昨日の記事で、
「心の中に沈殿するものを
かき混ぜるマドラーには注意したい」
って書いたけど、
そもそも、どうして自分は、
心をかき乱されるのが嫌なのだろう。
沈殿したものと、上澄みが
きれいに分離されている状態って、
とっても美しいのだけれど、
それって、心の仮死状態と同じ?
これでもか、っていうくらい
ガチャガチャかき回して生きてる人を見ると、
大変そうではあるものの、それはそれで、
確かに生き生きしているようにも見える。
でも、私は、そんな人生をやってみたい、
などとは思えない。
疲れるし、面倒くさいし、痛いのもイヤ。
心おだやか~な状態が好きなんだ。
これはもう、好みの問題だけど。
固形部分と液体部分が
多少は揺れ動いて、
濁りが下方でほわほわ舞い上がり、
でも10分後には戻るくらいの
乱れで、十分、お腹いっぱい。
だから、
過激な表現の映画鑑賞とか、
超絶叫マシーンに乗るとか、
激辛カレーに挑戦するとかは、
出来る限り、近づかないようにしてる。
この広い世の中には、
どんどん刺激を欲する人もいてもいいし、
ほんのちょっぴりのスパイスで
十分満足する人間がいてもいいよね。
「そんな刺激のない人生でいいの?」
「いいんです。これがマイベストなんです」
・・・って、前にも似たようなこと書いた気がするぞ。
でも、気にしないで、何回でも書いちゃおう。
書きたい時に書きたいことを書いて、すっきりしたい。
ブログは、自分のための一里塚だから。
そうか。たぶん、心が乱れたからだ。
「こんな刺激のない生活でいいの?」
って、自分の中で声がしたから、
私はブログで反論しているのだ。
そうして、心を落ち着かせているんだな。
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こんなピンチは、ネットゲーム上でも、あまり好きではない。
