初めての沖縄旅行 | 行雲流水 ~所長の雑感~

行雲流水 ~所長の雑感~

松田進税理士事務所 所長の松田が日々思うことを思うままに綴った雑記帳

 当年とって72歳にして初めての沖縄旅行、シュノーケリングで珊瑚や熱帯魚、青空に白い雲、紺青の海でセーリング、と大いに期待していたのですが……。近畿税理士会・下京支部の毎年恒例の慰安旅行です。出発1週間前、10月16日(金)にフィリピン東方に台風20号発生、やきもきしながら台風情報を見ていたのですが、出発の23日(金)になってもフィリピンのすぐ近くにへばりついています。私でさえ気になっていたのに、支部長、厚生部長、JTBなどの方々の気苦労は大変だったでしょう。とにもかくにも、薄曇りの中、関空から那覇空港に到着しました。

 

天候を気にしながら旅程表にあった「沖縄のサンゴを救え」プロジェクトに参加するため、「かりゆしビーチ」へ。真っ黒に日焼けした3人の美(ちゅ)ら娘が操るグラスボートに乗って初めての沖縄の海へ乗り出しました。底のガラス越しに、色とりどりの見慣れない魚たちが泳いでいます。ブダイ、ヤマブキベラ、ロクセンスズメダイ、ヒメアイゴ、トゲチョウチョウウオ、ハマフエフキなどだそうです。


 期待したサンゴは見るも無惨に白化していました。聞けば昔は、「かりゆしビーチ」もサンゴに囲まれた美しい海だったのですが、1998年のエルニーニョ現象のあと、その数は減り今は面影も無いそうです。それで、昔のようにサンゴに囲まれた美しい海の再生のために「かりゆしビーチサンゴの森再生プロジェクト」の「さんご植え付け教室」に参加してきました。3センチ大の木片に針金で結わえられたサンゴを、20センチ大の板切れにボルト止めする作業でした。後に漁師さんに岩に固定してもらうそうです。修学旅行の学生、生徒が続々と参加していましたが、これでサンゴが復活するのでしょうか。


 第2日目、午前中の自由時間、昨夜フロントで確認したアクティビティの数々、パラセーリング、ダイビング、クルーザー、カタマランヨットなど盛りだくさんでした。カタマランにでも乗るかとビーチに出ましたが、いよいよ台風が動き出したのか海面はただならぬ様子、雨も降り出しそうな気配に諦めて部屋に戻りました。ビーチリゾート、ホテル・ブセナテラスのツインルームは、1人で使うのは勿体ない様な広さと、広々と開けたビーチビューを持っています。機内で読みかけた「浅田次郎」を開けました。ゆったりとしたホテルの部屋での読書は、またゴージャスな雰囲気でした。


 午後、雨のなかを「美ら海水族館」へ。迂闊なことですが、この原稿を書くために現地でもらったパンフを開くと、「美ら海水族館」は、沖縄海洋博の跡地に出来た海洋博公園の施設の1つでした。他にトロピカルセンター、沖縄郷土村、海洋文化館、サンセットプラザ、イルカのオキちゃん劇場などがありました。「美ら海水族館」は悠々と泳ぐ3尾のジンベイザメをはじめ、水槽一杯に泳ぐ魚群に次々とデジカメのシャッターを切ったのですが、魚の動きが早すぎてついに傑作をものすることは出来ませんでした。


 さて、沖縄の食事、昼食は2日ともホテルのバイキング。沖縄、中華、和風、ベトナム、タイ料理など、いろんな国の料理がミックスされて出てくるのに興味があって、美味しくいただきました。ブセナテラスの夕食はビーチ沿いでのバーベキュー。シーフードとお肉のオンパレード、生ビールと泡盛で満足でした。見えるはずの満天の星、ひょっとすると南十字星もと思っていたのは大はずれ、外は雨と風で大変でした。那覇市内での夕食は「首里天楼別邸」で琉球の王朝料理とでも言うのでしょうか、琉球舞踊を観賞しながらの豪華な料理でした。

 それにしても、今、台風20号の進路図をインターネットで見てみると、23日までフィリピン近海で西向きに停滞、24日に進路を北に向け25日に沖縄南方、26日に九州の南、27日には一気に東北地方の東に達しています。まさに綱渡りの様な旅行でした。24日中に、帰りの便を25日夕刻から早朝に変更した決断は、どなたがされたのか、また30人余りの人数を一気に変更できたのも、今から思うとお見事でした。いつもながら幹事役は大変です。ご苦労さま、ありがとうございました。見られなかった首里城と星空、紺青の海のセーリングを夢見て、今一度、沖縄へ行って見ようと思います。


 一つ賢くなりました。泡盛は沖縄産の芋か麦焼酎だと思っていたのですが、実は昔も今もシャム(タイ)米が原料だそうです。シャム、ルソン、明、薩摩など古来から自由に貿易を手広くしていたことが伺えます。沖縄は海洋王国だなあと、改めて知りました。