先日、美容院で目にした女性誌に、
「コレステロールに善も悪もない」
と書いてあって、目から鱗だった。
(詳しいことは、このサイトにもあり。
この記事で書きたいのは
詳しいコレステロールの話ではないので、
気になる方は、上のリンクを読んで下さい。)
それから、最近読んでいる本
「アドラー心理学」(by 岸見一郎)に、
こんな記述もあった。
ギリシャ語では「善い」や「善」は
正義ではなく、「ためになる」の意味で、
「悪い」や「悪」は、不正ではなく
「ためにならない」の意味だ、と。
これもまた、私のこれまでの価値観を
おおいに揺さぶってくれた。
「正義こそが善」だと思ってたが、実は、
「善か悪か」は主観的な見方であって、
絶対的ではない、ということだ。
立場が変われば、ひっくりかえる。
「ためになる」「ためにならない」も、
本当に個人的な捉え方にすぎない。
Aさんにとっての善は、
Bさんにとっての悪にもなるし、
Cさんにとって「ためになる」ことは、
Dさんにとっては「ためにならない」。
日本では「善」とか「ためになる」ことも、
他国にとってはそうではないこともある。
スピでいうところの、
「世の中には善も悪もない」とか、
「全てがニュートラルだから
絶対的な尺度はない」って、
こういうことなんだな、と腑に落ちた。
巷では様々な情報が氾濫していて、
「これが絶対によい」などとうたうけど、
全員に当てはまるわけじゃない。
私が「これが人類の平和のありかただ」って
一冊の本が出来るくらい考えたとしても、
「そんな生き方やルールは、やだ~」
って言う人は、絶対に出てくる。
だったら、もう、
「全体に当てはまるはずだ」と思うような
案なんて、捨ててしまったほうがいい。
考える時間が、もったいない。
全体主義なんて、飛んでいけ。
もう、幸せになる方法は、
個々人によるマイ・ルールだけでいい。
誰にも迷惑がかからない範囲(←大事)で、
自分だけの
「善」や「ためになる」を揃えよう。
結局、私が「これはいい!」と思う情報は、
全部私にとっての「ためになること」だ。
「ためにならないこと」は、スルーしてる。
そうして、私は生きている。
でもって、それは、どの人も同じ。
だから、自分の価値観こそが
世界で一番最高だなんて思わないようにしよう。
無理に均一化したり二値的にするのではなく、
お互いの価値観を尊重できたらいいね。
↑
好きにレイアウトした、現在のマイ・ルーム。
ピンクすぎて悪趣味、って思う人もいるかもね。
