子どものころから、

学習雑誌についてきた

紙製の付録を組み立てるのが

大好きな私だった。

 

自分の付録、弟たちの分もやり、

さらに、おとなになってからは

娘たちのものも。

 

車が坂道を走り下りてくるのとか、

輪ゴムを的に当てる基地みたいのとか、

合体やら変形やらするロボットや、

キャラクターのお店屋さんとか、

カバン、筆箱、その他色々。

 

作り方を見本にして組み立てていくと、

平たい厚紙から立体が完成する。

 

これを設計した人は

天才やなあ、といつも感心していた。

 

・・・と、ここまでは、前振り。

 

 

もうひとつ、驚いたのが、

工作で車を作っている時に、

「ワッシャー」という

ドーナッツ状の輪っかがあった。

 

「タイヤ4つのそれぞれに、

 なんでこんなのをつけなくちゃ

 ならないのだろう?」

と疑問に思って、それを使わずに、

一旦組み立ててみた。

 

すると、出来あがった車は、

タイヤが回らなかった。走らない。

 

「え?」と思って、また分解して、

ワッシャーを取り付けたら、

今度はタイヤがちゃんと回って

車がスイスイ動くようになったので、

「す、すごいなあ、ワッシャーは」

と、大いに感心したのだった。

 

とるに足らないような

小さな部品のようなんだけど、

それがなくなった途端、

本体が使い物にならなくなるのだ。

 

だから、なに一つとして、

無駄なものは無いんだな、と思った。

 

 

よく、会社とかで、部署をなくしたり、

人員整理するリストラがある。

 

それって、あなたの会社の

ワッシャー的な存在じゃないの?

大丈夫なの?とか、思ってしまう。

 

この3月末で、うちの部署の一人が

延長を切られて去っていく予定だ。

 

彼の仕事は倉庫番、

いわゆる縁の下の力持ちで、

とても大事なのだと思うのだが、

会社は彼を、もう使わないという。

 

そして、もう後任を入れないので、

残った人間たちが手分けして、

その仕事を補わねばならない。

 

残りがいるから大丈夫、

パット見、要らないだろう、

などと思って、外科手術のように、

さくさく切り落としていいのか。

 

車ひとつ、冷蔵庫ひとつとっても、

小さな部品たちで成り立っているのに。

 

外側のボディさえ保ってればいい、

という考え方でワッシャーを捨てる時、

そのボディさえ、無用の長物になる。

 

それに気づかない社長は、

会社そのものを

ダメにするんじゃないかなあ、

と、一人のパート社員である私は、

ぼんやり考えている。

 

 

1つのドットが、大きな仕事をしている。

 

 

 

***追記***

 

今日のネットニュースで驚いた。

これ以上大切な部品が欠けることのないよう、

美しく装っている外側をガッツリ開いて、

中身を確認しないといけないと思う。

ご冥福をお祈りいたします。