「下坐」という言葉を最近覚えた。
「自分を人よりも低いところに身を置くこと」
という意味らしい。
でも、それだったら、自分が若い頃に、
「どうせ自分なんて・・・」とクヨクヨ考えてた時と
そう変わらないんじゃないか?と疑問。
でも、やっぱり、両者は根本的に違うようだ。
どのあたりが違うんだろうか。
分析してみたら、答えがでた。
一番の違いは、
「自己肯定感」があるかないかだと思う。
卑下しているときは、自己肯定感が低い。
下坐にいるときは、不思議と、それが高い。
どうして自己肯定感が強いのだろうか。
なんというか、そこには、
神仏に生かしていただいている感じ、
自分が存在することにお墨付きを
もらってるような感じがする。
そうなると、下坐だろうがどこだろうが
自分の立ち位置にこだわりがなくなるんだ。
この揺るがない「自己肯定感」が、
私にとっては「お光さま(おひかりさま)」
のような気がする。
いや、「お光さま」のおかげで、
「肯定感」が守られている感じかなあ。
ありがたや、ありがたや。
家族のために家事を楽しくやろう、
それが、私の喜び。
もう、かつての卑下は、微塵もない。
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いっぱい働くと、お腹が減る。
お腹が満たされたら、また動こう。
