登場人物名は、アルファベット表記です。
(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)
【今回の登場人物たち】
E(村長&小学校教諭)栄一 エデンD(大工) 大吾 デイビッド
第50章に絡んでいる話ですが、読まなくても大丈夫です。
一応、貼っておきますね。 ↓
では、どうぞ。↓
見えない安らぎ
1
百輪村の村長Eが、
ある村で開かれた会議に出席したあと、
近隣の村長たちと歓談を交わしました。
一人の陽気な村長がEに言いました。
「Eさん、この間、川で人骨が見つかったんだって?
大騒ぎだったんじゃないのお?」
「あ、はい。警察もいらして、一時騒然としました」
別のおだやかな村長も話に加わります。
「怖いですねえ。たたられないか、心配ですよねえ」
Eは苦笑して、説明します。
「今回、警察の方から霊媒師さんを紹介されたんですが、
ご霊体の方は、未練はないとのことでした。
百輪村では共同墓地がありますので、
お骨はそこに納めさせていただきました」
「お葬式とか納骨式とか、盛大にやったのお?」
「村の皆で手を合わせてお墓におさめただけです」
「え?お坊さんとか牧師さんとかは?」
「うちの村では、葬儀はいつもそれで終わりです。
宗教関係の方は村にはいないし、外からお呼びしません」
Eの言葉に周囲の村長たちは驚きました。
「手を合わせて終わりなんて、そんな葬式あるのお?」
「ありがたいお祈りとか読経とかしてもらわなきゃ、
ダメだと思いますよ、Eさん?」
「なんで宗教関係がなくて安心できるんだね?
村の為にも一つ、寺か教会を置くべきじゃないかね?」
「村の皆が落ち着くようにさ、
心のよりどころってのが必要だよ、E君」
Eは首をかしげました。
「・・・そういうものでしょうか?
考えたこともありませんでしたが」
年かさのある村長たちは、
Eが若いからわからないのだろう、と気を利かせました。
「良かったらさあ、うちの村の寺を紹介しようかあ?」
「いやいや、うちの教会の方がご利益がありますよ」
「うちの寺の方が由緒正しいって!歴史が違うよ!」
Eは彼らの善意の気持ちを受け止めつつも、
半ば強引な圧力のようなものを感じたため、
「今度、うちの村民会議で話し合ってみますね」
とやんわりとお断りをしました。
「百輪村は、全部、みんなで決めるんだねえ」
「Eさんが、ちゃちゃっと決めちゃえば早いのにさ」
「・・・私の一存では決めかねますので。すみません」
Eは、静かに頭を下げて、会議室から出て行きました。
(宗教・・・”心のよりどころ”か・・・。
百輪村にも必要なのだろうか・・・?)
2
後日、百輪村で定例の全村民会議がありました。
村長としてではなく、村の一人としてEが提案します。
「この村に、宗教施設は必要ですか?」と。
村の皆はそれを聞いて、ぽかんとしました。
「宗教?施設?」
「え?無いとだめなのか?」
「あったら、何かいいことあるの?」
提案したEもまた、答えを持っていません。
「すみません。私も詳しくないんです。
心を落ち着かせるための施設があった方が良いと、
他の村長さんからお聞きしたので、お尋ねしました」
「お~い、この中で心が落ち着いてない奴、
手を挙げて~」と一人が言いましたが、
百輪村の村民の誰も手を挙げませんでした。
「・・・わかりました。では、不要ということで」
Eはこの話を終わりにしました。
ところが、そうは問屋がおろしませんでした。
数日後に、△△村のお寺の住職がやってきて、
Eに面会を依頼してきました。
「この村には、お寺が一つもないと聞きました。
それは本当のことでしょうか?」
「はい。ありません」
住職は目をむいて睨み、Eに言いました。
「私たち人間は、生まれたときから
業を背負っているのです。
穢れを払うには、宗教の祈りが大切ですよ。
お寺や教会はそういった魂の浄化のためにあるのです。
悩みや問題があれば話を聞いて解決しますし、
定期的にありがたい神仏の話を聞くことで、
みなさんは身体と心が美しくなります。
正しい葬儀を行うことで死後も幸せになれます」
「なるほど。そういうものですか。
ですが、うちの村には必要がないようです」
「何という罰当たりな。誰も救われませんな」
Eはしばらく考えたあと、質問しました。
「住職。ちなみにですが、どういった方が、
お寺にいらっしゃるんですか?」
「例えばですな、仕事や就職にまつわる悩みや、
嫁姑問題、病気などの心配、死ぬ時の怖れ・・・
生きている間に皆さんが色々と悩まれるでしょう?
そういう内面の苦しみを抱えている方々ですよ」
「八百万のお悩み相談室、ということでしょうか?」
「ザックリ言うとそうなりますかな」
「・・・。不肖ながら私が相談を受けております」
「村長のあなたが?
あなたは宗教の勉強をされた方ですか?
宣教師か何かですか?」
「いえ、別に。ただ話を聞いてあげるだけです」
「それだけじゃだめです。導いてさしあげなくては」
「導くって、どこへですか?」
「神仏への道です。人はそこを歩むべきなのです」
「その道を歩かないとどうなるんですか?」
「迷い、苦しみ、業火に焼かれるのです」
「悩んでいない人は、どの道の上にいるんですか?」
「悩んでいない人はそのままでいいんです。
病気の人が病院に行くように、
心の苦しんでいる人が神仏の所へ向かうのです」
Eは頭の中で、村の人々を二つの集団に分けてみました。
悩みを抱える人たちと、悩みを脱した人たちに。
これまでEがしてきたのは、悩みのある人の話を聞き、
その人を静かな日常へ戻すことでした。
けれども、こちらの住職の話によれば、
悩むことは迷いであり、
迷いは神仏を求めるきっかけなのだと言います。
もし神仏を求めることが救いになるのだとしたらーー
自分は、その道を遮っていたのかもしれない。
「だとしたら、悩み苦しむことこそが早道のようですね。
わかりました。私はもう悩み相談は受けません。
私のやり方は間違っていたようです」
「そうですか。では、今後おつらい方がいましたら、
こちらの寺へ来てもらうようにしてください」
「そのように伝えておきましょう」
住職は満足気に頷き、気分よく帰っていきました。
Eはその背中を見送りましたが、
「悩みや苦しみからしか、神仏へ至れないのだろうか。
笑顔で向かう方法はないのだろうか。」
と、静かに思うのでした。
3
次の全村民会議のとき、Eは村人たちに言いました。
「これから何か心配事や悩みがあったら、
△△村の住職の所へ相談に行ってください」
村人たちは顔を見合わせ、口々に言います。
「え?もうEに話を聞いてもらっちゃだめなの?」
「村長に愚痴を聞いてもらえるだけでいいんだけど」
「わざわざ出向いていくなんて、堅苦しくてやだよ」
「うちの村の話を、他の村の人がわかるわけないじゃん」
Eは顎に手を当てて考え、
「うーん。わかりました。最初は私がお聞きしますが、
それでもダメな場合は住職の所へお願いします」
と、言いました。
すると大工のDがEに尋ねました。
「なんで住職の所へ行く必要があるんだ?」
「住職のお話によれば、悩み苦しみで迷う人が、
より神仏へ早く向かえるそうです」
「ふーん。高速道路ってことか?
でもオレは、一般道でも構わないんだけどな」
他の村人たちも笑いながら、
「私たちもそれでいいよ」
「行きたい奴が先に行きゃあいいよ」と言いました。
Eも思わず笑みをこぼし、
「じゃあ、うちの村はうちのやり方で行きましょうか」
と、宗教の件を静かに手放しました。
その後、住職はいくら待っても
百輪村の人たちが一人も来ないので、
「あの村の人間は悩みがないのだな。
では、悟りの道は遠いに違いない」
と呆れながら、そう結論づけるのでした。
百輪村の墓地は、
村民の持ち回りで定期的に草取りを行い、
ブラシなどで墓石を磨いたりします。
当番が仕事をやり終え、合掌をしていると、
そこへEがやってきました。
「お掃除をありがとうございます。
ところで、今、手を合わせてましたね。
差し支えなければ、
何を考えていたか教えてもらえますか?」
当番の女性は、Eに向き直りました。
「えっと、『お掃除、終わりましたよ』って
お墓の皆さんに心で声掛けすると、
なんとなく心が静かになるから、
その気持ちよさにまかせて、
手を合わせてるんです。
気が済んだら止めて、手をおろすんですけど、
やったあと、すごく気持ちがいいんですよ」
Eはそれを聞いて、
「そうですか。では、私もやってみます」と
女性の言うとおりにやってみました。
目をつぶり合掌し、しばらく無言でいましたが、
そっと目を開け、両手を下げました。
「・・・本当だ。とても気持ちが落ち着きますね。
なんだか、心が透明になりました」
当番の女性は、「ふふ、それは良かったです。
この墓地はお花が自然に咲いて、きれいですよね。
ここは、元気をもらえる場所ですよ」
と言って微笑み、ブラシとバケツを手に持ちました。
「ああ、確かに。でもそれだったら、
私にとっては村全体がそうですよ」
「それは村長のおかげですから」
「いえ、みなさんのお力があってこそですよ」
当番の女性とEが談笑しながら去っていくと、
共同墓地にさわやかな緑の風が
ふわっと通り抜けました。
ending music
Return to Love - Kevin Kern
