仏教の勉強をちょこちょこやっている。

 

その合間に、いろんな人のブログを見たら、

「ああ、この人はいいこと書いてる」とか

「ちょっと違うんじゃないか」とか

「煩悩まみれやなあ」とか、

様々な思いが浮かんだ。

 

でも、そんな自分を振り返ると、

さっき仏教で覚えたモノサシを使って、

他人のブログの内容を、自分勝手に

ジャッジしていることに気付かされる。

 

仏教って、そんな使い方のためにあるのかな?

 

違うよなあ。だって究極は、

「こだわるな」ということだし。

 

人がどんなブログを書こうと自由だし、

私がそれについてどんな感想を抱こうと

それもまた、自由。

こだわらない、こだわりすぎない。

みんな違って、みんないい。

 

ただ、そういう

自分と相手の互いの自由を尊重するなかで、

もし、仏教の教えを使うとするのなら?

 

「自分は今、どういう気持なのか」

「どういう考えを持ったのか」

「それで、どう行動しようとしてる(した)のか」

という、自分自身を観察するためにある。

 

少なくとも、これからの私は、

自分勝手なモノサシとジャッジで、

他者の気持ちを踏みにじったり、

批判したり、バカにしたりするような

言動は、本当に控えたいと思う。

 

自分の動機を見る、

どう行動したいと思っているのかを見る、

相手を傷つける面はないかチェックする、

吟味した上で行動する、

というように、

まずは己をじっくり観察すること。

 

それを仏教で学んだばかりだ。

 

まず、自分の中を見よう。

話はそこからだ。

 

ハリネズミくん、そのモノサシで、何を測るんだい?