日曜は、ドイツ語の勉強を休む日。読書する。
手塚治虫の「MW ムウ」1巻と2巻を
長女から借りて、初めて読んだ。
人がたくさん、あっけなく死ぬ話だった。
(大人向け。おこちゃまは読んではいけません)
「手塚治虫は、もし漫画家ではなかったら、
何かをやらかしてたのでは?」と勝手に想像。
漫画で気づいたのは、女性の言葉遣いが美しいこと。
「また、お会いできまして?」
「どうかなさったの?気分でもお悪いの?」
「なにをぼんやりと考え込んでいらっしゃるの?」
「ここまできてお逃げになるの?」
「あの人の魅力のとりこになってしまいましたの」
「何をおっしゃるの。中傷はやめてくださいな」
「あのう失礼ですが〇〇さんじゃありませんこと?」
「洗面所はどちらでしょう」「そこの右でございます」
「恐ろしゅうございますわね」
「ご安心あそばせ」 などなど。
こんな素敵な言葉遣いは、日本から消えたかも。
長女にその感想を伝えたら、
「亭主関白(時代)の言葉だね」と言った。
なるほど。言葉に縛られる側面もあるということか。
上記のセリフを声に出して読むと、なにやら
背骨がグニャグニャ、なよなよする私がいる。
そのあと、武田双雲の本を見ながら、字の練習。
美しい手書き文字は、内容に関係なく見入ってしまう。
夜は、「偶然短歌」を読む。
ウィキペディアの文章から、53577の文を
機械的にプログラミングで抜き取った偶然の短歌集。
意外なところに短歌のリズムがひそんでいて、面白い。
「フクロウが鳴くと明日は晴れるので洗濯物を干せという意味」
「新宿区西新宿と大阪市北区梅田と名古屋市中区」
こんなのを抽出するプログラムを作れるなんて、すごいわ。
子供の頃は、ただ5音と7音を組み合わせればいいのでは?
と、短歌や俳句をなめて考えていたが、大人になって、
「形だけ57577にしても、感動作になるわけではない」
ということを知ることが出来て、いい勉強になった。
特に意識してはいなかったが、
日本語の言葉、文字、リズムを堪能した一日となる。
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今回の教科書。
