小説です。「百輪村物語」の第三部です。

 

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登場人物名は、アルファベット表記です。

(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)

 

☆主人公は、村長のEと大工のDです。
 
【今回の登場人物たち】
S(ラーメン屋)      進 スタン
O(Sの妻・スタイリスト) 織江  オリーブ
 
E(村長&小学校教諭)  栄一  エデン
K(美容師・Eの妻)    加恵  カーラ
R(EとKの息子)    陸 ライアン(ジュニア)

 

今回の話に登場する

SとOの出会いの話は、こちらです。

(読まなくても大丈夫ですよ、たぶん。)

 

 

 

 

では、今回のお話をどうぞ。↓

 

見えない比率

 

 

  

 

「美味しかったよS、ごちそうさま」

 

百輪村の村長であり小学校の先生であるEは、

昼休みに村のラーメン屋に来ていました。

 

ラーメンを食べた後、店主のSに声をかけ、

再び学校に戻ろうとしていました。

 

するとカウンターの奥のSが、

「毎度。・・・あの!村長!」

と少し大きい声を出すので、Eは振り返りました。

 

「何だい?」

「あの・・・話したいことがあって・・・」

「いいよ。じゃあ、

 今日の放課後、学校に来てくれるかい?」

「えっと・・・17時ぐらいですか?」

「うん、それでいいよ。待ってるから」

 

授業を終えたEが子どもたちを下校させ、

学校の戸締りをほぼ終えたところで

ラーメン屋のSが校舎の入り口に現れました。

 

Eは微笑んで、教室の一つにSを招き入れます。

 

教室には4つの机がくっついておかれており、

SとEは斜め向かいになるように座りました。

 

「こうやって話すのは、君が村に来る前に

 面接をしたとき以来だね」

とEは言います。

 

「あ、はい。その節はどうも。

 この村に受け入れてくれて、ありがとうございます」

「いや、こちらこそ。

 君が来てくれたおかげで、村の皆が

 美味しいラーメンを食べられるようになったからね」

「・・・」

「・・・」

 

Sが話し始めるまで、Eはずっと待ちました。

 

「・・・こんなこと聞くのは、心苦しいんですが」

「うん」

「オレの妻のOと、どこまでの関係だったんですか」

「それが気になっているんだね?」

「はい」

 

 

 

  2

 

Sの妻のOは、十代の頃、

コチダ国の片隅にあるこの百輪村から出て、

隣のアチダ国に行き、

有能なスタイリストとして一旗上げたものの、

バブル崩壊で職がなくなりました。

 

そこで知り合ったラーメン屋のSもまた、

不況のあおりで青息吐息であり、

当時、恋人同士であったOとSは、

百輪村に来て結婚し、住居を構えたのでした。

 

 

「いつから気になっていたのかな?」

 

「まだアチダにいたときに

 Oが急に百輪村の名前を出して、

 『そこでラーメン屋を再開したらどうか』って言った時、

 なんか、ちょっと違和感があったんです。

 自分の村なのに、ためらっているような・・・。

 あなたにアポの電話をかけている時も、

 親しいような心苦しいような、

 そんな印象があって。何かあったのかな、って」

 

「そうなんだ」

 

「オレは、面接で、この村のやり方を聞いて、

 ここに住みたいってすぐに思ったんです。

 でも、一緒に話を聞いてたOはぐずっってて、

 『私もいいの?』ってあなたに尋ねていた。

 そのときあなたには、奥さんのKさんが横にいて、

 Kさんはお腹に赤ちゃんがいて・・・。

 ・・・なんかその、・・・モヤモヤしたんですよ。

 よくわからないけど、OとあなたとKさんに

 何かあったんじゃないか?って。

 Oが一旦この村を離れたことも、

 何か理由があったんじゃないかって・・・」

 

そこまで話すと、またSは黙り込みました。

 

「そのことを、Oに直接尋ねてみた?」

「聞けません。怖いです」

「怖いって?」

「ひょっとして、オレよりも、

 あなたの方が好きだったら・・・って思ったら」

「うーん・・・」

 

Eは目をつぶって、少し考えたようでした。

 

「今ちょっと想像してみたよ。

 もし、妻のKの心の中に他の男がいて、

 実はそっちの方が好きなんだとイメージしたら、

 確かに私の心の中は、少し波立つな」

 

「ですよね」

 

「でも、もしそうだったとしても、

 それを抱えてるKを丸ごと受け入れるよ」

 

「奥さんが浮気してても、許すってことですか?」

 

「浮気前提なの?」

 

「心の中に他の男がいたら、それは浮気でしょう?」 

 

「どうだろう。妻が内側に何を抱えてても、

 それは妻側の自由じゃないかな。

 いくら夫でも、私はそこまで束縛できないな」

 

「・・・それって、Oがあなたのことを考えてても、

 オレにあきらめろって、言いたいんですか?!」

 

「誰が何を考えても、

 別の誰かがそれを止める権利はないと思うよ」

 

 

Eが淡々と話すほど、Sの胸は怒りで膨らんでいきました。

 

「それは、あなたが当事者じゃないからだ!

 実際、Kさんの中には他の男の影なんかないでしょう。

 でも、Oの中には、ーーあなたがいるかもしれない。

 そんなオレの気持ちが、あなたにわかるわけがない!」

Sは机をバンと叩きました。

 

Eは、怒りで涙ぐんでいるSの顔をじっと見て、

静かに語ります。

「S。じゃあ、どうしたら、君の心が穏やかに戻るんだ?」

 

「・・・」

 

少し間を置いてから、Eは続けました。

「・・・私から言えばいいのか?

 『Oとは別に何もなかったよ』って。

 『私はOのことは何とも思ってない』って。

 それで君は、ほっとできる?

 あるいは、Oに同じようなことを言って欲しいのか?

 それを聞いたら、君は納得できるのか?」

 

「・・・納得?・・・できるか、わからない。

 オレが知りたいのは、本当のことなんだ。

 嘘や何かでごまかされたくないんだ」

 

祈るように組んだ手を額に当てて、

Sはうつむきました。

 

 

 

 

  3

 

ラーメン屋のSが黙り込んでしまったので、
村長のEは、自分の思っていることを伝えます。
 

「・・・話を聞いていて、私が今わかるのは、

 君がOをとても愛してるってことだ。

 Oの内側も外側も全部、

 自分のものにしたいんだろう?」

 

「そうなったら、安心できます」

 

「じゃあ反対に、Oが、

 『ラーメンのことを全部忘れて、自分だけを見て』

 って言ったら、そうできる?」

 

「え?それとこれとは、話が別ですよ!

 ラーメンの話なんか、

 一ミリも関係ないじゃないですか」

 

「思考するという点においては、同じだよ」

 

Eは静かに立ち上がり、

教卓の引出しから鉛筆と紙を一枚持って戻ってきました。

 

Sの前に座ると、さらさらと二つの円を描きます。

一つは真ん中で別れ、もう一つはただの丸。

 

「こっちの、半分の線が入ってるのが君の頭。

 まん丸の方がOの頭だと思って欲しい。

 

 君の頭の中には、

 ラーメンとOがフィフティフィフティで入っていて、

 それをOにはわかってもらいたい。

 

 でも、Oの中には百パーセント、

 自分だけが入っていて欲しいーー。

 それは、都合が良すぎないか?」

 

Sは、二つの円をじっと見て、つぶやきました。

「・・・オレのことだけを考えてるO?

 ・・・不自然だ」

 

Eは、うん、と頷きます。

「そうだね。

 もちろん君だって、ラーメンとOだけじゃないはずだ。

 ちょっとここに、君のいつも考えていることを

 円グラフにしてごらんよ。だいたいでいいから」

 

Eは、「私のはこうだよ」と例を示しました。 

村の運営、学校の子どもたち、家族、その他が、

一つの円の中におさまりました。

 

SはEから鉛筆をもらい、真似をして自分の円を描きます。

「あれ?オレ、Oより

 ラーメンの味変と店のことばかり考えてるかも」

 

「そうなんだ。

 じゃあ、今度はOの頭の中を想像してみて」

 

Sはまたひとつ丸を描いて、

Oの言動を振りかえりました。

「Oはいつもファッション雑誌を眺めていて、

 ひょっとしたら半分はそのことかも・・・。

 

 村の人の服装をどうするかばかり言ってて。

 あ、なんか新しいマニキュアが欲しいとか

 部屋の模様替えをしたいって、最近ぐちってるな。

 

 え?オレのことはどのくらいなんだ?

 30パーセントあれば御の字か?」

 

Sは頭をひねりながら、Oの頭の中を想像し、

円グラフをピザのように切り分けていきました。

 

出来上がったものは、

仕事(スタイリスト)、自分の容姿、家事、夫、その他。

 

Sは、妻の脳内の円グラフをまじまじと見ました。

そこには、自分の知らないOの世界が

広がっているようでした。

 

「君のことが百パーじゃないみたいだね。

 残念だったね」

と、Eが苦笑すると、Sもつられて口角があがります。

「なんだか、さっきまで考えてたのが、

 馬鹿らしくなりました」

 

「こういうことを考えているOのこと、嫌いになる?」

Eは、Sの描いたOの円グラフを指さします。

 

「いえ、そんなことないです。

 すみませんでした。

 頭がカッカしてて・・・オレ、ちょっと変でした」

少し冷静になれたSは、自分の後頭部を搔きました。

 

 

 

  4

 

Eは、気まずそうな様子のSに微笑みました。

 

 

「頭の中を円グラフで示すのは、授業でやったんだ。

 ついでにKに、

 これをやってもらったことがあってね」

 

「え?そうなんですか?それで?」

 

「そうしたら、90パーセント、ジュニアのことだった。

 夫の私は10パーセント以下だ。

 他の男に取られたよ。どう思う?」

 

それを聞いて、Sはふふっと笑います。

「でも、村長は、それでいいんですよね?」

「もちろんだよ。それでこそKなんだから」

 

Sは笑顔で立ち上がりました。「帰ります」

Eもまた「じゃあ、一緒に出ようか」と言いながら

立ち上がり、紙をまるめてゴミ箱へ入れ、

二人で校舎を出ます。Eがカギをかけました。

 

空はもう真っ暗で、星がまたたいています。

 

「じゃあまた明日。おやすみ、S」

と言って、Eは片手を挙げて去っていきました。

 

Sは手を振って、Eの背中を見送ります。

「さすが村長だなあ・・敵わないな・・・」

星を見上げながら、Sは小さく笑いました。

 

Sが家に帰ると、妻のOが怒っていました。

「どこ行ってたの?夕ご飯、冷めちゃったわよ」

「悪い。ちょっと村長と話してたから」

「ふーん、そう。お鍋、自分で温め直してね。

 食べたらお皿も洗ってね」

「うん、わかってるって」

Oは、ソファーに座って

ファッション雑誌を読み始めました。

 

Sは炊飯器からご飯をよそいながら、

さりげなくOに聞きました。

「Oってさ、・・・オレとどうして結婚したの?」

 

「えー?な~に?藪から棒に」

Oは雑誌から、赤らめた顔を上げます。

「私の大きな心の隙間を、ぜーんぶうめてくれたからよ」

 

Sは、しゃもじを持ったまま、うつむきました。

「・・・O、オレさ、

 自分がものすごく嫉妬深いって気づいたんだ。

 最近、Oが大きなため息でつまらない顔をしてるから、

 浮気してんのかと思って・・・。

 好きな男が出来たんじゃないかって・・・」

 

一瞬、きょとんとした後、Oは笑いました。

「あははは、浮気なんかするわけないじゃない。

 ひいきのファッション誌が廃刊になって

 がっかりしてただけよ」

 

「雑誌のこと?!」

「Sったら、嫉妬してたの?うふふっ、うれし~」

「・・・なんでそんなに喜んでるの?」

「だって、それだけ愛されてるってことじゃないの」

 

Oの言葉に、Sは台所にしゃがみ込みました。

「どうしたの?」

「なんてこった・・・穴があったら入りたい・・・」

 

 

 

一方、自宅に戻ってきたEが、玄関で奥に呼びかけます。

「K~、”10パーセント男”が帰ってきたよ~」

 

「あ~パパ~、おかいり~」

と、ジュニアがトトトトっと走ってきます。

 

「ただいま、ジュニア」

息子Rの頭を撫でるEのところに、

ふくれ面をする妻Kも玄関にやってきます。

 

「も~、またその話?

 ごめんなさい、って謝ったのに~~ぃ」

 

「ふふ、今日、たまたま円グラフを描いたら、

 つい思い出しちゃっただけだよ」

 

「ねえE、あなたの大事さが減ったわけじゃないのよ?

 ジュニアのことを

 気にかけることが増えちゃったからなのよ?」

 

もじもじと弁解するKの肩を、そっと抱きしめるE。

「わかってるよ。

 君の円が大きくなっただけだろう?」

 

 

 

 

 

 

ending music

 

アイノカタチ - MISIA