前々から「お前は気が利かない」と
しょっちゅう人に言われていた私。
でも、どうやって行えばいいのか、
正直、さっぱりわからなかった。
良かれと思って行動すると、
たいてい的を外し、人に怒られた。
人によって、してほしい要求が違うから、
それを全部かなえてあげるのは無理だ。
どだい、ムリなんだから、
「気を利かす人間になんかなるもんか」とさえ思った。
が、最近になって、少し見えてきたことがある。
自分本位で考えていると、
相手に気を利かすことはできないのだ、と。
これまでの私は、相手のために、と考えながらも、
実は、自分中心に物事を考えていた。
「私だったらこうされると嬉しいんだけどな」
という考え方は、あまり役に立たなかった。
だって私は基本、「かまってほしくない」だったので、
「この人もかまってほしくないだろうな」と
決めつけてアクションをしなかったんだ。
また、
「ひょっとすると、こうしたら、人は喜ぶかも」
と漠然と気づいていたりしても、
「うーん、面倒だから、やっぱりやめよう」
と、控えることが多かった。
どうしてほしいかわからないから、やらない。
たぶん、やってほしくないだろうから、やらない。
やってほしいだろうと、わかってても、やらない。
私は、いつも、ノーアクションだったわけで。
それじゃあ、「気が利かない」と言われても、当然だ。
そんな自分が、少しずつ変わってきた。
世間的に見て、気が利くアクションか、そうでないか、
ということを、もはや、一切、考えなくなった。
それよりも、
「自分は、今、社会的に貢献している人間かどうか」を
目安にするようになった。
貢献している、などと書くと、これまた大げさだが、
「人当たりの良い雰囲気でいるかどうか」ということだ。
むっつり顔をしないで、少し微笑んでいる、とか、
たわいのないことを、気軽に話しかける、とか、
歩道に邪魔な石があれば拾ってわきに置く、とか。
まあ、ぶっちゃけ、
「ちょっぴり善人のふり」をしているんだ。
そうしていると、あら不思議、
無理に「気を利かせたような行動」をしなくても、
人は私に文句を言わないのだ。
気を利かせる必要なんかいらない!
人の要求に合わせる必要もない!(←キッパリ!)
私は、自分の要求である
「見た目、プチ善人でいよう」を心がけるのみ。
そうしていれば、私は、
かなりハッピーでいられるということを発見した。
「気が利かない」と言われている方がいらっしゃいましたら、
どうぞ、おためしあれ。