いそがば廻れ | 行雲流水 ~所長の雑感~

行雲流水 ~所長の雑感~

松田進税理士事務所 所長の松田が日々思うことを思うままに綴った雑記帳

 「いそがば廻れといふことは、物ごとにあるべき遠慮なり。宗長がよめる、武士(もののふ)のやばせの船は早くとも、いそがば廻れ瀬田の長橋」(醒睡笑(せいすいしょう))これは京都・誓願寺の住職、安楽庵策伝が、江戸初期に9年の歳月を費やして書いた有名な説話集に収められている。宗長とは、室町後期に活躍した連歌師、柴長軒宗長のことだから、「急がば回れ」は4百年以上も前から言い伝えられていることになる。


―――京都新聞・トマトマガジン9月号・「急がば回れ」は琵琶湖で生まれた!?より。



 その昔、東海道五十三次を草津宿から大津宿へは瀬田の唐橋を渡る陸路と、矢橋から膳所への船路があったことは、近江八景「矢橋の帰帆」などでご存じの方も多いと思いますし、「いそがば廻れ」は、何となく唐橋廻りが語源と聞いたような気もしますが、こんな由緒正しい?話が残っているとは知りませんでした。


 そこで勝って知ったる琵琶湖のことですから実地検証してみましょう。当時の矢橋と膳所の港がどこに有ったかは判然としませんが、矢橋町は現在の人口島、大津市の下水処理場と琵琶湖博物館のある「矢橋帰帆島」の東にあります。膳所は現在の近江大橋の西端に膳所城あとの膳所公園が有りますのでこの両者を直線で結ぶと2.5キロになります。一方矢橋町から湖岸道路を南下し瀬田の唐橋をわたり膳所まで北上すると10キロあります。徒歩で約2・5時間、休憩や足弱を考えると3時間から4時間はかかったのでしょう。問題は船路の2.5キロ、現在の20ノット(時速36K)のモーターボートなら4分余、10ノットのビアンカで10分足らず、ヨットでは風速5メートルの追い風で20分、逆風になると60分ぐらいでしょうか。


 当時の帆掛け船の性能は定かでは有りませんが、風速5メートルの追い風ならヨットとほとんど変わらないまさに快適な船旅、無風でも櫓を使うとほぼ歩くのと一緒、時速4キロとして40分弱、琵琶湖の景色を楽しみながら弁当を開け、酒の一杯も傾けようかという風景でしょうか。しかし逆風なら5メートルはおろか3メートルでも多分欠航したことと思います。帆掛け船の風に間切る(風上航)性能はほとんど無いに等しいですから。


 琵琶湖の風は大別すると琵琶湖大橋をこえて吹いてくる快適な北東風と、我々ヨット乗りが「三井寺」と通称する大津の背面の山から吹き下ろすこの湖域特有の強い南東風、天候悪化の兆しである東風があります。春先に吹く有名な比良八荒(比良颪)は西風です。 矢橋→膳所航路で一番快適に思える斜め後ろからの北東風は地形の関係かこの水域まで到達することなく消えてしまうことが多いことを考えると、追い風の快適な帆走はごくまれ、ほとんどは無風時の櫓櫂による航行だったのかも知れません。


 そう言えば「矢橋の帰帆」は言葉にしても絵にしても膳所→矢橋航路を指しています。東海道五十三次の最後の宿、大津を目前に快適な船旅を楽しめるチャンスはごくわずか。無理をすると遭難、良くても天候待ちで陸路より時間がかかった。残念ながらこんな気象条件からまさに「急がば回れ」と言う格言が出来たのかなとも思います。京への上がりを目前にして焦りは禁物。急ぐときほど確実な方法でという教訓です。
 

 ところで話しは全然変わりますが、この格言が現在まで効きすぎているせいなのでしょうか、滋賀県民あるいは滋賀県の行政は琵琶湖は交通の障害物の認識が強く、この有効利用にはほとんど無関心のように見えます。琵琶湖は縦に60キロ、横は一番広いところで20キロ、船運を使えば距離は一挙に縮まるのにと、いつも思います。縦はJRの琵琶湖線、湖西線、道路は名神、湖西道路が出来ていますが、横は琵琶湖大橋と今日の話しの航路に近江大橋が出来ましたが、草津から雄琴、高島から彦根となるとまったく今でも大回りを強いられています。ときどき湖上タクシーなどの記事が出たりしますがすぐ消えてしまいます。環境の問題や港がそれぞれの漁協の専有物化しているなど問題は山積なのでしょうが。


 琵琶湖に「うみのこ」という学習船が出来てもう何年になるでしょうか。滋賀県の小学校5年生全員に(文字どうり例外なく全員ですよ)一泊二日の体験航海を経験させています。琵琶湖で「うみのこ」を見るたび、さすが湖国滋賀県、素晴らしいことをしていると思っていました。日本一の湖の広さを体感し、わが故郷の景色を湖上から眺め、夜は満天の星、銀河を満喫する。多感な小学生それぞれに何かの感動を引き起こす。京都の子供たちのみならず全国の子供にそんな機会が与えられないものかな、と思っていました。


 ところが、ところが今私は怒り心頭に発しています。前川、小島と滋賀県出身の若者が相次いで事務所に入所してきましたので、私は期待して「うみのこ」体験を聞いたところ、二人ともきょとんとしています。一泊二日の間、船室から一歩も出ず学習させられていたそうです。なんと移動式強制隔離教室としてしか使っていないのです。デッキへ出た事もないそうです。県教委や先生方の事なかれ主義が、折角の教材(船)と教育チャンスを握りつぶしているのです。
 

 「急がば回れ」が本来の教訓から離れ、まさか「水上は危険、出来るだけ近づくな」にすり替わっているとは思いませんが、一つのエッセイからとんでも無いところにまで心が飛びました。