登場人物名は、アルファベット表記です。
(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)
【今回の登場人物たち】
E(村長&小学校教諭)栄一 エデンK(理容師・Eの妻) 加恵 カーラR(EとKの息子) 陸 ライアン(ジュニア)U(バーテンダー) 梅吉 ウニーD(大工) 大吾 デイビッドX(バーの常連) 翠 ヒルダ(すいちゃん)A(靴屋・村のボス) 悪久太 アークC(牧場主→村の守護霊)千太郎 クリスJ(隣村のプロボクサー) 純 ジャック
すいちゃんの初登場の話はこちらです。
(読まなくても大丈夫です)
↓
では、どうぞ。↓
見えない小石
1
百輪村の村長のEは、
度重なる過労のため、一時、入院しました。
退院後には、
村民たちが仕事を分割で担当してくれるようになり、
かなりの時間が取れるようになりました。
体力面での負荷は減ったものの、
かえって、気を紛らわせるものがなくなり、
これまで頭の片隅に追いやっていた雑念が
次々と押し寄せてくるようになりました。
ひとりで静かな時間を過ごしていると、
頭の中の重荷に、心もざわつきます。
時々、Eは、今の生活の何もかもをうち捨てて、
村から離れたい衝動に駆られることさえありました。
そんな自分の思いを怖れ、Eはその影を押し込めました。
(自分には村長として、教諭としての責務がある。
妻も子もいる。
それを全て投げ捨てたいだなんて、バカげたことを。
何を考えているんだ)とイライラしました。
気分転換をしようと、ある夜、Eは久しぶりに
百輪村のバーに行くことにしました。
ドアを開けると、たくさんの人がテーブルに座っており、
Eは驚きました。
「あ、村長。いらっしゃいませ。
ここ、空いてますよ~」
バーテンダーのUがカウンターの向こうから
声をかけてきました。
Eは、Uの指さすカウンター席に座ります。
Eの両隣では、お客さんが
システム手帳を開いて何かを書いています。
他のテーブル席も、みんな同じような様子です。
Eはハッと思い出しました。
今日は、水曜日。
このバーでは水曜は「夜手帳の会」をやっていると、
以前の全村民会議で、Uから聞いたことがありました。
「U、・・・これが噂の『手帳の会』か?」
「はい。毎週水曜日はこんな感じです」
「Dも参加しているの?」
「いえ、Dさんは手帳は苦手だそうです」
「ふふ、そうか。Dらしいな」
Eはソルティドッグを注文し、ふっと、一息入れました。
すると、右隣の女性がEに話しかけてきました。
「すみません、百輪村の、村長さんですか?」
「ええ」
「あの、私、この『夜手帳の会』の代表をしてる
Xと申します。水曜日にやってるから
みんなには『すいちゃん』て呼ばれてます」
「そうですか。手帳の会、大盛況ですね」
バーテンダーのUは初めてすいちゃんの本名を知り、
うきうきした気分で心の手帳にXの名を書きました。
2
Eは声をかけてきたXを失礼にならない程度に、
そっと観察しました。
スーツとスカートの20代前半で、会社帰りに見えます。
そんなXは
「夜手帳の会」のみんなと手帳を書き続けるうちに、
いくらでも好きな手帳の話を語れるほどになり、
自分自身への自信をつけていました。
「最初は私だけが、ひとりで手帳を書いてたんですけど、
気がついたら、仲間が増えてたんです」
「なるほど。手帳には何を書かれているんですか?」
「主に、今週で”良かったこと”を3つ探して書きます。
あと、直近のスケジュールの見直しをしてます。
月間や年間で、ざっくりと目標を決めて、
それに沿って行動出来てるかチェックしてます」
「それはとても素晴らしいですね」
興味深く聞いてくれるEに好感を抱いたXは、
Eにも手帳を勧めてみたくなりました。
「村長さんもお忙しいのでは?
スケジュール管理はどうされています?」
「大したことはしていないので、
特に記したりはしていませんよ」
「大したことない・・・っておっしゃる方の方が、
実はものすごいタスクをこなしていることもありますよ」
「そうでしょうか?」
「ええ。例えば主婦の方って、家事しかしてない、
って思ってるかもしれないですけど、
その裏では、PTAのこととか、子どもの塾のこととか、
近所づきあいとか親の問題とか、無意識に
いろんなことを抱えてたりするんですよ」
「ふむ」
「頭の中に入れたままだと、知らないうちに
ずっとそれを考え続けちゃって、脳が疲れるんです。
だから、そういうものを、いったん外に出すと、
頭の中がすっきりするんですよ」
「そうですか」
そこへUがそっとグラスを差し出してくれたので、
Eは軽く頷いて、ソルティドッグを口にしました。
Xは、お酒を飲んでいるEに、さらに言いました。
「村長さんも良かったら、手帳を書きませんか?」
「いえ、本当に、書くほどのスケジュールはないので。
・・・ただ、確かに、頭が重い時はありますね」
「何か、気がかりなことがあるんですか?」
「気がかり?いえ、最近は特に問題はありませんよ」
問題は無いと言いながらもEが少し物憂げな様子で、
しかも横顔が端正な面持ちなため、
Xの胸がきゅんとしました。
(こんなにお若い方が村長をやってるんだ・・・)
自分の顔がちょっと火照るのを感じ、Xはうつむきました。
Xはしばらく閉じた手帳の表紙を撫でていましたが、
ふと思いついたことをEに提案しました。
「だったら、手記とか、ざっくり年表とかはどうですか?」
「年表ですか?」
「ええ。自分が生まれてから今までに何があったか、
3年単位とか5年単位とかで区切って、
エピソードを箇条書きにするんです。
強く思い出せるものだけでいいので」
「・・・何のために?」
「頭の中の”小石”を、全部出すんです。軽くなりますよ」
「”小石”か・・・。面白そうですね。
今すぐにやってみたくなりました。
ありがとう、Xさん。いや、すいちゃんさん。」
Eは、まだ一口しか飲んでいないソルティドッグを置き、
「ごめん、U。帰るよ。またね」と去っていきました。
「え、え、村長ぉ」呆然と見送るUです。
XはバーテンダーのUに目を向けて、言いました。
「Uさん、村長さんって独身ですか?」
「いいえ。奥さんいますよ。お子さんも小さいし」
「そうですか・・・。
あ、でも、そういう頃の奥様って、
自分のことを磨き忘れちゃうから、
旦那様が浮気することってあるらしいんですよね」
「えっ?」
ほろ酔いの状態でXの目がとろんとしているのを見て、
Uは焦りました。
3
翌日の朝いちばんに、バーテンダーのUは、
村長Eの妻Kがやっている理容室に行きました。
「あら、Uさん、いらっしゃい。今日は早起きね」
と、Kが笑いかけます。
この日のUは早起きだったのではなく、
徹夜してしまっただけです。
Uの目の下には、ちょっとクマが出来ています。
Kに促されるように、鏡の前の席に座りました。
「いつものカットでいいかしら?」
「・・・あの、Kさん・・・。
こんなこと聞くの失礼かもしれませんが、
女性の方って、子育てが忙し過ぎて、
ご自分のこと手抜きしたりするんですか?」
「うーん?人によると思うけど?
あはは、やだあ。私って、今そんなにひどい?」
「いえ、きれいです。
でも、もっともっと、きれいになってください。
村長の気持ちをずっとつないでいてください」
「あ、うん。・・・どうしたの?」
「・・・僕の好きな子が、村長を好きみたいで・・・」
「あー。そういうこと?」
Kはクスクス笑って、Uの首にケープをかけます。
「じゃあ、あなたがもっとかっこよくなったら?」
「そんな。・・・村長に勝てるわけないですよ」
「だめだめ、そんな最初から弱気になっちゃ。
人生なんて、どう転ぶかわからないわよ。
私だって、Eに一度ふられたけど、
色々あって、今は一緒になれたのよ」
「ええ?そうなんですか?」
「うん。だから、最初から全部あきらめないで。
出来ることをほんのちょっと試すだけでいいの。
やれることだけやれば、ね?」
「・・・」
それでもUは、鏡に映った自分を直視できません。
KはUの両肩に手を置き、鏡越しにUの顔を見ます。
「スポーツ刈りとかやってみる?似合いそうよ」
「・・・でも僕、スポーツは、からきしダメですよ?」
「そんなの関係ねえ~、おっぱっぴー、よ。
あ、でも、嫌ならやらないわ。ただの提案よ」
「ははっ。んー・・・じゃあ、お願いします」
鏡の中のUの顔が、少しだけほころびました。
「まかせて。とびきりのイケメンにしてあげる」
Kは、櫛とハサミをそっと持ち上げました。
4
一方のEは、学校の仕事を終えた後、
家で、毎晩少しずつ、年表を書き進めていきました。
ルーズリーフの用紙、1枚を3年分として、
自分の中の思い出を思いつくまま、
箇条書きに簡単に、したためていく作業です。
数日かけてやっと出来上がった晩に、
Eはコーヒーを淹れて、それを飲みながら、
10枚ほどの自分史にゆっくり目を通しました。
「Dが来る」「Jの試合鑑賞」「結婚」「R誕生」
そんな簡単な一行なのに、それを見ただけで、
Eは当時の情景をありありと思い出せます。
「Aと会う」「Aに加担」「Cの死」「Aの死」・・・
あまり思い出したくなかった出来事も、
書き出してみればどれも意味が変化していました。
重苦しい、捨てたい、忘れたいと
思っていた小石を恐る恐る取り出してみれば、
何故かどれもが輝くダイヤモンドに見えます。
逃れられぬ運命に翻弄されたまま、
そこに居続けるしかなかった自分。
その中でも、出来る限りのことはしていた。
やり遂げたのだ、自分なりに。
もはや事実としての過去は変えられないけれども、
今の自分へと至る一里塚。
どれもが貴重な足跡だったのだと、
小さかった自分を、高い位置から
広く温かく大きな目で捉え直せるのでした。
Eの中で初めて、(お疲れ、昔のオレ・・・)と
ようやく自分をねぎらう気持ちが湧きました。
そして、ふっと笑うと、用紙をまとめて
ルーズリーフに閉じ、本棚に仕舞いました。
自室からリビングに移動すると、
ソファーに座っている妻Kが、
息子Rの服にアップリケをつけていました。
「見て。Rの服の穴、かわいくふさいだわ」
使い終わった針を戻し、
Kが出来上がりをEにかかげます。
「本当だ。Rの好きな車だね。Rはもう寝たの?」
「うん。Eも仕事、終わったの?」
「終わったよ。もう全部」
EはKの横に座り、Rの服を手に取りました。
「いつも家事をしてくれて、本当にありがとう、K」
「どういたしまして。
でもあなたほうが完璧にできるわよね。
私、ぶきっちょだから・・・」
Kは自分の縫い目を見下ろします。
EはKの横顔を覗き込みます。
「オレは隙を見せたくなくて無理してただけだよ。
完璧にやろうとしなくたって、いいよな。
もう、どんどん手抜きしようと思ってるんだ」
「そうなの?だらけたEが見てみたいわ」
「ぐうたら親父になっちゃうかもしれないよ」
「いいわよ。ふたりでぐうたらしましょ」
EとKは、見つめ合って明るく笑いました。
Eの中から全ての重荷は取り除かれ、
(どうしてこんなにも心が軽くて晴れやかなんだろう。
何かが終わって、そして始まった気がする。
まるで、生まれ変わったようだ・・・)
と思いながら、最愛の妻の肩をそっと抱きよせるのでした。
5
また水曜日の夜になり、Eがバーに入ります。
「いらっしゃいませ、村長」
どこかしら緊張した面持ちのUです。
「やあ、U。あれ?髪型、変えたんだね」
「Kさんがオススメしてくれたんです」
「すごくカッコいいじゃないか。似合うよ」
「ありがとうございます。ご注文は?」
「今日は、マタドールで」(*)
「かしこまりました」
*マタドール(闘牛士の意)
:テキーラ&パイナップル&ライムの
甘酸っぱい黄色いカクテルです)
そこへ、すいちゃんことXが店に入ってきました。
カウンターにEが座っているのを見て、Xは声を上げました。
「あっ、こ、こんばんは、村長さん」
「ああ、すいちゃんさん、お会いしたかったんですよ」
「え?嬉しい!隣に座っていいですか?」
「もちろん、どうぞ」
XはいそいそとEの横に座り、肩に力の入った状態で
背筋を伸ばしました。
こころなしかXの化粧がいつもより入念で、
バーテンダーのUはちょっとハラハラしました。
「すいちゃんさん、
あなたの教えてくれた年表のおかげで、
頭の中の小石が取れましたよ。
今とてもすっきりしています。
夜もよく眠れるようになりました。
ありがとうございます」
Eが明るい顔で言うので、Xはドキドキしました。
「そ、そうなんですか?それは本当に良かったです」
「お礼に一杯おごりますよ。何がいいですか?」
「じゃあ、じゃあ、村長さんと同じ物を・・・」
「U、すいちゃんさんにも、マタドールをお願いします」
「はい」
その頃には、少しずつ『夜手帳の会』の皆が集まってきて、
それぞれの席に座ると、自分の手帳を書き始めます。
Uは、客席を回って注文を受け、少し忙しくなりました。
EとXは、同じグラスをカチンと合わせて、
少しずつ飲みながら手帳の話をしました。
「・・・小学生の頃から手帳を?すごいですね」
「ええ、書くことと文具が大好きで、気がついたら
ここまで来ちゃいました。何十冊もありますよ」
「そうですか。本当にお好きなんですね。
うちの生徒にも書き方を教えてあげたいです」
Xは、手帳をほめてもらい、有頂天になりました。
「子どもの頃の手帳、たくさんお見せしたいです。
あの、なんなら、家に来てもらっても構いません。
いくらでも参考にして欲しいっていうか・・・」
小耳にはさんだUは、ビクッとしました。
(す、すいちゃん、なんて大胆なんだ・・・)
Eは少し目を丸くしてXを見たあと、微笑みました。
「・・・いえ、私にではなく、子どもたちに授業で直接
レクチャーしてもらえます?
もちろん、すいちゃんさんのご都合にもよりますが」
「あ、えっと、・・・平日の授業はちょっと無理です。
あの、その、・・・そんな大きな話じゃなくて、
私が村長さんにお伝えして、
それを授業で生かしてもらえたら嬉しいなって・・・」
「なるほど。それもいいですね。
では来週の水曜、またここでコツなどを教えてください。
私も白い手帳を用意して、学ばせてもらいますから」
「あ、はい・・・」
「お礼が言いたくてお邪魔しました。
あなたの貴重な手帳時間を奪ってはいけないので、
今日はこの辺で失礼しますね」
Xに微笑んだ後、Eは自分のグラスを飲み終え、
「U、ご馳走様」と言って、店を出て行きました。
「はあ・・・村長さん、すてき・・・」
Xはため息とともにつぶやき、手帳に予定を書き始めます。
Uは、カウンターの奥からそっと小声で言いました。
「す、すいちゃん・・・。
うちの村長、超がつく愛妻家で有名なんですよ。
奥さん、すごくかわいくて美人だし・・・
村の女性はみんな、泣いて諦めてるんですよ」
UはXに諦めてもらおうと、少し話を盛りました。
「え、そうなんですか。うん、・・・そうですよね。
なんか私、石ころみたいに普通に見られてたし。
あーあ、脈無しか~」
Xはペンを置き、残りのマタドールを飲みました。
そして、ふっとUを見て、
「あら?Uさん、印象変わりました?」
と首をかしげます。
Uは(今、気づいたんかーい!オレも石ころかーい!)
と心で叫びつつ、
「ええ。髪型、変えました」と苦笑いしました。
ending music
YESTERDAY ONCE MORE - Carpenters
