2月からムラが弊社の取締役として就任致しましたので少しムラの話を書きます!出来るだけ短く、。
ムラと僕が出会ったのは千葉県流山のロードサイドにあった鳴尾と言う焼肉屋に僕が就職した時でした。僕が21歳でムラが16とか17歳とかの頃でした。130席くらいの大型店で今は平城苑になってます。
僕が副店長として入社して、ムラが高校生のアルバイトで働いて居ました。スタッフさんは25人位居るお店で、彼は大人しくモクモクと仕事をする印象でした。
ムラくんが19歳位の時、店舗のシフトを作るのを任せる様になったのですが、顔に出さないムラが、ワクワクしながシフト作成してたので、あの頃から算数は好きだったのだと思います笑。
因みに、ムラは優しいから店舗内で付き合っている男女はラストは必ず一緒にして上げてました。
僕もガツガツと仕事をするタイプでしたが、
21歳でデキ婚をした僕は、サイフにも心にも余裕が無くスタッフさんにも優しく接してあげる事が出来ないでいました。サイフは関係ないか。
なんで、会社員時代は全くと言って良い程スタッフさんと飲みに行ったり、カラオケやボーリングに行ったりと出来なかったです。
同級生は大学3年生でしたから、めちゃくちゃ羨ましかったです。EXILEとスポッチャが流行っていたのですがリアルに分からなかったです。余談ですが当時、アルバイトスタッフさんだった同級生に「和田副店長ってデキ婚で子供居るんスか?人生終わりっスね!」って言われて、めちゃくちゃ悔しくて当時の社長に相談した時がありました笑。
社長さんは即答で「お前なぁ、お前みたいな奴沢山おんねん。だからこそやないか。だからこそ、お前が成功したら、お前みたいな奴らの夢になるやないか」と言ってくれました。「でも~」「~だし」は「だからこそ」に変換して考える事を教わった瞬間でした。
そんな僕の話は置いといて、、
そんな僕に当時、特にムラと大地としんたろうは仲良くしてくれて、閉店後に月一回やる水産物愛好会と言う飲み会(焼肉屋で働いてると魚が恋しくなる)と言う裏切り行為とも取れる会を社内で作り笑、せいせと日本酒を倒れるまで飲み、しっかりノミニケーションが取れました。ノミニケーションちょっと古いか、。まぁいいや。
この買い出しとかも全部ムラが用意してくれたから本当に昔から優しかったです。12月31日にムラくんが年越し蕎麦を作りに来てくれた時もありました。だから毎年31日は自然と「年末にバイトかよ、、」みたいなネガティブな雰囲気にならず、みんなで楽しく年明け!みたいな事が出来ました。因みに、これは毎年やってくれていて、31日はシフト希望が多過ぎてシフトにみんな入れなくなりました笑。
みんなのネガティブな雰囲気を察知する力が高く、それをポジティブな出来事に変換する力があるのだと思います。神だと思います。
先日も東陽町で飲む機会があったのですが、みんなが大変だろうと東陽町まで車で来てくれてました。因みに、その後みんなを乗せて渋滞にハマり「こんなはずじゃなかった」みたいな感じで一人で悔しがりながら運転してくれてました。ムラくんの昔書いた理念にも「感情は伝染する」ってあるから本当にみんなの気持ちを救って上げる事ができる人なんだと思います。
本当に優しいです。書いてたら会いたくなってきたな笑。
んで。仕事力もシフト貢献度も高いのが自然とこの3人になり僕みたいなリーダーでも店舗の雰囲気も良くなって行きました。
本当に強いお店が出来ていたと思います。
冬のある時期、僕はいつも一人深夜3時位に車に乗って帰るのですが、その日は車のフロントガラスが凍ってません。あまり気にせず、過ごしていると今日は凍っていて、外に出してあるオシボリとかで凍ったフロントガラスをゴシゴシ削る訳です。凍ってる日と凍って無い日がある、、そう想い過ごしていると、だんだん分かってくるんですね。あっ、、きっとムラくんだなと。。
ムラくんがラストの日はキッチンでお湯を溜めて僕の車のフロントガラスにお湯をかけて帰ってたんです。これを彼は何も言わずにずっと続けていました。彼は当時20歳くらいだったと思います。因みに、これは自然と知れ渡り「ラストの業務として最後は和田さんの車にお湯をかけて帰る」みたいな締め作業マニュアルが一つ増えてました笑
ムラくんの気付き、優しさに惚れ込みました。
25歳で店長になった僕。副店長に絶対にムラくんを誘いたかったのでムラくんに話しました。
何て言って誘ったか覚えてませんが一緒にエスフーズの船橋本社に面談に行ったのを覚えてます。緊張して脇汗がハンパなかった事だけ覚えてます。帰り道に脇汗ハンパなくね?って話た記憶しかありません笑
それから店長と副店長との関係が始まるのですが、PDは僕がやる、CAをムラがやるみたいな仕事サイクルが上手く行きます。このサイクルのスピードを僕達は大切にしました。一緒に毎日肉を切りながら、やる事リストを書き出して改善したらチェックして行く。日替わりの勢いでメニューも改善して行きます。地域に根付いた農家さんからの野菜や、地域のケーキ屋さんとコラボしてバースデーケーキなんかも提供したり、地域を愛したお店はスコアも徐々に上がって行きました。毎日が本当に楽しかったです!書いてたら泣けてきた。
27歳で僕は退職したのですがムラくんとは、飲食業界の中でもクリエイティブな仕事がしたい。いつまでも作業はしたくない。いつも志事がしたい。そんな想いから、いつかまた一緒に仕事がしたいね、なんて話してました。僕が辞める日にオーパスをプレゼントしてくれました。当時22歳のムラ。高かったと思います。
因みに、このオーパスはまだ当社の事務所に保管されています。次の店舗が成功したらみんなで開けよう。
鳴尾が平城苑になってしまったタイミングでムラくんから連絡がありました。またこうして志事が出来て3年目、彼が取締役に就任した事を誇りに思います。
まずは改めて自分が変わります。僕だけの会社じゃない。僕だけのお金じゃない。これからはムラとのお金です。みんなのお金、時間を預かってます。みんなの夢をこれからも一緒に形にして行きます!
そんな感じです!





