小説です。「百輪村物語」の番外編です。

            

 

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登場人物名は、アルファベット表記です。

(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)

 

 
【今回の登場人物たち】
R(EとKの息子)    陸 ライアン(ジュニア)
E(村長&小学校教諭)  栄一  エデン
K(理容師・Eの妻)   加恵  カーラ
 
D(建築士・Eの友人)  大吾  デイビッド
 
◎(Rの同級生)     介人   カイト

 

では、どうぞ。↓

 

見えない比較

 

 

 

  

 

Rは教室で配られた紙を見つめたままで、

鉛筆が止まってしまいました。

 

(どうしよう・・・ぜんぜん書けない・・・)

 

教卓の担任の先生が言います。

「進路票は書けた人から持ってくるように。

 締め切りは来週です」

 

コチダ国の公立中学の門を出るときに、

同級生で大柄な◎がRに声をかけてきました。

 

「おい、ジュニア。進路票、書いたのかよ」

 

Rは◎とは相性が悪く、なるべく話したくありません。

ちらりと◎を見た後、すぐに家の方に歩き出しました。

 

「まだ」

 

◎はRを追いかけてしつこく言います。

 

「百輪村の村長になるんだろ?いいよな。お坊ちゃんは」

「わからないよ」

「それとも親と同じで教師やんの?」

「まだ、決めてないってば」

 

Rは前を向いたまま、顔をしかめます。

が、◎は気にしていないようでした。

 

「ジュニアって、”次期村長”の意味だって聞いたぞ。

 生まれついてのサラブレッドじゃんか」

「ジュニアは、ただのあだ名だよ」

「ま、お前が村長じゃ、村はすぐにダメになるかもな」

「なんで」

「勉強も運動も平均だし。おとなし過ぎるしさ。

 生まれる家、間違えたんじゃないの?」

「・・・」

 

Rは足を一旦止めましたが、またすぐ歩きます。

◎は今度は猫なで声を出してきました。

 

「なあ、村長やるなら、オレにやらせてくれよ~」

「冗談。そんなの、村の人が許さないよ」

「お前の推薦ってことにしてさ。

 百輪村って、すごい資金があるらしいじゃん」

「お金が欲しいだけってこと?」

「察しがいいなあ。ちょっと貸せよ。

 お前、今いくら持ってる?」

「・・・」

 

Rの歩く足が速くなります。◎はRの肩をつかみます。

 

「鞄見せろよ。財布あるんだろ?」

「ちょっ、やめてよ」

 

しばらくもみ合った後、◎はRの顔を殴り、

ひっくり返った隙にRの鞄を開けました。

 

「ちぇ、財布ないのか。明日、持って来いよ」

「やだ」

「別にお前の親父にチクったっていいぜ。

 お前の親父、痩せてて弱そうだもんな。

 まとめて、ボコってやってもいいぜ」

「父さんは関係ない」

「じゃ、黙ってろ。明日必ず持ってこいよ。いいな」

 

◎は鼻歌で去っていきました。

 

Rは体についた砂埃を叩いて、ゆっくり鞄を拾うと、

うつむいたまま、百輪村に帰りました。

 

 

 

 

 

 

  2

 

百輪村に入ると、村民の一人がRの頬の傷に気づきました。

 

「おお、おかえり、ジュニア。ん?ほっぺ、赤いよ?」

「あ、ちょっと転んで」

「体大切にしろな。未来の村長さん」

 

Rの胸がぎゅっと縮みました。

「僕、村長って決まってるんですか?!」

「え?何を怒ってるんだい?」

「・・・」

Rは黙って走り出し、理容室に飛び込みました。

 

客の頭髪をカットしていた母親のKがRの顔を見て、

「おかえり。顔、どうかしたの?」と尋ねましたが、

Rは「別に」と言って、奥の部屋に入ってしまいました。

 

 

夕食の時間になりました。

父親のEも勤め先の百輪小学校から帰宅しており、

家族三人でテーブルを囲みます。

 

EはRの顔を見るなり「右フックか」とほほ笑みます。

Rはムッとしました。

「笑い事じゃないよ」

「ああ、ごめん。誰にやられたんだ」

「言えない」

「どうして」

「父さんもやられちゃうかもしれないし」

「・・・くっ、そんなに強いやつなのか?」

 

Eは笑いをこらえているため、声が震えます。

Kも味噌汁を吹き出しそうになりましたが、黙っています。

 

「強いよ。大人みたいに体が大きいんだ。

 父さんのこと、痩せてて弱そうって言ってたし」

「ほお」

「お金持ってこいって言われた。どうしたらいい?」

「Rはどうしたいんだい?」

「やだよ。でも持ってかなかったら、また叩かれるかも」

「ふうん。じゃあ、ケンカ、教えようか?」

「え?父さんが?」

 

Rは、Eの意外な提案に驚きました。

 

とうとうKが口を出しました。

「E。乱暴なこと、Rに教えないで」

「ただの護身術だよ」

EはKにウインクしました。

 

夕食後に、EとRの父子はリビングの

テーブルとソファーを移動して広くしました。

 

「今日と同じ流れで右手が飛んで来たらな」

EがRの傷口の向きを確認しつつ、レクチャーします。

「左腕でこうして、右脚でこう」

「え?」

気がつくと、Rはケガ一つなく、

床に仰向けに倒れていました。

視界には天井が広がり、何が起こったのかわかりません。

「え?え?どういうこと?」

「もう一回ゆっくりやろうか」

Rに手を貸して立たせて、スローモーションで再現。

今度は、Eが実験台になって

RがEを倒すのを何度もやりました。

 

「やり方、わかった。

 ・・・でも、もしかしたら、違うやり方でくるかも」

「うん。そうだな。ケンカはランダムだしな。

 じゃあ、基礎の構えも覚えておくか?」

「ランダム?基礎?」

 

リビング横のキッチンで皿を洗うKが呆れて、

「E。ほどほどにして」と声掛けします。

「血が騒いじゃって」とEは苦笑いし、

Rはぽかんとしました。

 

「父さん、ケンカ強いの?」

「少しだけ。若い頃ちょっとな」

「じゃあさ、攻撃も教えてよ」

「いいよ。じゃあ、まず、オレを本気で殴れ、こぶしで」

「えっ」

「ほら、来い。そいつだと思って。全力で」

Eは左頬を少しRの方に傾けます。

 

「・・・できないよ」

「悔しかったんじゃないのか?いいから!」

 

Rは、◎に殴られたときの気持ちを思い出して、

グーにした右手でEの顔をパンチしました。

横に一旦流れたEが顔の位置を戻すと、

左頬が赤くなっています。

 

「ごめんなさい・・・僕・・・」

「いいんだ。オレがやれって言ったんだから。

 R、人を殴るって、嫌な気分だよな? 

 手も痛いだろう?」

「うん」

「だったら、それは覚えなくていいんだよ」

 

 

 

 

  3

 

翌日の放課後。

 

◎が、帰宅途中のRを追いかけて来ました。

「おい、ジュニア。約束のあれ。ほれ」

「・・・」

「無視するなよ。また殴られたいのか?」

「お金はないよ」

「貴様~」

◎の右腕が昨日と同じ軌跡を描こうとしました。

 

が、あっという間に◎は尻もちをついていました。

◎は、事態を飲み込めず、目を丸くしています。

 

Rは言いました。

「父さんに教えてもらったんだ。

 ・・・◎はさ、去年引っ越して来たんだよね。

 ご近所の大人の人に、『剃刀のE』の話を聞いてよ」

「は?なんだそれは」

「知らないよ。父さんがそう言えって」

「ふん。くそ、いってーえ。明日こそ持ってこいよ!」

◎は少し痛めた腰をさすりながら、去っていきました。

 

 

ところが夜になって、Rの家に、

◎が高価な菓子折りを持ってやってきました。

「殴ってごめん、R。もうしないから」

「え?・・・あ・・・うん」

「お前んとこの親父、Eで間違いないのか」
「そうだけど?」
「すげえんだな。じゃあな」

◎は手を振って帰っていきました。

 

Eは玄関に出ず、リビングで紅茶を飲んでいました。

戻ったRがEに「どういうこと?」と尋ねると、

Eは「ふっ、さあねえ」と軽く首をかしげました。

 

 

後日、RはEの友人のDの家を訪ねました。

「おお、R。久しぶりだな。どうした?」

「Dさん。あの・・・『剃刀のE』って知ってる?」

「ああ、お前の父さんのことだろ。昔のあだ名だな」

「父さんの話、聞かせて欲しいんだけど」

「え、これ、話していいのかなあ・・・」

Dは頭を掻きながら、Rを家に上げました。

 

Dから聞いた話は、

現在のEからは想像のつかないものでした。

 

「オレはEが村長になった頃にこの村に来たから、

 それ以前の話は、人づてに聞いたことだ。

 

 昔のEは、とにかくケンカばかりしていたらしいんだ。

 『剃刀のE』のあだ名で、近所に怖れられていたって。

 

 オレがそんな噂、全然知らなかった頃にな、

 村の子どもが誘拐される事件が起きてなあ。

 

 村長のEが推理でアジトを発見してさ、

 犯人たちを一発で気絶させていくのを

 オレはこの目ではっきり見たよ。

 手練れって、ああいうのを言うんだろうなあ」

 

「それって、本当に父さんのこと?嘘じゃない?」

「嘘ついてどうするんだ」

「え、ちょ、すごい・・・」

 

Rは◎が謝りに来た理由がわかってきました。

「じゃあ、ケンカがものすごく強かったから、

 村長になったってこと?」

Rは眉をひそめました。

(・・じゃあ、僕はできないよ・・・)

 

「Eはなあ、強いから村長に選ばれたんじゃないんだぞ」

「そうなの?じゃあ、なんで?」

「村の皆が、Eのこと、大好きだからだよ」

 

「人気なんだね。そっかあ。誰にでも優しいもんね」

Rは肩をすくめました。

(はぁ・・・僕、人気なんてないしな・・・)

 

「でもな、優しいだけじゃ、村長になれないよ」

「強くて、優しくて、・・・あ、頭がいいから?

 それと、みんなをひっぱる力があるから?」

「Eは、みんなをひっぱらない。そこがいいんだよ」

「???」

 

Rの頭と心の両方が混乱しました。

 

(父さんはすごい)(僕には無理)

その二つの言葉が、体中をぐるぐると駆け巡るのでした。

 

 

 

 

 

  4

 

日曜日。EがRを散歩に誘いました。

 

 

百輪村と草切村を隔てる川沿いを並んで歩きます。

 

「あれから、学校はどうだい?」

「うん、大丈夫になったよ」

「それにしては、元気がないようだけど?」

 

Rはすぐには返事をせず、足元の石を軽く蹴りました。

5月のさわやかな風が二人の間を通ります。

 

「父さん・・・僕、

 みんなが『ジュニア』って呼ぶの、嫌なんだ。」

「そうなのか?」

「だって、”次期村長”っていう意味なんでしょう?」

「うーん。

 そういう意味で呼ぶ人もいるかもしれない。

 あだ名のつもりの人もいるだろうな」

「でも、呼ばれるたびに、

 父さんと比べられてる気がする」

 

Eは横を歩くRの顔を見ました。

 

「Rは、どっちの意味で呼ばれているか、

 どうやって区別してるんだい?」

「え?そんなの、区別できないよ」

「そうか。じゃあ、オレとRを比べてるのは、

 みんなじゃなくて、Rの方なんじゃないか?」

「・・・僕・・・?」

 

Eは道端に自販機を見つけたので、Rに尋ねます。

 

「なんか飲むか?どれでもいいぞ」

「えっと、・・・ピーチ」

 

Eはピーチジュースと缶コーヒーを買い、

ひとつを渡しながら、言います。

 

「このジュースとコーヒー、どっちが優れてる?」

「優れてる?なんで?決められないよ」

「そうだな。オレとお前を比べるのも意味がないな」

 

Eは河川敷へと下る坂に座ります。Rも横に並びました。

 

「でも、父さん。

 僕、父さんみたいに強くないし、

 頭もよくないし、人気もないし、

 ・・・なんにもないし。

 ・・・だから・・・村長、無理・・・」

 

「村長になれないと気にしてたのか?

 なって欲しいなんて、思ってないから安心しろ。

 将来は、Rの好きな仕事をしたらいいよ」

 

「え?なんで?いいの?」

 

「いいよ。オレだって好きで村長になったんじゃない」

 

「ええっ?」

 

「頼まれたから、やってるだけだ。

 ふさわしい人が現れたら、すぐ席を譲る気でいる。

 オレは、この村が幸せなら、それでいいんだよ」

 

Eはおいしそうに缶コーヒーを飲みました。

RはEの言葉を心で反芻します。

 

(村が幸せなら、それでいい・・・?

 父さんって、変わってるなあ。

 でも、ひょっとして、

 こういうことを考えてる人だから、

 村長に推薦されたのかな・・・?)

 

 

 

  5

 

川に陽の光が当たって輝いてるのを見ながら、

Rはぼんやりとペットボトルを口にしました。

 

桃の味は薄く、頼りなく喉を通り過ぎてゆきます。

 

「ねえ父さん、学校が進路票をくれたんだけど、

 なりたい職業って、何も思いつかなくって・・・」

「進路か。迷うよな」

「うん。来年のこともわからないのにさ」

「そうだよな。明日だって分からないよな。

 なら適当に書いておけよ。変わったっていいんだから」

「テキトーでいいの?父さんも先生なのに」

 

Eは少し笑って言いました。
「”適当”っていうのは、投げやりって意味じゃない。
 だいたいこの辺かな、っていう感じのことだ」
 
「この辺もあの辺も、わかんないし」
 
「じゃあさ。具体的に”何になるか”じゃなくて、
 規則正しい生活が合うとか、マイペースが好きとか、
 たくさんの人と一緒にいるのがいいとか、
 それとも1人で作業するのが好きとか、
 そういうところからでもいいんだよ」
 
「ふうん?」

 

EはRの顔を見て、少しだけ声をやわらげました。

 

「Rの人生なんだから、好きに決めて生きていい。

 ただ、期待を背負うのだけは、やめたほうがいい。

 疲れるから」

 

疲れる、という言葉に、Rはハッと思い出しました。

まだ自分が幼かった時に、病院のベッドにいたEの姿を。

 

「・・・ねえ昔、父さんが入院したのって、それでなの?」

 

「ああ。知らないうちに走り過ぎたんだ。

 『剃刀のE』だからこうすべきだ、

 『村長』だからこうすべきだ、に縛られた。

 誰かに言われたからじゃない。自分で縛ったんだ」

 

「父さん、スーパーマンじゃないんだね」

 

「ちょっとそう思ってて、ずっこけたのかもな」

 

「ぷっ。あははっ」

 

笑うと、Rの心が少し軽くなりました。

 

「じゃあ僕も、

 『ジュニア』に縛られないようにしてみる」

 

「うん。それがいい。じゃあ、そろそろ帰るか。

 Kの特製カレーが出来上がってる頃だ」

 

「オッケー」

 

Rはちょっと急いでピーチジュースを飲み干します。

すっきりとした後味が、やわらかく広がりました。

 

二人は空き容器をゴミ箱に捨てると、仲良く村へ帰りました。

 

 

週が明けて、

職員室の担任の先生に進路票を持って行ったR。

 

「R君は・・・××高校希望なんだね。

 将来の希望職は、

 ・・・えっと、”マイペースな仕事”?」

「はい。まだ、具体的には出てこないんです」

「そうかあ。ずいぶんざっくりしてるね。

 ああ、そういえば君のお父さんは村長さんなんだよね?

 家では、後を継ぐ話は出てないの?」

「父は僕の好きにしていいそうです」

 

先生は、眉をひそめました。

「好きに、ねえ・・・。

 いや、責めてるわけじゃないんだよ?

 ただ、村長っていう立場の人だと、

 ”普通は”継いでもらいたいって言うのかなと思ってね」

「僕もそう思ってたんですけど、違いました」

「あ、そう。じゃ、進路票、預かるね」

「はい。失礼します」

 

職員室を出たRは、

(僕、”普通”にも縛られてたのかな?)

と苦笑しながら、窓の外に目を転じました。

 

そこには、百輪村の山が遠くに見えました。

 

その山を見ているうちに、胸の奥が
少しだけ軽くなった気がしました。
 
 
 
(「見えない比較」終)