30年ほど昔、私は京都北ライオンズクラブに5年ほど在籍していたことがあります。クラブメンバーの一人が山田恵諦座主の息子さんだったご縁で、何回かご講演をお聞きしました。
ご存知の方も多いとは思いますが、山田恵諦座主は昨年で27回に及ぶ比叡山宗教サミット(世界宗教者平和の祈りの集い)を始められ、その行動力から「空飛ぶお座主」とも呼ばれた方です。いつのご講演も温顔あふるる心暖まるお話だったことを思い出します。
そのうちの一回、演題が「一隅を照らす。」だったと思うのですが冒頭「今日はお願いがあります。」から始まりました。その日も90歳を超えたご高齢にも関わらず、前日か前々日にニューヨークのユニセフの会議からもどられてのご講演でした。
「今日はお願いがあります。一つは今日の演題の突然の変更をお許しください。そして私の話をお聞きになったあと、世界の子供たちのためにこのクラブの力で、学校を開いてください。」
「ユニセフで世界の子供たちの現状をいろいろお聞きしてきました。世界の発展途上国の子供たちは、女の子は売春予備軍、男の子は犯罪予備軍または兵士の予備軍として、決して恵まれた環境にいる訳ではありません。先進国と発展途上国の人口比は3:7(当時)、そしてその比率はどんどん広がりつつあります。そしてこの子供たちはほとんど教育をまともに受けられてはおりません。」
「近い将来、いまより遥かに人口比の差が広がった、しかも識字率が圧倒的に低い発展途上国の人々が力で食料をよこせと先進国の人々に迫ってきたとき、どんな話し合いが出来るのでしょうか。少なくとも力と力の対決を避けるためには、本が読める、話し合いが出来る教育が必要なのです。
アフリカやアジアの一つの村で学校を作り維持運営するのに、年間100万円あれば出来ます。世界中のライオンズクラブ、ロータリークラブやその他の奉仕団体が、一つのクラブで一つの村に一つの学校をつくり、運営費を負担していただければ、事態は大きく変化します。そして事は急を要します。貧困はどんどん進み、話し合いの出来ない人々の数は加速度的に増えています。どうかご協力をお願いします。」とご講演は終わりました。
当時、京都北ライオンズクラブは創立30周年を目前に控え、記念アクティビティ(奉仕活動)のテーマを募集していました。またその費用に充てるため2年間にわたり積立もしていました。未だバブルの余韻の冷めやらぬころ、総予算はたしか2~3千万円もあったと記憶しています。新参会員の私は蛮勇を奮って「発展途上国の一村に学校を」というテーマを提出しました。
果は議されたかどうかもわからないまま、没になりました。勿論、一過性のお金を出せば終わりという話ではありません。どこの国に、どの村に、先生はどうするの。責任もあります、危険も伴うかも知れません。日本の窓口はあるの、クラブ員への説得はどうするの。やりかけたら半永久的に続けないと意味はありません。当時のクラブの会長、幹事など役員の方々が一指も動かさなかったのは、私も十分理解できますし、私も「ちょっとええかっこしすぎたかな。」でそのときは終わりました。
1月7日の仏週刊誌「シャルリ・エブド」の銃撃事件を受けて、パリで100万人のデモ行進が行われました。オランド仏大統領、メルケル独首相、キャメロン英首相、レンツィ伊首相、ラホイ・スペイン首相などが腕を組んでデモ行進し、イスラエルのメタニヤフ首相、パレスチナのアッバス議長ら約50ヶ国・地域の首脳・閣僚が参加し「反テロで結束」と伝えられています。
ノーベル平和賞を受けたマララ・ユスフザイさんは「なぜ戦車をつくることは簡単で、学校を建てることは難しいのか。」と講演しています。テロはどんな理由があろうと許すことは出来ません。しかし力と力の対決で今この世界が直面している事態が解決出来るとはとても思えないのです。
1986年10月に、ローマ法皇ヨハネ・パウロⅡ世の提唱により、世界の宗教指導者がイタリアの聖地アッシジに集い、それぞれの宗教儀礼で世界平和を希求する祈りを捧げました。
山田恵諦座主は「アッシジの精神」を引き継ぐために「比叡山宗教サミット(世界宗教者平和の祈りの集い)」を毎年開催してきました。世界の平和を希求する山田恵諦座主がユニセフからの帰国直後に、世界の子供たちの危機的状況を直視し「世界平和のための実際の行動のお願い」をまず最初に、ご子息の所属するクラブでされたのです。
残念ながら私もクラブも立ち上がることは出来ませんでしたが、山田恵諦座主のこの講演は、30年後の現在の世界を予見しての「お願い。」だったのかも知れません。
今すぐ行動を起こさないと、取り返しのつかない世界が出現する、ということが見えておられたのでしょうか。
私が、私たち日本人が今、出来ることは何なのか、難しいテーマです。