「教誨師」を読了した。
| 教誨師 (講談社文庫) [ 堀川 惠子 ]
777円
楽天 |
独房で過ごす死刑囚に、自由に会える民間人の
教誨師は、主に宗教を述べ伝える仕事をしている。
仏教、キリスト教、さまざまな宗派の中から、
死刑囚は教誨師を指定できるらしい。
*******
この本で勉強になったこと。
1. たった一言で、人は人を傷つけたり、
癒やしたり、励ましたりできる。言葉の重みを学ぶ。
2. 罪をおかすかおかさないかは、紙一重。
「あんなやつ、死刑になればいい」とか
「本人が悪いことをしたんだから、しょうがない」なんて、
もう軽々しく言えなくなった。
3. 「絞首刑」をいまだにしているのは、
先進国では日本だけ。
裁く人と執行する人の精神的負担は、雲泥の差。
4. 死刑制度は、誰も幸せにしない。
5. 説くことよりも、「聴く」ことが大切。
6.「空(くう)」の大切さ。
*******
一番びっくりしたのは、仏教の教誨師の言葉で、
「われわれの言う救いというのは、
心の救いであって、命が助かるという意味じゃない。
阿弥陀様に抱かれていく救いということですから」
などという趣旨のものが書かれていたとき。
「命の救いではなく、心の救い」
イコール「阿弥陀様に抱かれる」ということ。
ということは、「浄土」というのは、
「死後、天国とか極楽へ行くこと」ではなくて、
「存命中に、心が救われてる状態」を指すのではないか、
ということに気づいた。
また、最近、断捨離のTV番組を見ているのだが、
やましたひでこさんが、「空間を作らないと」と、
片付けに悩む相談者に説明しているシーンを見て、
「空(くう)」とは「空間」であり、
心に空間(余裕)があること=浄土、なのではないか、
と、気付かされた。
つまり、心の空間(=浄土)をつくるためには、
心のゴミを捨てること、整理整頓すること。
そして、傾聴は、相手の心に余裕をつくるんだ。
私は今後、家族の話をきちんと聞こう、と、思った。
心のゴミを吸い出す掃除機のような人になりたい。
↑
部屋も心も、お掃除しよう。きれいに、さっぱりと。
