大歩危小歩危・親不知子不知 | 行雲流水 ~所長の雑感~

行雲流水 ~所長の雑感~

松田進税理士事務所 所長の松田が日々思うことを思うままに綴った雑記帳

 読み取りテストの問題のようですが、両方とも読めて意味の分かる方は何%ぐらいでしょうか。多分、若者は全滅、年齢が上がるに従って成績が良くなるのでは。それぞれオオボケコボケ・オヤシラズコシラズと読みます。双方とも古代からの街道の難所。大歩危小歩危は、四国山地のど真ん中、吉野川がつくる急峻なV字谷、大股で歩いては危ない、小股で歩いても危ないというネーミングだそうです。一方、親不知子不知は、越中と越後の間、海岸沿いの断崖絶壁にしがみついて渡る、親子でもとても面倒は見られない、ふと振り返ればいたはずの親(子)がいないのが命名の由来とか。この2つはセットで、かなり幼い頃(小学生以前)に、その言葉のリズム感と、黒インキの絵とともに私の頭にインプットされていたように思います。

 “「大歩危小歩危・秘境!祖谷渓の一軒宿 ホテル祖谷温泉一泊」京都新聞旅行センター”と、初秋のある日、京都新聞の旅行広告が出ました。何故か即座に反応して、10月14日朝8時50分、京都駅観光バス駐車場を出発する観光バスの車中にいました。メンバーは、8組の夫婦連れ(内2組は、プラスどちらかの母親と)、3組の女性グループ(内1組は3人)、男8人女17人の総勢25人。平均年齢は確実に後期高齢者、ある種の日本の現状を小さい世界で目の当たりにしているようです。昼食は、淡路島を渡った鳴門公園、食堂の玄関へ横付けしたバスから降りただけでずぶぬれの豪雨、今夜の宿は山間地の崖の中腹のホテル、一瞬、台風12号の十津川の被害が頭をかすめました。

 さて、ホテル祖谷温泉、今でも結構難路の国道32号線、吉野川沿いの大歩危小歩危を経て左折し、祖谷川沿いに剣山を目指すまさに難路に入り込みます。平家落人伝説が点在する祖谷渓谷は深い深いV字谷、上をみれば狭い両岸の頂きに厚い雲が、下を見れば100メートルから200メートル下に細い急流が覗き見えます。最後の村を見て30分、秘境の一軒家、祖谷温泉到着です。フロント脇の銘板に次のような案内がありました。


☆祖谷温泉        標高413m

北緯33度5分

東経133度49分

☆ケーブルカーについて  全長9.15m 幅1.60m

高さ2.14m 定員17名

             上下駅間の距離250m 

上下駅間の標高差170m

             レールの勾配 約42度 

運転所用時間 約5分


 これが当ホテルの目玉、源泉かけ流し自然温度常時37度、谷底の露天風呂への唯一の交通手段です。

 

 ケーブルの最前列の目前に 上下の2つのボタンがあります。ドアの開け閉めも含めて全て乗客の自主運転で山中の急斜面をゆるゆると下ってゆきます。猿や熊が入っていても決して不思議では無いような葦簀ばりの野趣あふれる露天風呂、30分以上ゆっくりと浸かっていました。この季節、長湯には丁度良い温度でしたが、真冬のあの風呂はちょっと厳しいでしょうね。

 夕食、これが良かったですねえ。今時どんな山奥、どんな鄙びたところへ行っても必ず出てくるのは、マグロの造りと牛肉。ここは、造りは、祖谷コンニャク、柚子湯葉豆腐、ちいたけ、魚は、子鮎甘露煮とあめ(ま)ご焼き、天ぷらは、蓮根、松茸、栗、柿、祖谷じゃがをアンデスの岩塩で、その他地元の食材をあったかく調理されていました。

 朝の露天風呂は、昨夜見えなかった深山のたたずまいと、昨夜の雨で水量を増し、轟々と流れる迫力ある流れが一層興を増します。鳴門公園でふと覚えた不安をケーブル番のおじさんに伝えると、実は台風15号でこの露天風呂は湯船を残して全部流されたのだそうです。山菜がメーンの朝食をすませ、いよいよ帰路へ。途中、葛だけでつくられた昔ながらの吊り橋「かずら橋」でスリルを味わった後、徳島自動車道、高松自動車道、瀬戸中央自動車道、山陽道を経て一路京都へ。初めての見知らぬ人とのバス団体旅行は結構お勧めです。


 昼食で与島のフィッシャーマンズ・ワーフに立ち寄りました。橋の完成時、橋上まで駐車場でした、というガイドさんの説明と裏腹に閑散としていました。バブル時に一発当て込んでやった一過性の事業の答えをみるようでした。


 一方、祖谷温泉、露天風呂付き特別室7室、一般客室14室、収容人員50人から60人、予約でほとんど一杯だそうです。特徴ある心のこもったサービスを丁寧に末永く、これからの商売のヒントのようです。