自分で作ったソロジャーナル
「とある魔導士の研修日記」です。
ビエントの4日目です。
主人公:ビエント(17)
4日目。朝。
ビエントはいつもより少し早く目を覚ました。
「……今日は早いな」
昨日はみんなと遅くまで話していたから、まだ眠い。
それでも、なぜか二度寝する気にならなかった。
窓を開ける。
夏の朝の空気が入ってくる。
ふと、昨日の先生の言葉を思い出した。
「一度、相手に合わせるのをやめてください」
あれからずっと、少し考えていた。
自分は人と一緒にいるのが好きだ。
誰かが困っていたら助けたい。
みんなが楽しそうなら嬉しい。
でも――
「僕自身は、何がしたいんだろう?」
そう呟いてみる。
答えは出ない。
「……まあ、いいか」
今日は朝の時間が少しある。
ビエントは寮を出て、学校の裏手にある小さな遊歩道を歩くことにした。
しばらく歩いていると、
「……あれ?」
前方に誰かいる。
カイだった。
僕とペアを組もうとしなかった男子。
一人でベンチに座っている。
ビエントは声をかけようとして――やめた。
(……一人でいたいのかもしれない)
そのまま通り過ぎようとした。
すると、
「ビエント」
カイのほうから呼んだ。
「あ、おはよう」
「おはよう」
少し沈黙。
ビエントはベンチの端を指差した。
「座っていいの?」
「うん」
二人で並んで座る。
しばらく、何も話さなかった。
しばらくして、カイがぽつりと言った。
「……昨日、楽しそうだったな」
「え?」
「庭園で」
「ああ!」
ビエントは笑った。
「楽しかったよ」
「君は、誰とでもすぐ仲良くなるんだな」
「そうかな?」
「そうだよ」
ビエントは少し考える。
「……僕、人と話すの好きだから」
「うん」
「でも、カイは?」
「僕?」
「人と話すの、嫌い?」
カイはしばらく黙っていた。
「……嫌いじゃない」
「そっか」
それだけで、ビエントはなんとなく嬉しくなった。
そのとき、遊歩道の向こうから一匹の学校犬が走ってきた。
「わっ」
犬はビエントのところまで来ると、尻尾を振った。
「お前、どこから来たの?」
頭を撫でる。
犬は嬉しそうにビエントの手を舐めた。
カイが言う。
「その犬、よくここにいる」
「へえ」
「人懐っこいけど、誰にでも寄っていくわけじゃない」
「そうなんだ」
ビエントが犬を見る。
「じゃあ、僕、気に入られたのかな?」
カイが少し笑った。
「たぶん」
その瞬間。
犬がビエントの鞄をくわえた。
「えっ、ちょっと!」
犬が走る。
「待って!」
ビエントとカイが追いかける。
犬は遊歩道の先で立ち止まり、鞄を落とした。
「……なんだよ、もう」
ビエントが笑いながら拾う。
すると、鞄の中から小さなものが転がり落ちた。
昨日もらった木製チャームだ。
「あ」
カイが拾ってくれた。
「これ、君の?」
「うん。友達にもらった」
「大事なんだな」
「うん」
ビエントはチャームを受け取った。
そのとき、カイが言った。
「……いいと思う」
「何が?」
「そういうの」
それだけ言って、立ち上がった。
「朝食、行く?」
「うん!」
二人で寮の食堂へ向かった。
いつものような大勢の朝食ではない。
でも、ビエントは少し嬉しかった。
一人の人と、静かに過ごす時間も悪くない。
そして、朝食の席で。
カイが、
「これ、やる」
と小さな魔法石を差し出した。
「え?」
「昨日の実技で拾った。僕には必要ないから」
「いいの?」
「うん」
ビエントは受け取った。
……と思ったら、魔法石を手にした瞬間、ほんのり光った。
「……これ、魔力を蓄える石じゃない?」
「たぶん」
「すごい!」
ビエントの目が輝く。
「ありがとう、カイ!」
「……別に」
カイは顔を背けた。
でも、耳が少し赤くなっていた。
4日目。昼。
午後の実習は、屋外の訓練場だった。
今日は少し難しい課題で、二人一組になって魔力を合わせ、中央の魔法陣を起動させる。
「じゃあ、組んでください」
先生の声がすると、あちこちで名前を呼び合う声がした。
ビエントも誰と組もうかと周囲を見回す。
そのとき――
「……ビエント」
声をかけてきたのは、カイだった。
「ん?」
「その……今日、組まないか」
ビエントはぱっと笑った。
「もちろん!」
カイは少しだけ目をそらした。
「……そういうところなんだよな」
「え? 何が?」
「いや。なんでもない」
二人で魔法陣の前に立つ。
ところが、課題は思った以上に難しかった。
魔力を流す順番を間違えると、魔法陣が消えてしまう。
二人の呼吸が合わないと、魔力が反発する。
一度目は失敗。
二度目も失敗。
ビエントが頭をかいた。
「うーん……。カイって、魔力を出す前に一回考えるタイプだよね」
「……そうだけど」
「じゃあ、俺が先に出すから、カイは好きなタイミングで重ねてみて」
「それでいいのか?」
「うん。たぶん、そのほうがやりやすい」
三度目。
ビエントが魔力を流す。
少し遅れて、カイの魔力が重なった。
今度は反発しない。
二つの魔力がきれいに絡み合い、魔法陣がまばゆく光った。
「……できた」
カイが呟く。
「できたね!」
ビエントは嬉しそうに笑う。
その瞬間、魔法陣の中心から、小さな太陽のような光球がふわっと浮かび上がった。
訓練場にいた何人かが振り返る。
「おお……!」
先生も近づいてきた。
「二人とも、よくできました。特に今の魔力の重なり方は面白いですね」
ビエントは嬉しくなって、カイの肩をぽんと叩く。
「カイ、すごかったじゃん!」
「……ビエントが合わせてくれたからだろ」
「でも、最後に魔力を重ねたのはカイだよ」
「……そうか」
カイはほんの少し笑った。
そして言いにくそうに、
「あのさ、また今度ペアに……」
とカイがうつむき加減に言うと、
「もちろんだよ!」
ビエントの太陽みたいな笑顔。
カイはそれを見て、今度ははっきり笑った。
授業の最後に、ビエントのところへ先生がやってきた。
「ビエント。少し頼みたいことがあるんですが」
「はい?」
先生は一枚の紙を差し出した。
「明日の実習についてです。少し、あなたに関わってもらいたいことがあって」
ビエントは紙を受け取った。
その内容を見て――
「……えっ?」
思わず目を丸くした。
どうやら明日は、今までとは少し違う役割を任されることになりそうだった。
4日目。夜。
研修を終えたビエントは、宿舎へ戻る途中で、小さな露店を見つけた。
「……あ」
店先に並んでいたのは、色とりどりの魔法道具だった。
特に目を引いたのは、魔法の芳香剤。
『一日一回、気持ちに合わせて匂いが変わる』
そんな札がついている。
「……変わるんだ。気になるなあ」
ビエントはしばらく眺めた。
値段を見る。
「……うーん」
研修生の財布には、少し痛い金額だった。
本当に必要なものではない。
そう思って立ち去ろうとした、そのとき。
「お兄さん、今日だけ半額にするよ」
「えっ」
店主が笑った。
「さっき、最後の一個になったからね」
ビエントはもう一度、芳香剤の瓶を見る。
「……じゃあ」
結局、買ってしまった。
宿舎に戻ると、さっそく少し蓋を開けてみた。
ほんのり香るラベンダーの匂い。ビエントは苦笑した。
「……別に、なくても困らなかったな」
そのとき、昼間カイからもらった魔法石が目に入った。
紙袋から取り出して、机の上に置く。
「これは……嬉しかったな」
ビエントは、二つを見比べた。
どちらにせよ、意外なものが手に入った。
「……まあ、いいか。大事にしよう」
その夜、ビエントは少しだけ贅沢な気分で、部屋の香りを嗅いだ。
・・・続きます。