やかにそこかしこで会話の声が聞こえていました。今年は静かなテーブルをほとんど見かけませんでした。
そのうちオ大のメンバーのスピーチが始まりました。オ大のメンバーは一人ずつ同志社のメンバー宅にホームステイをしています。そのパートナーが横について、通訳を始めました。今の学生の語学力について感心していると、なんとスマホの翻訳機能を使っていました。彼らの親密度合も以前とは格段にあがっているのでしょう。彼らのこれからの私的な交流が将来の日英関係にいい影響が出来るのではと空想しています。
こんな出会いを作ってくれたJPをはじめとするOXFORDの関係者、勇気ある見切り発車をしていただいた元山口会長、その後のバトンをしっかり引き継いでいてくれる、後輩の鯨会のメンバーに感謝したいと思います。余談ですが当時学生だったJPも英国会計士となって日英の橋渡しをしていますし、前述の山口君も同業者、不思議な縁を感じます。クリストファーの導きでしょうか。