(昨日のブログの続き)


自分の生き方の迷いが消えた。

「こうしたい」と自分が思う最善を

相手に尽くせばいい、と決めたから。


けれど、最近、新たな疑問発生。

尽くすだけでは、相手は満足しないらしい。


たとえば、怪我をした人がいたとして、

「痛い」または「痛くない」と訴えてくる。

で、私が、治療に専念しようとすると、

「冷たい人だ」といわれる感じ。・・・何で?


そこから、共感力を勉強し始めた。

(私のことを「冷たい人」と言うのは個人の感想なので、

 それはそれでかまわないが、

 なぜ「冷たい」と感じるのかが、わからない。)


いろいろと本を読んでみて、わかったのは、

私が考える最善のアウトプットよりも先ず、

別のものを相手は欲しがっているようだった。


「痛い」と相手が言ったら、「そうか、痛いのね」と答え、

「痛くない」と言うなら、「そうか、痛くないのね」

と、答えて欲しいという

寄り添いの気持ちを、人はまず要求するらしい。


治療よりも、鸚鵡返しを欲しがる?

それが、共感力というものなの?


でも、相手の喜ぶ鸚鵡返しで、たくさん失敗してきた私だ。

どこが違うのか。


これまでの出来事と、本当の共感力の違いを、

分析してみることにした。


今までの失敗は、

「あなたが好きよ」といわれたら、

「私もあなたが好きよ」と答えるイメージであった。

(好きではなくても、相手に合わせてた。

 嘘を言ってた!)


けれど、(私が勉強したところの)共感力のほうは、

「あなたが好きよ」といわれたら、

「そう。あなたは私が好きなのね?」と

相手の言葉や思いを確認する(聞き返す)形のようだ。


期待するものを出してあげる、のではなく、

「素朴なミラーになってあげる」という感じだろうか。


それって、共感力、って呼んで、いいのかなあ?

むしろ、反射力、って感じなんですけど。


共感力については、まだちょっとわからないが、

とにかく、少し明確になったのは、

自分や人に嘘をつかない(安易に迎合しない)ことが

大切なんだろうなと思う。


あと、相手の意見を、

曇りのない心で聞き取る力が、共感力かも。


勉強なう。