娘を2人持つ母として、

彼女たちに失敗してほしくないので、

あれこれ口出しをしていたんだけども。

 

「失敗する自由」という言葉を知り、

目からうろこが落ちた。

 

ものすごく長い目で見て、

失敗によって本人が成長できるなら、

その機会や考え方を

奪ってはならないのだ、と気づいた。

 

例えば、エジソンはたくさんの失敗をしたが、

「どうせ失敗するだろうから、やめたら?」

なんて周囲が言ったら、発明はできない。

 

だれも「正解」を知らないのだから、

本人の答えは本人が試行錯誤するしかない。

 

私が見て「失敗だ」という事例でも、

娘から見て「成功だ」ということも

ありうるのだとしたら、

ますます口出しすることには意味がない。

 

そんなわけで手を放し、娘たちを
コントロールするのをやめたら、
自分の中に「失敗したくない怖れ」が
根強くあったことにも気づかされた。
 
気づきを得たら、自分自身に対して
「これからは、失敗したっていいよ。
 どんなことも経験になって
 自分自身を成長させてくれる。
 たとえ、最悪の結果になっても、
 また、来世で頑張ればいいよ(←オイ)」
と、捉えられるようになってきた。

 

もともとが慎重派なので、今後も

そんなに大きな失敗はしないはず。

 

いやそれより、行動をセーブしすぎてたことが

私にとってのこれまでの失敗だったかも。

 

どんな失敗であろうと、どれも経験。

 

もっともっと失敗を許すことによって、

己を解放していきたいなあ。

 

 

(ちなみに、うちの娘たちは大学生以上です。

 小さいお子さんの手は、

 どうぞ優しく握っててくださいね)