登場人物名は、アルファベット表記です。
(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)
E(村長&小学校教諭) 栄一 エデンK(理容師・Eの妻) 加恵 カーラR(EとKの息子) 陸 ライアン(ジュニア)D(大工→建築士) 大吾 デイビッドJ(キックボクサー→インストラクター) 純 ジャックA(Eのボス・故人) 悪久太 アーク◎(Rの同級生) 介人 カイト◆(Rの同級生) 大司 ダイン
今回のお話は、
「番外編③」の続きですが、読まなくても通じますよ。
では、どうぞ。↓
見えないカラー
1
息子のRは、中学校で友人が多く出来はじめ、休日は
「今日は、◆のうちでみんなで勉強会するんだ。
夕方には帰って来るね」
などと出かけることが多くなりました。
妻のKは「いってらっしゃい」と快く送り出したあと、
食卓でお茶を飲む夫のEに言いました。
「良かったわよね。Rにいっぱい友だちが出来て」
「そうだな」と返事したEの様子に、
「どうしたの?」とKは顔を覗き込みました。
先日の、Rと同級生◎のもめ事。
予想していたより、Eの出る幕はありませんでした。
「Rがどんどん手を離れていく気がしてさ」
「寂しいの?」
Eはカップの縁を指でなぞりながら、小さく息を吐きました。
「うーん。いや、正直、嬉しいよ」
「そっか。良かった。じゃあ、私お店に出るわね」
Kが理容室へ移動したあと、Eは椅子から立ち上がり、
使った食器を洗いました。
(寂しい?嬉しい?・・・どれもしっくりこない。
強いて言うなら、ーー空白。)
皿洗いを済ませたEはタオルで手を拭きます。
(Rのこともそうだが、それ以前から、
時々、何か同じような感覚になる。何だろうか・・・)
Eは外の空気を吸いに、玄関を出ました。
村長として習慣になっている村の散歩兼パトロールも、
どこかしら手持無沙汰です。
鳥が鳴き、朝の木漏れ日がやさしく感じられます。
(穏やかだ。特に目立つことはなさそうだな)
久しぶりにEは、昔よく使っていた森の中に入りました。
そこは、ちょっとした空間になっており、
Eが若い頃、ボスAの下で必死に働いていた時に
誰にも邪魔されない秘密の仮眠場所として利用していました。
Eは、なじみのある樹の下に座り、考えます。
(あの頃は、何もかもが夢中だった。
しかし、今はどうだろう。
村長になっても多少は忙しい時期もあったが、
最近では、ほとんどノータッチだ。
仕事が自分の手からどんどん離れていく。
それでいて、村の運営はどんどん良くなっている。
オレの意味はいったい・・・)
Eは目をつぶり、心の中の空白を感じました。
(これは、あれだ。
ボスが亡くなったあとにも感じたな。
『虚無』の中にいる感じだ・・・。
ボスからの指令がなくなり、
村長の仕事も激減し、
Rもまた少しずつ手から離れていく・・・
目的意識が抜けてしまった状態なのだろうか)
Eは左右に強く頭を振りました。
(いかん。こんなに腑抜けた状態では、
村長として職務怠慢だ。
しかし、オレが何もせずとも仕事が回ってて・・・
くっ。この感覚をどうしたらいいんだ)
大きくため息をついて立ち上がると、
気分転換のために
マブダチDの家に行きました。
2
オフの日なので、Dは呑気に家でギターを弾いていました。
そこへ現れたのは、神妙な顔のEです。
D「お、E。・・・まあ、座れよ。コーヒー作るから」
コーヒーフィルターにお湯を注ぐと、
香ばしい香りがDの家中に広がりました。
Dはマグカップ2つをテーブルに置くと、
目の前のEに身を乗り出しました。
D「また煮詰まってんだな。聞くぞ」
E「・・・。いつも、すまないな。
君にしか話せないから」
D「わかってる。他言無用だよな。なんだ?」
E「・・・実は最近、昔ほど村長らしいことを
何もしていないんだ・・・」
D「ん?うん」
E「全てに目を配らなくても、勝手に整っていくんだ。
・・・手を放すほど、物事がうまく回る。
それはいいことなんだが・・・
自分の立場が見えなくなってきたんだ」
D「ぶっちゃけ、やめたいってこと?」
E「必要なら、このまま続ける。
ただ、この状態が、妙に落ち着かなくてな・・・。
手放しと役目の狭間で、宙ぶらりんなんだ」
D「ふうん。・・・それ、Kちゃんに相談した?」
E「Kには何も話していない。
こんな話、重すぎるだろう?」
D「そっか。うーん。
最終的に決めるのはお前だけど、
オレもちょっと言いたい事あるぞ」
E「なんだい?」
Dは、気の利いた比喩を思いついたので、言いました。
D「”患者がいなかったら、
病院はなくなってもいいのか?”ーーってさ」
E「それは・・・いざという時にないと困るが、
赤字経営なら、規模の縮小か廃業の可能性もあるな」
頬杖をついていたDの腕が、ずるっと滑りました。
D「・・・え?そう思うんだ?
えーっと、じゃあ、”噴水の中の彫像”はどうだ?
無くても困らない。
でもな、あるだけで格が上がるだろ?」
E「格調としてなら、意味はあるな。
でも、それとこれとは話が別だろう?
・・・ああ、お飾りの村長ってことか」
D「ちょ、違うって。
今の百輪村のカラーがお前なんだよ。
・・・それで十分なんじゃねえ?」
E「カラー?社風みたいなものか?」
D「あ、そうそれ」
E「・・・そうか・・・うーん・・・
社風の働き・・・空気感・・・
D、オレの社風ってなんだ?」
「あーもー、そういうところ!」
Dは嬉しそうに、Eの肩をバンバン叩きました。
E「痛たた。な、何をするんだ」
D「押しつけねえのがいいんだよ。
だからみんな居やすいんじゃねえかな」
E「・・・なるほど」
D「でもさ、もっと遊び心を増やしてもいいと思うぞ。
景気づけにJでも呼ぶか?」
Dは、草切村のJに電話をします。
D「おー、J。ヒマか?」
J「絶賛フリータイム中だよー。なあにー?」
D「今、Eもいるんだが、何かやらないか?」
J「わー、やるやる。そうだ!こっちの村においでよ。
近所に、いいテニスコートが出来たんだよ」
Dは振り向いて、Eを誘いました。
「Jがテニスやろうってさ。行くか?」
Eは、ちょっと眉をひそめましたが、立ち上がりました。
「・・・なら、着替えてくる」
3
ジャージ姿のDとEとJは、
軽く準備運動した後、テニス場で借りたラケットを持ち、
出来上がったばかりのテニスコートに入ります。
「じゃあ、オレ、審判な」
球技が得意ではないDはいそいそと審判席に上りました。
Eは無言でラケットを振り、感触を確かめます。
元キックボクサーでチャンプだったJは楽しそうに、
「Eの剃刀、サビてない?動ける?」
とラケットをEに向けました。
「ご期待に添えるといいけどな」Eは軽く微笑みます。
Dは(これは、夢の対決だな・・・)とワクワクしました。
じゃんけんをして、まずJからのサーブ。
一打目から力強く、Eのコートに打ち込まれます。
Eは動かず、その球を見送りました。
D「フィフティーン、ラーブ」
J「あっれぇー?ごめんねー。早すぎた?あはは」
E「現役時代のスピードが見たいんだがな」
J「あそ。じゃ、ギア上げますかー」
Jの二打目がEのコートに入った時、
Eは鋭く打ち返し、Jの逆を突きました。
D「フィフティーン、オール」
E「1速しかないんだな」
J「おほー、オレの5速行っちゃいます~ぅ?」
そこからは、ふたりの怒涛の試合が始まりました。
熾烈なデュースが続くうち、陽が西に移動します。
EとJは汗ぐっしょりで、ゼイゼイと肩で息をしています。
審判席から下りたDが腰を伸ばしながら言いました。
D「あのさー、もうやめないか?
オレの尻が先に引退しそうなんだが」
J「えー?いいとこなのにーぃ」
E「まだ終わってない」
D「わかった。もうカウントしねえから、
気の済むまでやってくれ」
Dは首筋と尻を撫でながら、また座り直しました。
その後も、力強いラリーの音がコートに響き続けました。
やがて、Dは審判席で居眠りを始めてしまいました。
そこへ友だちと帰ろうとしていたRが
たまたまテニスコートの横を通りかかり、
「あ、父さんとJさんだ」と気づきました。
Rの友人たちは、騒然とします。
「え?Rのお父さん?」
「Jってあのボクサーの」
「球早すぎて怖っ」
「ウインブルドン?」
R「いやいや、ただの市営コートでしょ」
Rにはただの日常に見えました。
ただ、少しだけ決着が気になりつつも、
仲間たちの背中を押してその場を去りました。
結局、テニス場の営業終了の時間が来たために、
試合はドローで終わりました。
EとJがコートに倒れ込む中、『蛍の光』が静かに流れ、
Dが遠くから「帰るぞー」と声をかけました。
翌朝、EとDとJは、
それぞれの家で湿布だらけの姿でした。
Jは笑顔。「楽しかった~。またやりた~い」
Dはうつ伏せ。「尻が・・・目が・・・首が・・・」
一方、Eは妻Kの作った朝食にも手をつけず、
腕を組んで考え込んでいました。
そして、横に座る息子Rに言いました。
E「R、今度『人生ゲーム』を貸してくれないか」
(「見えないカラー」終)
