朝、次女とテレビを見ていたときのこと。
「『よろしく哀愁』という歌は、
昔、田原俊彦が歌っていたよ」
と私が言ったあと、テロップで
『郷ひろみ』の歌と出たので、
自分の間違いに気づいた。
すぐさま「あ、間違えた。ごめん」
と謝ったら、次女も気にしておらず、
「郷ひろみ、知ってる~」と言い、話は終わった。
が、私の脳みそは、まだ考え続けた。
なんで間違えたんだろう。
絶対に、田原俊彦だと思ったのに。
わかった、『哀愁でいと』と勘違いしたんだ。
ネットの歌詞検索にて
哀愁のつく歌を調べたら、173曲(カバー曲含む)と
出てきたので、まあ、間違えるのも仕方ないか。
*******
それにしても、前回記事の「ワカメ事件」といい、
どうも私は自分のうろ覚えを
断定的に人に話す癖がある。
でもって、それが間違いだとわかると、
「穴があったら入りたい」気持ちMAXになるし、
間違えた自分を責め続ける自分も出てくる。
脳内で、失敗で凹みまくりの赤コーナーと
間違えた責任を追求する青コーナーで、
一方的なプロレス試合をやってしまう。
なので、そこへ、レフェリー役の自分を
出現させて試合に割って入り、
「はいはい、両者、コーナーに戻って~」
と両手を広げて、落ち着かせる。
「誰にでも間違いはありますよね。
まあ、自分が正しいと思うときほど、
よほど注意したほうがいいですよ、
中間に立つレフェリーの私もだけどね」
そのように、場を収めると、
失敗を恐れていた赤コーナー側が、
「断定口調を抑えて、『~かも』と言おうかな」
と、今後の対策を打ち出し、
責め続けていた青コーナー側の私も、
「こんなくだらない内容で、
激しく責めちゃって、ごめんね」と言う。
ここまでイメージすると、
やっと脳みその中が穏やかになる。
脳内プロレスの試合終了で、
身体の緊張もほぐれた。
この、MY脳内イメージの一連の流れを
「哀愁プロレス」と勝手に命名し、
開催回数を減らすよう注意しようと思った。
↑
レフェリーの判定は、中立でお願いします。
