4月から居酒屋鶏ヤロー行徳店を(株)リーバンス代表取締役川合くんに業務委託する事になりました。

教育関係のお仕事をしております。
株式会社リーバンス

これからも鶏ヤロー行徳店を宜しくお願い致します!!!

彼とこうやって仕事が出来て本当に嬉しいです!光栄です。今日は彼の話を書きます。

僕が川合くんと出会ったのは6年前位かな?
僕が29歳で彼が21歳位の頃。

本八幡駅で人生初めての居酒屋をオープンした時の事でした。




これも載せとこ笑

僕がサーモンが好きだからと言う理由から、居酒屋それゆけ!鮭ヤローと言う、箸にも棒にもかからない業態をやりました。

学生の頃、養老乃瀧で2週間くらいバイトしただけで、右も左もわからない自分。

2階のバーの居抜き18坪家賃27万、月商は150万前後で全く話にならず加えて原価も45%位、

ノーゲスの店内に、ぼーぜんと立ちすくむ日々、やる事と言ったら、看板の電気のスイッチを店内からパチパチとつけたり・消したりしてました。自分でも何をしていたのだろうか?

2人位しか居ないスタッフ内、一人が
「和田さんに会わせたい人がいる」と言って紹介してくれて川合くんと出会いました。

このお店すげぇ、、

可愛いなぁ笑

当時、川合くんは早稲田に通いながら、自分で塾を運営している青年社長。

ターゲット客層はどこなのか?とか

客単価やプライスゾーンの話。

何のために居酒屋をやるのか?と言ったコンセプトや理念の話をしてました。
してたって言うか、指導を受けました笑

その中でも覚えているのが、
「和田さんは、いつも迷路をスタートからやってる。リーダーは、この迷路をゴールからやってスタートで待っている仲間をゴールに連れていかなきゃ」

「ゴールはどこですか?そこに向かうための手段を決めましょう」

そんな話を良くしてくれました。
21歳のクセに笑

新店舗、間に合うかなぁ、、

せめて常連さんには錫のタンブラーでハイボール出したい、、

一番衝撃的だったのが

「和田さん。僕が代表やるので職位を譲って頂けませんか?僕がやったら上手く行くと思います。」と言われました笑

川合、良く言ったよなぁ、、って言うのと、
良く言われたよなぁ和田、って言う冷静と情熱の間を一人で感じました。

当時、彼は僕の事を、そしてお店の事を無給で手伝ってくれました。本当に感謝です。
感謝でしかない、、。


羽染さん、僕も同感です!

大好きなだいさん。「ハイボールマン」を商標登録申請中。一緒に面白い事できないかなぁ。

一緒に考えてたくれました。、

客単価を2000円まで下げる事。
学生をターゲットにする事。
プライスは299円・399円・500円に全部する事を決めました。飲み放題は30分299円、宴会コースは1999円。

これが現・鶏ヤローの形成になりました。

その時、リクルートで働いてた、しょうたも居たのですが、彼にもめちゃくちゃお世話になっております。次回、しょうたの話も書きたいです。彼も神様です。本当にありがとう。



サブライムの花光社長とツーショット。
スゴすぎる、、、


本八幡駅の居酒屋以心伝心で話したのを今でも覚えてます。この場面が無かったら鶏ヤローは出来ませんでした。

僕も今こうやって、ブログ書いて無かったと思います。本当に本当にありがとう。


上手く行ってくれぃ!!

ひろとと首藤くん最高!まだ26歳。すげぇ!


これでダメなら撤退しよう。亀有も失敗し、本八幡も撤退したら、柏の一軒だけになる。

そしたら、僕はどっかで会社員として、働きながら柏店を運営したら良いや、。
そんな風に思ってました。

これも120円、、

釜飯120円

しかし、業態を変えてからすぐに、面白いくらい予約の電話やフリーのお客様、そして常連さんが増えました。

グラスで溢れかえったソウルドテーブルや、1日の終わりの時のパンパンになったゴミ箱を見ていると嬉しくて嬉しくて泣きそうになりました。

汚れる事すらなかったトイレも、ゲロまみれになってくれたり、満席で酔って楽しそうなお客様を見ていると、これが本当の居酒屋なんだ、とか、
酔っぱらうって本当に楽しい事なんだ、と思い、

お店の壁に「今夜も一人でも多くの酔っぱらいを増やす」と書きました。

出会いがまた新しい出会いを作ってる。


その時、僕の居酒屋のコンセプトが出来ました。

そんな状況を見ると川合くんはすんなり辞めてしまいましたが(そもそも入社してないですが)、

今回、鶏ヤローの業務委託と言った形で、また一緒に仕事が出来て本当に嬉しいです!

「教育×居酒屋」なんてコラボも出来たらなぁ、なんて思っております。

川合くん!本当にありがとう!!
これからも宜しくね!

おしまい