登場人物名は、アルファベット表記です。
(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)
【百輪村の人】【草切村の人】E(村長&小学校教諭) 栄一 エデンK(理容師・Eの妻) 加恵 カーラR(EとKの息子) 陸 ライアン(ジュニア)D(大工→建築士) 大吾 デイビッドC(牧場主→村の守護霊) 千太郎 クリスJ(キックボクサー → インストラクター) 純 ジャック
では、どうぞ。↓
見えない安息(E編)
1
今日の百輪村は、穏やかに晴れました。
以前から計画していた、
村長E一家のピクニックの日です。
EのマブダチのDとJも呼ばれました。
場所は百輪村の丘の上、かつて牧場があった跡地。
その一角にはCの邸がありましたが、
およそ15年前の火事で焼け、
今は広々とした草原が残るばかりです。
爽やかな風が静かに吹きわたり、
少し伸びた草がいっせいに柔らかく
さわさわと音をたてています。
大きな樹の下にレジャーシートを広げ、
EとKが用意したランチを
ワイワイ言いながら食べました。
Dは、持参したギターを手にします。
「え?D、ギター弾けるのかい?」
Eが驚くと、Dは苦笑いします。
「共同倉庫で中古のこいつを見つけたんだよ。
習ったことなんてないから、
ただ勝手に音を拾ってるんだ。曲も自己流だよ」
そう言って、Dは思いつくまま自作の曲を弾き始めました。
「え・・・なんか・・・このメロディー・・・、
すごく懐かしい・・・」
Kが少し涙ぐみます。
Jも首を傾げました。
「確かに、どこかで聞いたような・・・?
気のせいかな。でもすごくいい曲だね」
「そうか。即興のつもりなんだけど、
最初から頭の中に入ってる気もするんだよな。
こんな風に弾きたいな、って感じでさ」
Dはしんみりしながら指を動かします。
Eとその息子ジュニアは、
Dの隠れた才能に驚きつつも、
その曲の調べに静かに耳を傾けました。
Jは、優しい音色と葉音に耳を傾けながら、
かつて自分が率いていた
小隊の若い兵士たちを思い出します。
彼らの魂が今、どうか穏やかであるようにと、
そっと祈りました。
曲をBGMにして、Jが言います。
「ところでさ、ねえE。
百輪村に、こんなに広くていい場所があったんだね。
知らなかったよ」
「うん。ここは、ちょっと村の中心から離れてるからな。
以前、ここにDの友だちだったCが
住んでた牧場があったんだ。
火事で、もう何もなくなってしまったけどね」
Eが説明すると、Jは眉をひそめます。
「そうなんだ。お気の毒だったね。
・・・なら、D、辛い場所なんじゃない?」
「大丈夫だよ、J。
Cの魂は生きているからさ。
・・・オレは今、Cにも聞かせてるんだ。
Cの前では、ギターなんて弾いたことないけどな」
Dはなつかしそうに弾き続けました。
「きっと今、聞いているよ。
Cはそばにいるはずだ」
Eはそう言って頷き、周囲をゆっくり見まわします。
もちろん、Cの姿は、
Eにも他の誰にも見えません。
ただ、そのとき、少し強めの風が吹いて、
目の前の草原がサーッと音を立てました。
2
Dのギター演奏は、最後の和音を響かせて終わりました。
指がギターからそっと離れると、
Dは少し目をつぶり、ふうと息をつきます。
どこか、ひと区切りついたような表情でした。
聞いていた人たちは拍手も忘れて、余韻にひたります。
そのうちに、静かにEが口を開きました。
「・・・変なことを言っていいかな?
Dの演奏を聞いてたら、ふいに思ったんだ。
これまでオレはずっと、
Cの死を自分のせいだと思ってて・・・
その贖罪の気持ちで、
長い間、村長を続けてきたんだ。
けれど、その贖罪の思いが、
なぜだか、さっき、ふっと消えたんだよ。
ただの村の一人になれた気がしてる。
やっと百輪村の一員になれたかもしれない」
そう言うとEは、雲の流れる空を見上げます。
Dはしばらく考えて、Eに穏やかに言いました。
「そうか・・・。
オレも元はアチダ国の人間だったけど、
今はコチダの百輪村の一人だよ。
所属先って、結局、自分で選べるんだなあ」
EはDの方を向き、深く頷きます。
「なるほどな。
村長のオレにとって、
これまでは、百輪村は”守るべき場所”で・・・
所属先だって考えたことがなかったかもしれない。
でも今は、その肩書きを抜きにして、
ただの自分としてここに座っていられる。
本当に・・・安らいだ気持ちなんだ・・・」
Jは、少し置いていかれたような顔で言いました。
「ふーん。じゃあ、オレも言わせてもらうけどさ。
オレって草切村の人間じゃん?
でもさ、地面は全部つながってるんだし。
百輪村でくつろいだって、別にいいよな?」
EとDは顔を見合わせ、ふっと笑いました。
「もちろんだよ」
「今更何言ってんだ。好きにしろよ、J」
Jは笑って、肩をすくめました。
「2人が真面目なこと言うから、つられちゃったよ。
なんかさ、不思議な空間だよね、ここ」
その3人の様子を見て、Eの妻Kは
(本当に仲良しなのね、この人たち)
と胸が温かくなりました。
Eの息子Rが退屈そうな顔なので、Jは誘います。
「ジュニア、追いかけっこしようか」
Rは「うん」と喜んで立ち上がり、
先を走り出したJを追って走り出しました。
「待て待て~~」
「わー、ジュニアは早いな~」
手加減して走るJに追いつき、
Rは嬉しそうに抱きつきました。
両手をつないでくるくる回ったり、
肩車をして走ってもらったりします。
二人の笑い声が、草原に響きました。
EとK、そしてDは、その様子をのんびりと眺めます。
Kが「ふあ、なんだか、眠くなってきちゃった」と
あくびを手で押さえると、ゆるくほほえみながら、
シートの上でコロンと横になってしまいました。
Dもギターを脇に置いて、
「オレも」と大の字になり、
軽くいびきをかき始めました。
Eは、そっとブランケットをふたりにかけました。
同じように横になってリラックスした途端、
ふわりと夢の中に入っていきました。
遊び疲れたJとRが戻ると、3人が寝ています。
「みんな、寝てるね」
「ジュニアも寝る?
どっちが早く眠るか競争しようか」
寝ころんだJが傍の小さな頭を撫でてやると、Rは
「眠くないよ」と言いながらもすぐに寝ました。
Rの寝息を子守歌に、
Jもまた、トロトロと眠りの世界に入りました。
3
ーーしばらくして、
小さくくしゃみをして、Eが目を覚ましました。
「やばい、寝てた」
身を起こすと、妻KとDが先ほどのまま。
ふと見ると、Jと息子のRまでもが寝ているので、
Eは「風邪ひくなよ」と苦笑しながら、
彼らにもブランケットをかけました。
煙がみんなの方へ流れないように
風の向きを確かめながら、
木の根元に座ってEは煙草を一本吸います。
丘の草原から見下ろすと、
百輪村の家々の屋根が輝いて見えました。
「・・・C、近くにいるんだろう?
君から見て、今の百輪村はどうだい?」
Cの姿も声もわかりませんが、
それでもEは語りかけたい気分でした。
すると、柔らかであたたかな風が、Eの肩を撫でました。
なんとなく、Cが喜んでいる気がしました。
Eはふっと笑って、返事をします。
「なら良かった。
オレも満足してるんだ。ここまでこられてさ。
すべてのことは全部、つながってたんだな・・・」
もう一度、丘の上から全体を見渡したEには、
百輪村も、遠くのシティのビル群も、霞む山々も、
世界全体がうまく調和しているように思えました。
ーーと、その静けさを破るように、
「ふあああ、よく寝た~」
とDが大声を上げると、
他のみんなも次々に目を覚ましました。
Eは煙草をもみ消して携帯灰皿に入れると、
みんなの方を振りかえって、
「じゃあ、そろそろ、帰ろうか」
とほほ笑みました。