シリーズものの小説です。
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登場人物名は、アルファベット表記です。
【今回の登場人物】
E(バーテンダー&村長) 栄一 エデンD(大工) 大吾 デイビッドK(美容師) 加恵 カーラL(揚げ物屋) 蘭子 ルイーズ
見えない内面(E編)
1
「おはよう、K。今日もかわいいね」
いつものように起きてきたEが声をかけると、
ハムエッグを載せた皿を並べていたKは、
ふと手を止めて、何も言い返しませんでした。
「あれ?いつもなら、
おはようって返してくれるのになあ?」
と思いつつも、まあいいかと思い直し、
2人分のコーヒーを作り始めました。
お湯はすでにKが沸かしてあります。
Eは丁寧に豆を挽き、ドリップを始めます。
香ばしい匂いが立ち上り、
焼きあがったトーストに
溶けたバターの匂いとまじりあって、
朝の台所に静かなハーモニーを奏でます。
「いただきます」
と、Eがコーヒーを飲もうとしました。
ここまでは、いつものルーチンです。
Kがとうとう口を開きました。
「ねえ、E。お願いがあるの」
「ん?」
「もう、私のこと、かわいいって言うのをやめて!」
Eはコーヒーを吹き出しそうになりました。
「な、何を言ってるんだ?そ、それがお願い?」
「そうよ。ずっと・・・ずっと・・・言えなかったの」
「ずっとって・・・えっと、どのくらい前から?」
「いつから、とか、そこはどうだっていいの」
「・・・あ、はい」
Eは、マグカップを置いて、姿勢を正しました。
「じゃあ、どうして?」
「だって、それって・・・外側だけの話じゃない?
もっと、私の、内面を見て欲しいの」
「内面を・・・見る?」
Eの眉が少し寄りました。
言葉の意味はわかるのに、
どうしてそれが問題になるのか、
Eにはまだわかっていません。
「とにかく、もう、言わないで。それだけなの」
そう言って、Kはトーストにかぶりつきました。
もぐもぐと頬をふくらませて、咀嚼するKの姿を、
Eはしばらく見つめていました。
(内面って・・・どういうことなんだ?)
頭の中に疑問符が渦を巻きます。
それでもEの心の中では、別の感情が湧きます。
(トーストをほおばってるK、
リスみたいでかわいいんだけど。
いや、今それを言ったら怒られるよなあ・・・)
Kは美容室の仕事があるため、
すぐに家を出て行きました。
ひとり残されたEは、食卓の上を
ぼんやりと見つめていました。
仕事は午後から。朝の片付けは、Eの担当です。
スポンジで皿を洗いながら、
Eはふうっとため息をつきました。
(急にどうしたんだろう。わけがわからない・・・)
流れる水流とともに、思考が宙を泳ぎます。
(そうだ。悩みがあったら何でも言えって
Dが言ってたな・・・ちょっと相談してみようか)
皿を洗い終え、シンクの水を拭き取ります。
床の掃除も終えたあと、Eは小さくうなずきました。
「善は急げ、だな」
慌ただしく靴を履くと、玄関から飛び出しました。
2
Eは、Dの家のドアをノックしました。
「おーい、D。いるかい?」
「・・・んあ?」
寝ぼけまなこのDが、
髪をぐしゃぐしゃにしながら顔を出しました。
「E?朝っぱらからどうしたんだ?
今日はオフで、今まで寝てたんだけど・・・」
「ああ、ごめんごめん。
ちょっと、悩みがあって・・・」
「え、悩み?」
Dの目が一気に覚めました。
「お、おう、・・・入れ、入れ!」
戸惑いながらも、Eを家に招き入れるD。
内心ではかなり動揺していました。
(こんなこと、前代未聞だぞ・・・。
だいたい、Eが俺の家に来ること自体珍しいのに、
悩み相談だと?)
Dは、テーブルの上のごちゃついたものを、
床の端っこに移動しました。
(これは・・・よっぽどのことだな。
頭をはっきりさせないと・・・)
「ちょっと顔、洗ってくるから待っててくれ」
「ごめんよ・・・コーヒーでも作ろうか?」
「おお、頼む~」
Dが洗面所に向かうのを見送りながら、
Eはふと周囲を見渡しました。
(ここに入るの、初めてか・・・)
遠慮がちにきょろきょろと見回すと、
そこには”独身男性のリアルな暮らし”が
広がっていました。
脱ぎっぱなしの服。
乱雑にちらばる雑誌や小物。
部屋の隅にたまったほこり。
(・・・これは、時々様子を見に来た方がいいなあ)
少しだけ苦笑しながら、
Eは丁寧に豆を量り、お湯を沸かし始めました。
(ひょっとして、マグカップって、
1個しかないんじゃ・・・?)
そんな予感もありましたが、シンクをのぞくと、
たまった皿の中に、洗っていないマグが
3つほど積まれていました。
(ああ、あとでまとめて洗う派か)
Eは軽く納得し、それを水でざっとすすいでから、
コーヒーを2つ丁寧に用意しました。
「おまたせ~」
Dは、ちょっと石鹸の匂いをさせながら戻ってきて、
テーブルに着きました。
コーヒーをテーブルに運んできたEもまた、
その対面に座ります。
Eは本題に入る前に、少し別の話をします。
「・・・Dの部屋って、映画のポスターが
けっこう貼ってあるね。ファンなのかい?」
「ああ。映画が好きっていうのもあるんだけど、
こっちの女優と、あの女優なんかが俺のタイプ」
「そうなのか」女優二人の共通点を探したEは、
「太い眉で目に力がある女性?」と尋ねると、
「あ、・・・そう言われると、確かにそうだ。
ほー、気づかなかったなあ」と、
Dはポスターを眺め、感慨深そうな顔をしました。
その後、ハッとして
「いやいや、俺の話はいいんだって。
相談って、なんだ?」
と、DはEに話を向けました。
Eは、意を決したようにDを見つめました。
「実は今朝、Kに突然、自分のことを
もう”かわいい”って言うな、って言われたんだ」
「・・・え?・・・のろけ?」
「いや、違う。そういうやつじゃない。
Kは明らかに不機嫌だし、こっちは困ってるんだ」
「ふーん、そうか・・・」
Dは、熱いコーヒーをふーふーと冷ましてから、
飲み始めます。
「外側じゃなく、内面を見て欲しいって言われたんだ。
なんでそんなことを言いだしたのか、
わけがわからない」
「・・・内面ねえ」
Dは、目を丸くしました。
(いつものEはどこへ行ったんだ?
普段なら俺の方がこういう質問をしては、
Eが華麗に回答してくれる流れだろ?)
3
「かわいいものをかわいいと言ってはいけないのか?
D、どう思う?!」
Eは真剣な顔で、Dに訴えました。
Dは面食らいながらも、答えます。
「いや、それは・・・言っていいと思うぞ。うん」
「そうだよな。私は間違ってないよな」
「うん、うん。間違ってないぞ。ちっとも」
「なら、なんでだ。
ぼんやりした顔で三つ編みを編むK。
テレビを見て大笑いするK。
新しい服に照れるK。鍋を焦がすK。
どれを見ても、かわいいとしか言いようがないのに。
なぜなんだ?!」
「うん・・・お前もコーヒー飲め。落ち着け」
「・・・」
Eは声が徐々に大きくなっていた自分に気づき、
一旦ため息をついてから、
マグに入ったコーヒーを一口飲みました。
「お前は言いたいんだよな?何回でもさ。
それはわかったよ。でもさ、しつこいのかも?」
「・・・しつこい・・・?」
「なんちゅうか、こう・・・
お前が、店でカクテルを作るだろ?
そのたびに客が、”すごい”って
同じセリフだけを繰り返してたら、
嫌にならないかな・・・って」
「なるほど。語彙力の問題か。
かわいい以外に、愛らしい。魅力的。美しい。
チャーミング。麗しい。いとおしい。
可憐。愛嬌がある・・・」
「だからお前、それが、のろけっつーんだよ」
「のろけじゃない。事実だ」Eは真顔です。
「あ、そう。・・・で、内面がどうとかって?」
「そうだ、内面を見ろって言われたんだった。
Kの内面って、どう見るんだ?教えてくれ」
「いや、それ、お前の得意分野じゃねえの?
いつも、さくっと、何でも推理するじゃねえか」
「だいたいのことは、わかっているつもりだったが、
まだ知らない面があるようだ」
Eは、天井を見上げて、眉をひそめています。
Dは、頬杖をついて、Eに言いました。
「人を全部理解しようとするのは、
無理なんじゃねえかな?」
「・・・そうだな。自分自身のことだって、
理解できているのか、あやしいものな」
「俺のポスターみたいにな」
Dの言葉にEはふふっと笑って、ポスターを見ました。
「内側を表面化する方法があればいいが・・・」
「Kちゃん本人に聞くしかないんじゃねえ?
それか、詳しそうな別の人に聞いてみたら?
例えば、Lお婆さんとかさ」
「ああ、Lさん。女性に聞くのもいいな」
Eは、コーヒーを少し急ぎ気味に飲み干し、
椅子から立ち上がりました。
「早速、Lさんのところに行ってみるよ。
D、ごめん。休みだったのにおしかけて」
「いいって。役に立てなくてこっちこそすまん。
お前の話、けっこう楽しかったぞ」
「・・・話を聞いてもらうのって、
気持ちがいいものだな」
「Eはいつも、聞く側だものなあ。
俺で良かったら、また聞くからさ」
「ありがとう、D」
Eは自分の使ったマグカップを持って台所に行くと、
それを洗います。
「えー?なんだよ、そんなのほっといていいって」
「君の仕事をこれ以上増やしたくないから。じゃあまた」
Eはにこやかに手を振ると、外に出て行きました。
「このシンクの見た目も、俺の内面なのかねえ?」
Dは台所に立ち、ため息をつきました。
「ほったらかしてても誰も洗ってくれねえしな・・・
しゃあねえ、やるか」
と、山になった皿の下から
スポンジを引き出しました。
4
Dの家を出たEは、
Lお婆さんのお店に行きました。
Lは、村で揚げ物屋をしています。
「Lさん、こんにちは。
・・・ちょっと相談したいことがあるんですが」
「なんだい、深刻な顔をして。何かあったのかい?」
ここまで来ていながら、急に
(夫婦間の話を、人に話してもいいのだろうか?)
と、いまさらながらに気がついたEでしたが、
Lは二人の仲人で、親代わりでもあるので、
ここは思い切って話すことにしました。
「実はうちのKが、・・・外側だけじゃなく、
内面を見てくれって言うんですよ。
どうしたらいいのか、わからなくて。
毎日かわいいって言い続けていたら怒られました。
しつこかったんでしょうか?」
「かわいいって、毎日言ってたのかい?
それは日記にでも書いておきなよ」
「えっ?は、はい」
「言われて喜ぶ女性もいるけど、さすがに毎日じゃあね。
かえってバカにされてると思う人もいるかもよ」
「バカになんてしてません。
・・・でも、そう思わせてしまうなら
・・・至らぬことでした」
「それよりも、もっと別の所を見てあげたら?」
「そうですよね。・・・内面って・・・どう見れば?」
「それは行動にあらわれるんだよ。
行動をほめてあげたらいいよ。」
「・・・なるほど・・・」
「あとは、そうだねえ・・・」
Lお婆さんは、油からフライを網で持ち上げて、
トレイに移していきます。
「女はね、容姿が衰えたら、
男に捨てられるんじゃないかって不安があるんだよ、
全員とは言わないけどね。
もしも、自分がかわいくなくなったら・・・
とかって、思ったんじゃないのかねえ?」
「そんなこと!Kはきっと、
シニアになっても素敵ですよ、あなたのように」
「・・・あらあ、うまいこと言うね。
お礼にポテトを持ってきな。Kちゃんと仲良くね」
気を良くしたLお婆さんは、
フライドポテトをたくさん紙袋に入れて、
Eに渡してくれました。
Eはお礼を言って、家に帰ります。
フライドポテトは、昼食の副菜になりました。
それからのEは「かわいい」を言うのは止めて、
Kがやっていることーー
いつも洗濯物をたたんでくれてありがとう、やら、
好物の料理を作ってくれてうれしい、
などと言うようになりました。
また、「もし、心配しているのなら
言わせてもらうけど、
Kがどんな姿になっても、
君への愛は変わらないからね」
と言い添えました。
Kはハッとして、もじもじしながら、
「E・・・。あ、ありがとう・・・」
と照れていました。
ほどなくして、Eは
急に日記をつけるようになりました。
書きながら、いつも思い出し笑いをしている風です。
Kが興味を持ち、
「楽しそう。どんなことを書いているの?」
と首を伸ばしながら尋ねると、
Eは日記帳をササっと背中側に隠し、
「ふふふっ。僕の内面だよ」
と言って、微笑むのでした。
ending music
She - Elvis Costello