小説です。「百輪村物語」の第三部です。

 

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登場人物名は、アルファベット表記です。

(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)

 

 
【今回の登場人物たち】
【草切村】
J(インストラクター)  純  ジャック
ν(草切村の子)     新汰  ニューロ
ξ(草切村の子)     薫士  クインシー
 

【百輪村】
E(村長&小学校教諭)  栄一  エデン
D(大工)        大吾  デイビッド

 

 

では、どうぞ。↓

 

見えない距離(1)

 

 

隣国との戦争が終わり、

郷里である草切村に戻ったJは、

元々は現役のキックボクサーでしたが、引退しました。

 

これまでのファイトマネーで稼いだ大きな家と庭。

 

その自宅の庭に、室内型の

子供向けのアスレチックジムを建て、

オーナー兼インストラクターになりました。

 

通う生徒は、同じ村の草切小の子たちがほとんどです。

 

放課後になると、元気な子たちが入ってきます。

 

「J先生、こんにちはー」「こんちはー」

「やあ、いらっしゃーい」

 

ジャージの上下を着たJはニコニコして出迎えます。

 

 

室内には、ぐるっと大きく走れるコースや、

斜めに張られた上り綱、ロープをたぐって上る坂、

揺れる丸太の橋や、綱の上を渡れる場所などもあります。

 

公園にも無料のアスレチックはありますが、

Jの施設のものはそれよりも工夫がこらされており、

指導の仕方によって難易度を変えることができます。

 

たとえばロッククライミングの壁には、

初級用、中級用、上級用の色分けがされており、

子どもの体力とやる気と進捗を見て

Jがそっと補佐していく形でした。

 

草切村自体には、

敵機の襲撃はなかったものの、

父親や兄弟、親族などを兵隊にとられて

身内を失った子どもたちもいました。

 

両親が健在の子ども、片親だけの子ども、など、

様々な環境の生徒がいますが、

Jはまんべんなく愛し、指導しました。

 

・・・しているつもりでした。

 

 

 

天井からぶら下がっている綱から手を滑らせ、

尻もちをついたν(ニュー)。

 

Jは手を差し伸べ、「痛かったね」と立たせます。

 

「もう一回やってみる?」「・・・」

 

νは無言で小さく頷くと、また綱につかまります。

 

νもまた、戦争で父親を亡くした子どもでした。

 

Jはそのことをわかっていましたが、

深くは追求しないようにし、そっと見守っていました。

 

「あー、J先生、またひいきしてる。ずるい」

と、後ろから声がしました。

 

Jが振り向くと、ξ(クシー)がにらんでいます。

 

ξは両親が健在ですが、何かとνを目の敵にします。

 

Jは苦笑しながら、優しく諭します。

 

「ひいきとか、ずるいとか、先生はしてないよー。

 ξ、君のことも見てるよ。やってごらん」

 

「見ててね!先生!見てて!」

ξは嬉しそうに壁を上ります。

 

「うまいうまい。いいぞ」

すると後ろから、またドスンという音。

 

νが綱から落ちたので、Jは目線をそちらに向けます。

 

壁に張り付いていたξはムッとして

「おい、ν、わざと落ちるなよ、ずるいぞ!」

と怒鳴り、νは

「わざとじゃないもん!」

と半べそです。

 

他の子たちも、あちこちから

「J先生!こっちも見て~」と呼びます。

 

毎回この調子なので、Jは内心、弱り果てていました。

 

 

(続く)