朝、次女とテレビを見ていたときのこと。

 

「『よろしく哀愁』という歌は、

 昔、田原俊彦が歌っていたよ」

と私が言ったあと、テロップで

『郷ひろみ』の歌と出たので、

自分の間違いに気づいた。

 

すぐさま「あ、間違えた。ごめん」

と謝ったら、次女も気にしておらず、

「郷ひろみ、知ってる~」と言い、話は終わった。

 

が、私の脳みそは、まだ考え続けた。

 

なんで間違えたんだろう。

絶対に、田原俊彦だと思ったのに。

わかった、『哀愁でいと』と勘違いしたんだ。

 

ネットの歌詞検索にて

哀愁のつく歌を調べたら、173曲(カバー曲含む)と

出てきたので、まあ、間違えるのも仕方ないか。

 

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それにしても、前回記事の「ワカメ事件」といい、

どうも私は自分のうろ覚えを

断定的に人に話す癖がある。

 

でもって、それが間違いだとわかると、

「穴があったら入りたい」気持ちMAXになるし、

間違えた自分を責め続ける自分も出てくる。

 

脳内で、失敗で凹みまくりの赤コーナーと

間違えた責任を追求する青コーナーで、

一方的なプロレス試合をやってしまう。

 

なので、そこへ、レフェリー役の自分を

出現させて試合に割って入り、

「はいはい、両者、コーナーに戻って~」

と両手を広げて、落ち着かせる。

 

「誰にでも間違いはありますよね。

 まあ、自分が正しいと思うときほど、

 よほど注意したほうがいいですよ、

 中間に立つレフェリーの私もだけどね」

 

そのように、場を収めると、

失敗を恐れていた赤コーナー側が、

「断定口調を抑えて、『~かも』と言おうかな」

と、今後の対策を打ち出し、

責め続けていた青コーナー側の私も、

「こんなくだらない内容で、

 激しく責めちゃって、ごめんね」と言う。

 

ここまでイメージすると、

やっと脳みその中が穏やかになる。

脳内プロレスの試合終了で、

身体の緊張もほぐれた。

 

 

この、MY脳内イメージの一連の流れを

「哀愁プロレス」と勝手に命名し、

開催回数を減らすよう注意しようと思った。

 

レフェリーの判定は、中立でお願いします。