昨日、録画しておいた「ウチ、断捨離しました」を

見たせいか、昨夜は、断捨離の夢を見た。

(内容は黄色マーカー部分)

 

棚から、昔書いた育児日記が出てきて、

「ああ、こんなのを書いたなあ」と

パラパラめくったら、自分の字が

汚くて、2行も読めない。

 

頭の中で脳会議をした。

「これを娘にあげようか。記念で」

「いやこれ、だれも解読できないでしょう?

 そんなのを渡しても、かえって迷惑でしょ」

「そうだよねえ。いらないよねえ」

「じゃあ、捨てる?」

「うーん。捨てづらい。どうしよう」

 

・・・とここで、目が覚めた。

 

朝起きて、モーニングページに

夢の内容を詳細に書いた後、考えた。

 

もし、今、育児日記が出てきたら、

娘たちに渡すだろうか?と。

 

いや、たぶん、渡さない。

 

というか実際、とっくに、捨ててしまったし。(笑)

 

育児日記って、本当に自己満足の世界だ、と思う。

自分が書いていて、楽しいものなら、いい。

 

でも、私は、当時、それを書いていて、つらかった。

「あとで、娘たちに渡すものだから」と無理やり

美辞麗句を並べて、「かわいい、かわいい」と

噓八百書きまくってたからだ。

 

いや、子は可愛かったけども。それは横に置いて。

 

なんていうか、その脚色された日記では、

「しんどい。眠い。助けて」という心の叫びを

ぜんぜん書けなかったということが、

逆に想起されて、つらいんだ。

 

だから、私はそのノートを捨ててしまった。

捨てたことを、今も後悔してない。

当時のことは、覚えているから、もういい。

 

今書いているモーニングページも、

朝、頭に湧き上がってくる思考を全部出して、

書きなぐって、すっきりするためのものなので、

1冊書き終わったら、捨てる予定だ。

(これもまた、字が汚いので、捨てやすいし)

 

今の娘たちに渡すなら、上っ面の育児日記より、

娘たちの「推しのキャラ」をイラストで描いてあげると、

めちゃくちゃ喜ぶので、そっちでいいかな、と思う。てへぺろ

 

もし、育児の結果を見たいというのであれば、

今の娘たちを見ればいい。

自分の足跡を見たいというのであれば、

今の自分を見ればいい。

 

ただ、書くこと、描くことは好きなので、

書き散らしては捨てる、を今後も繰り返すけど。鉛筆

 

一応、読みやすいブログに残してるから、

悪筆な日記は捨てていい。

 

ブログもまた、何かの拍子で消えてしまったなら、

それもまた運命として受け入れよう。

 

そしたら、また、改めて、「今ここ」を書けばいいよ。音譜

 

書く、とは、すなわち、出して己を知るための作業なり

 

 

(いつもこんな調子なので、

娘たちには、「サバサバしすぎ」と言われている)あせる