かつての「テレビっ子」世代だった私は、
食事の時間に、必ずテレビをつけたくなる。
「食事時間=テレビや録画を見る時間」
ということが、長年の習慣になってたし、
むしろ、マルチタスクで時短な自分を
内心でほめていたくらいだ。
が、昨日。
家族が留守の昼食時、
自分の食べるご飯を食卓に並べ、
さあリモコン、という手を、ふと止めた。
自問自答してみる。
「なんで、テレビをつけようとしたの?」
「だって、食事中は、目が暇だから」
「見たい番組とかあるの?」
「いや、ないけど・・・」
「目の前のごはんを見ればいいじゃない?」
ごはんを見ろ、だなんて、つまらないよ。
さっき焼いた、ただの目玉焼きに、
おとといの、小松菜ともやしの炒めものと、
昨夜の残りのピーマンの肉詰めでしょ・・・。
が、じーっと見ていたら、
半熟の黄身から白身にかけた醤油と、
肉詰めにかけたケチャップが、
なにやら、おいしそうに見えてきた。
箸を取って、食に集中した。
目玉焼きの縁のカリカリを目でなぞったり、
もやしのシャキシャキ音と歯ごたえを体感したり。
五感をすべて使ったら、
ふだんの食事がなんだか楽しかった。
きちんと食べた、という満足感もあった。
これまで、流れる画面を見るのに忙しく、
自分の口に入れているものが何なのか、
よくわかっていなかった。
例えるなら、魅力的な方(愛人)に現を抜かし、
より大事な方(本妻)を見落としてたのと、
同じなのではないか?と、ハッとした。
実のところ、「別にテレビが楽しいから」ではなく、
「食事を楽しもう」という意識が抜けてたから、
「食事中、目と耳が暇 → さしあたりテレビ」
という流れになっていたようだ。
これからは、もっともっと、
目の前の食事に専念してみるのも悪くないかも。
見たい番組があるなら録画して、
食事時間と視聴時間を
きちんと分けてみようか。