パート先で、仕事中に、
お菓子をやり取りすることがある。
最初はもらってばっかりだったので、
だんだん申し訳ないと思い、
自分もちょこちょこ買っては、
周囲に配るようになった。
お昼の一時間前になると
おなかが鳴りそう(or実際に鳴る)。
そんなときに、チョコのひとかけ、
クッキーを一枚など、ほんの少し食べると、
腹の虫がおさまるので、ありがたい。
で、いただいても手を付けなかったもの、
配り終えても数が余り手元に残ったもの、
明日配るためにスーパーで買ったものを、
家に持ち帰ることがある。
すると、娘たちが、
見たことのないお菓子に目をつけ、
「おいしそう。どうしたの?」
と、言ってくる。
私はそこで
「これは会社でもらったのだよ」
「会社で配ってあまったやつだよ」
「これから会社で配るものだよ」
などと、説明すると、
娘たちは「そっか」と言って、手を付けない。
もしその説明が
「ママの(お菓子)だよ」と言えば、
「ちょうだい」と言ってくるだろう。
けれど、「会社の」という言葉をつけると、
とたんに娘たちは遠慮する。
その流れを
私は無意識にわかっていて、
あえて「ママの」と言わずに、
「会社の」という言葉を
選んでいるのかもしれない。
"「会社の」=「食べるな」”が、お互いの、
暗黙の了解になっているような感じがする。
今朝の話。
台所のカウンターに置いてある
個包装のチョコレートを長女が見つけて、
「おいしそう」と言った。
私は反射的に
「昨日、会社から持ってきた」と返事した。
「じゃ、いい」と、長女が踵を返したときに、
私は、ハッと気づかされた。
明らかに私の意識が
「これ美味しかったんだよな。
まだ私が食べたいんだよね」と
一瞬考えてからの、セリフだったことに。
長女にもっていかれるのは嫌だ、というガードが、
私に「会社の」と言わしめている。
要するに、「会社の」と言いながら、
本当は「私のだから、取るな」という意味なんだ。
表面上、使っている主語は違うけど、
これは形を変えた、語り手の執着なんだ!
私だけじゃなく、世の中には、そうやって、
きれいごとの主語を使って、
自分自身の執着を隠すことがある。
「世間がゆるさない」とか
「日本のためにならない」とか
「これは我が国のモノだ」とか・・・。
意識して使っているときと、
無意識で使っているときがあるが、
いづれにしても、
それを言う人間の執着ということか。
うおお~。壮大な気づきを得たぞ。
主語をうのみにしないよう、気を付けよう。
だってそれは、
隠れ蓑にすぎないことがほとんどだから。
いいこと教えてくれてありがとう、長女。
チョコ、どうぞ。