小説です。「百輪村物語」の第三部です。

 

小説と漫画をまとめた目次はこちら→ 百輪村物語 目次

 

 

登場人物名は、アルファベット表記です。

(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)

 

 
【今回の登場人物たち】
【草切村】
J(キックボクサー)    純  ジャック
ο(Jの元セコンド)   臣久  オマール

【百輪村】
E(村長&小学校教諭)  栄一  エデン
D(大工)        大吾  デイビッド

 

 

今回は、Jの話です。

 

第43章と第78章にまつわるエピソードもありますが、

無理して読まなくても大丈夫です。

 

 

🌟Jがボクシングを始めた経緯&結婚の話はこちら↓

 

 

 

🌟Jが戦争に行った話はこちら↓

 

 

 

 

 

では、どうぞ。↓

 

見えない声

 

 

  

 

アチダ国とコチダ国の戦争が終わり、

コチダの草切村に戻ってきた元・伍長のJは、

プロのキックボクシング界からも引退しました。

 

その後、自宅の庭に子ども用のアスレチックジムを作り、

インストラクターとして生活していました。

 

そこへ、以前のボクシングジムで

長い間トレーナーとセコンドをしてくれた

o(オミクロン)がやってきました。

 

「よう、J、元気かい?」

「あ、oさん、久しぶり~」

 

二人は、アスレチックジムの事務室でお茶を飲みます。

 

「なあ、J、またボクシングをやらないか?

 選手の育成を手伝ってもらえないだろうか? 

 それは、お前の将来の夢でもあったんだろう?

 週に、いや、月に1、2回でもいいから、

 こっちに顔出してくれんか?」

 

「・・・いや、オレはもう・・・」

 

「もちろん、前に一度聞いたよ。

 戦時中に、お前の率いる部隊が不幸にも全滅して、

 それで、”チャンプなんか意味がない”って言って、

 引退しちまったってことはさ」

 

「うん。まあ、年齢的に潮時でもあったけどね」

 

「それでもな、お前がチャンプだった時に、

 たくさんの若者たちに夢と希望を与えてきたんだ。

 

 今だって、時々、うちのジムにお前に会いにきたり、

 入会しようと来てくれる子もいてな。

 でも会えなくてがっかりして帰ったりしてるんだよ」

 

「そうなんだね。

 でも今は、このアスレチックジムで

 小さい子たちと遊んでいる方が気が楽なんだ」

 

「うん、そうか・・・。

 でも、気が変わったら、また遊びに来てくれよ。な?」

 

「わかったよ。ありがと、oさん」

 

oが帰った後、Jはカップを片付けながら

ため息をつきます。

 

「・・・もう、あっちに戻る気はないんだよ。悪いけどさ」

 

 

何か月か経った頃、

またJの名が大きく新聞に載りました。

 

しかしそれは、かつての華々しいチャンプだったJを

持ち上げるものではなく、むしろまったく逆で、

Jの部隊にいた若い兵士の両親たちが、

集団でJを相手取り、

慰謝料や賠償金を求めてきたのです。

 

「Jが小隊長でなければ、息子たちは死ななかった」

「私たちは傷ついている。慰謝料を請求する」

などという告訴状でした。

 

もちろん戦争中のことですし、

J個人が悪いわけではありません。

 

けれども遺族たちは、そこには言及せず、

桁違いの金銭を要求してきたのでした。

 

Jは驚いてすぐさま弁護士を立てましたが、

話し合いは平行線でした。

 

 

そこに飛びついたマスコミたちが、

戦時中のJの話をあちこちから聞き込み、

 

「戦地に行く若者たちを、壮行会の壇上で煽った」

「本人は戦争に及び腰で、戦う気がなかった」

「リングでは真剣でも、戦地では怠惰だった」

「作戦会議に乱入して、上官たちを殴った」

「最前線で部下を置いて、自分だけ逃げた?」

 

などと、真偽を織り交ぜて面白おかしく書きたてるので、

Jの周りが急に騒然としてきました。

 

今回の話以外でも、「Jが妻を追い出した話」や

「学生時代に不良を数人殴ってけがをさせた話」までもが

発掘され、やり玉にあげられました。

 

ネットでは「Jは悪くない」と「Jは裏切者」などと

相反する意見が何万件も行き交い、

蜂の巣をつついたような大騒ぎです。

 

Jは古傷をえぐられ、とうとう寝込んでしまいました。

 

せっかくのアスレチックジムも、休止しました。

 

 

 

 

  

 

そこへ、隣の百輪村に住む

マブダチの大工Dと村長Eがお見舞いにやってきました。

 

住込みの家政婦さんが二人を通します。

 

「おーい、大丈夫か、J?」

 

「J、とんでもないことになったね」

 

「あ、二人とも。来てくれて、すっごく嬉しいよ。

 ・・・でもさ、オレ、もう立ち直れないよ・・・」

 

リビングのソファーにぐったりともたれているJは、

顔色は青く、目にはクマができ、げっそりとしていました。

 

「きつそうだな。なんでこんなことに・・・」

とEが声をかけると、Jは涙も枯れはてた状態で、

弱弱しそうに天井を仰いでいます。

 

「なんかさ、ネットでもテレビでも新聞でも雑誌でも、

 悪口ばかり書かれてるんだよね。

 ・・・オレ、生きてちゃ、ダメかな・・・ふふ」

 

「そんなことはない!しっかりしろ、お前は悪くない!」

と、Dが強く励まします。

 

Eが自分のカバンから、

クリアファイルに挟まれた用紙を取り出しました。

 

「J、これは以前、君から聞いた戦争中の話を

 私がまとめておいたやつだ。

 もしよかったら、これを元に

 誰かに本を書いてもらったらいいと思う」

 

「・・・ちょっと見せて・・・」

Jは、Eのきれいな字で書かれた書面を何枚か見て、

そっとEに返しました。

 

「うん、いいかもね。

 でも、こんな美談じゃないよ。

 実際のオレが通ってきたのは、もっと汚い話だよ」

 

「別に美談だって、いいじゃないか?

 世間の本なんて、みんな美談に仕立ててんだからさ」

とDが言い、Eも頷きます。

 

ところが、Jはうつむきます。

 

「でも、オレ、嘘をつきたくないし」

 

「これは嘘じゃない。ちゃんと君が通った道だ。

 それを、美談と取るか、失敗談と取るかは、

 読者の自由だ。まずは、ちゃんと説明したらどう?」

とEが言うものの、Jは投げやりです。

 

「どうせ本を出したって、

 それをネタに、また叩くに決まってるよ」

 

 

 

 

  

 

Eはしばらく黙ったあと、質問します。

 

「J、じゃあ、どうしたい?

 オレたちにできることがあったら言って欲しい」

 

Jは涙をうっすらと浮かべました。

 

「どうしたらいいか、わかんない。

 してもらいたいことも、浮かばないよ。

 ・・・もう一度、生まれ直そうかな。

 でもさ、結局、また同じ道、通りそうだよね。

 オレ、学ばないからさ」

 

「いつもキラキラの太陽みたいなお前が・・・。

 J・・・不憫すぎる」Dはもらい泣きをしました。

 

EがJの周囲をキョロキョロしたところ、

リビングの端に大きな段ボールが置いてありました。

 

「あれはなんですか?」とEが家政婦さんに聞くと、

「あ、ご主人様へのお手紙です。

 でも、最近、読まれずに、たまっています」

と告げました。

 

EはJの方に振りかえって、聞きました。

 

「J、これ、開封していいかい?」

 

「いいけど・・・褒めと悪口が混ざってるよ。

 もう、怖くて一つも読めないんだ」

 

「内容のいいやつだけ、音読してあげるよ」

 

Eは、ためしに一つ開いて、ため息をついて閉じ、

もう一通を開封して、頷いてから、Jに音読しました。

 

「拝啓J様。僕はあなたの昔からのファンです。

 今回のことをとても悲しく思っています。

 立ち直ることを心から祈っています。43歳@@」

 

「うっ、ありがと」

 

「オレも読むぞ!」とDも立ち上がり、

段ボールのそばにいるEと同じように

内容を確認してから、手紙のひとつを音読しました。

 

「Jさん、あなたのことをひどく言う人が悪いです。

 知らないことをあれこれ言って、失礼ですよね。

 僕は信じていませんよ。あなたのファンより」

 

「くう、しみる」

 

「あなたの演説を聞いた一人です。

 あなたは戦争を煽ってはいませんでした。

 私たちは、前線に行く前に

 あなたの笑顔と言葉に、勇気をもらいました。

 いまでも宝物です。ありがとう」

 

「うう、こちらこそ」

 

EとDが慎重に精査した手紙だけを読み上げ、

そのたびにJがお礼を言う。

そんな儀式のようなことが、半日続きました。

 

「ああ、なんか、ちょっと元気出てきた」

Jがようやく微笑をとり戻してきました。

 

「良かったな。ファンに支えられてるな」

Dはまた、うるっときています。

 

「家政婦さん、こっちの手紙は処分してください」

と、Eが悪口の書かれた手紙を束にして渡しました。

 

「かしこまりました。すぐシュレッダーにかけます」

家政婦もまた、Jの隠れファンでした。

 

「え?せっかくくれたファンレターなのに」

とJが驚くと、EはJのそばにかがんで言います。

 

「J、君のエネルギーを奪うだけの内容は

 読まなくていいんだよ。

 凶器のような言葉をわざわざ拾うことは無いんだ」

 

「そっか。わかった・・・」

 

そこに電話が鳴りました。

家政婦が応対すると、かつてのセコンドのoでした。

 

「もしボクシングジムにこられるなら、

 今からスパーリングにちょっと来ないか?」

というお誘いでした。

 

Jは体を動かしたくなって出かけることにしました。

DとEも、ついていきました。

 

 

 

 

  

 

Jたちが草切村のボクシングジムに入ると、

そこにはセコンドのoと、

何人かのスタッフが待ってました。

 

「J、お前の練習着もグローブも、そのままあるぞ」

とoが言ってくれたので、Jはロッカー室で着替えました。

 

Jは、黙々と縄跳びをしたりスパーリングをしたり

重々しい音を響かせながらサンドバッグを打ちました。

 

Jの放つ音は、以前と変わらず、力強く、

みんなは静かにそれを見守りました。

 

DとEも穏やかな目で

離れた場所でそれを見ていました。

     

十分に汗をかいたJは、ジムにいるみんなにお礼を言い、

みんなもまたJに激励の言葉をかけました。

 

「J、お前にはたくさんの味方がいるぞ」

「お前がどんなやつか、俺たちがみんなわかってるから」

「ここはずっとお前のホームだからな」

 

「うっ、ありがとー、ありがとー」

Jは腕で涙と汗をぬぐいました。

 

 

「ああ、なんて温かいんだろう」

と帰り道にJがつぶやくと、EもDも微笑みました。

 

二人はJを家まで送ったら、百輪村に帰るつもりでした。

 

ところが、ふと見ると

Jの家の周りに報道陣が来ており、

マイクを片手に

何かをしゃべっている特派員も見えました。

 

「J、少しの間、隠れたほうがいい。

 それとも、オレの家に来るかい?」と

Eが、Jの体を木の陰にそっと押しました。

 

Dはそんな二人を尻目に、腕まくりをして、

ずんずんと報道陣の方に近づいていきました。

 

「やいやい、お前ら!

 どんだけJをいじめりゃ気が済むんだ」

 

カメラは、一斉にDの方に向きを変えました。

 

Dはライブだと知らずに、彼らにしゃべりました。

 

「正義の仮面をつけて、いい気持ちかもしれないが、

 やられてる方の身にもなってみろ。

 大人数の声の方ばかりに、ひよってんじゃねえぞ」

 

そこへEがDの横にやって来て、静かに言いました。

 

「私たちは、Jの友人です。

 Jも私たちも、そしてここにいる皆さんも、

 完璧な人間ではないですよね?

 いいところもあれば、悪いところもあります。

 なので、どうか、冷静になっていただきたいんです。

 

 さきの戦争で、亡くなった人も、

 今生き残っている人も、みんな傷つきました。

 私たちがやるべきことは、誰かをたたくことではなく、

 支え合い、共存し合う事ではないでしょうか?」

 

報道陣たちは白けたような顔をして、

ちょっと静かになりましたが、すぐさま、

「あ、Jだ」「おい、カメラ!」と声が上がります。

 

EとDがハッとして振り向くと、Jが後ろにいました。

 

「2人とも、ありがと。オレも言いたい事、あるわ」

「大丈夫、J?」「いいのか?」

「うん。このままじゃ、あいつらも浮かばれないだろうし」

 

DとEが、ちょっと横に退くと、Jが後ろ手に組み、

胸を張って、テレビカメラの前に出ました。

 

 

 

 

 

  

 

Jは、たくさんのテレビカメラの前で、

いったん深呼吸をした後、話し始めました。

 

「オレの過去のこととか、いろんなことを出されて、

 びっくりしたけど、どの報道も結局、

 本当のオレをちゃんと言ってくれていない。

 

 それはしょうがないと思ってる。

 オレのことは、オレにしかわからないもんな。

 

 オレは、若い10人の子たちと、前線に行った。

 みんなの名前も、ちゃんと言えるよ。

 

 ○○君は明るくて、冗談でみんなを笑わせてくれた。

 ××君は、オレのボケにきれいにツッコミをくれたよ。

 △△君はきれい好きで、いつもヘルメットを磨いてた。

 □□君は心配性で、よく俺に抱きついてきた。

 $$君は、・・・」

 

Jは、声を震わせながら、

10人全員の名前と思い出を短く語りました。

 

「・・・みんな、とってもいい子たちばかりだった」

 

カメラは、Jをアップにして撮り続けます。

 

「・・・なのに、そばにいたのに、みんなを救えなかった。

 それは、本当に、申し訳なかったと思ってる。

 

 ・・・短い間だったけど、

 彼らと一緒にいたことは、オレの大切な思い出なんだ。

 

 あんたたちも、仕事だからしょうがないかもだけど、

 でも、お願いだから、

 できれば、オレの大事な思い出を、

 あまり、土足で・・・踏みにじらないでくれ・・・」

 

そう語るJの顔は、涙で濡れていました。

 

EとDは、Jの言葉に胸が熱くなりましたが、

報道陣たちは素知らぬ顔でJに詰め寄りました。

 

「申し訳ないというのは、あなたに過失があった、

 ということですか?」

「救えなかった理由は?」

「戦地での判断ミスが今回の事件を招いた可能性は?」

 

Jの肩がわずかに揺れます。

 

「あなたの過去の暴力癖が関係しているという声も

 ありますが?」

「そもそも指導者に向いていなんじゃ?」

 

Eの眉が険しくなっていきます。

 

「遺族の中には、あなたのせいだと断言する人もいます。

 どう答えます?」

「その涙は、自分を守る”同情商法”ですか?」

 
Dの奥歯がギリッと鳴り、低い声を出しました。

 

「なあ・・・お前ら・・・いい加減にしろよ。

 今のJの話を聞いてなかったのかよ?!」

 

こらえきれなくなったDが報道陣の方に走り、

ひとつのカメラの向きをぐいっと変えました。

 

「な、何をする!」「こっちのセリフだ」

「カメラに触るな!」「うるせえ!」

 

Dがあちこちのカメラにつかみかかるので、

場が一気に騒然としました。

 

Eはその隙にJの腕をつかみ、素早く引き寄せました。

「J、もういい。行くぞ」

 

ほとんど抱きかかえるようにその場を離れ、

なんとかJを自宅へ押し込みました。  

 

気づくと主役がいなくなったので、

報道陣たちは、すっと放送をやめ、

気勢をそがれたように散っていきました。

 

「なんなんだ、あいつら。血が通ってねえのかよ」

と、Dが憎々し気に唸り、Eも

「客観的な報道の体を為していない。

 興味本位と白黒思考の怪物だな」とつぶやきました。

 

 

 

 

  

 

そのライブ放送があった数十日後、隣のアチダ国で、

とある特別番組が放送されました。

 

「元・敵国の兵士をほめるのはどうかと思い、

 今まで差し控えていましたが・・・」

 

画面の向こうで、老兵たちがゆっくりと頷きます。

 

語られる声には、恨みも批判もなく、

ただ彼らが見たままの事実が語られていました。

 

その番組では、

望遠を引き延ばした1枚の写真も出されました。

 

激戦で砂煙の上がる背景に、

曲がったヘルメットで無心に穴を掘る軍服姿のJ。

 

その姿は、戦う者ではなく、ただ一人の男が、

仲間の帰る場所を静かに作っているように見えました。

 

ネット民の中には、

「合成の写真ではないか?」という

疑問の声も上がりましたが、それは

アチダ国の有名な戦場カメラマンが撮影したものでした。

 

そのカメラマンが、

「自分の写真への誹謗中傷だ。

 ネット民を訴える」と言い出したので、

ネットで騒ぐ匿名の声は急速にしぼみました。

 

コチダ国内でJをたたく世論の声は少しずつ消えていき、

さらには、ずっとJを訴えていた遺族たちも、

そっと告訴を取り下げました。

 

 

Jの生活は、やっと平穏を取り戻しました。
 
報道関係者は来なくなり、
草切村に漂っていた緊張も
ゆっくりとほどけていきました。
 
Jのアスレチックジムも、静かに再開しました。
 
生徒の子どもたちも、「J先生~!」と
以前のように屈託なく慕ってきてくれました。
 
様子を見に来たEとDに、Jが言います。
「なんか知らないけど、急に静かになったよ。
 オレの人生、まだ、終わりじゃないみたいだね・・・」
 
Dは「当たり前だろ。
 そんな簡単に終わってたまるかよ」
と、にかっと笑いました。
 
「だな。・・・まあ、でもさ、
 青コーナーにあんなに敵が無数にいてさ、
 さすがのオレも、無理ゲーに思えたよ」
と、ため息をつくJ。
 
Eはそれに答えて言いました。
「J。あれは、リングの外の声だよ。
 聞かなくていい声だ」

 

Jは小さく笑い、空を見上げました。

「マブダチ、最高」

 

 

 

 

 

 

ending music

 

ff(フォルティシモ)- HOUND DOG