以前は、人の顔をおぼえるのが苦手であった。


けれど、よくよく考えてみれば、覚える以前に、

人の顔をまったく見ていなかった。


目が合えば、私を責める人が周りにいた。

「どうして、あなたって、そうなの?!」

と、私の存在やあり方を否定する人がいた。


黙ってうつむいて、その場をやり過ごす技を覚えた。

その癖が、ずっと抜けなかった。


*****


長い間、周りがすべて

怖い人たちのように感じていた。


隙を見せたとたん襲ってくるゾンビたちに

囲まれている気がして、いつもおびえていた。


けれど、立ち向かう勇気を出して、背筋を伸ばす。


「これが私なの!」と胸を張って言おうと決意した。


さあ言うぞ、と、立ち上がった拍子に、

手元のスイッチがOFFになった。

ゾンビが、うそのように消えた。


まるで、プラネタリウムの星々のよう。

無数のゾンビを映し出す恐怖スイッチを切って、

会場の電気をつければ、そこにあるのは、

ただの白いスクリーンと、

私専用の客席ひとつだけ・・・。


いまいましい恐怖スイッチを、床にたたきつけた。


そして、このゾンビ・プラネタリウムに

二度と入らないことを誓った。


*****


私は、外に出る。歩く。人を見る。

改めて、周囲の人たちの顔を、しげしげと眺めた。


「この人は、こんな顔をしていたのか・・・」


ふと、目線が合う。

すると、その人は、笑顔を向けてくる。

だから、こちらも自然と笑顔になった。

相手は、さらに笑顔になった。

私はうれしくて、もっともっと笑顔になる。


相手を見る、そして、微笑む。


それだけで、笑顔が乗数となって、膨らんだ。


周りには、もはや、善人しかいない!


私は、恐怖から解放されたのだ!!


*****


実は、あのプラネタリウムにいたときも、

今も、なにも変わってはいない。


私はずっと同じ場所にいる。


そして、自分の顔を見ているのだ。鏡の前で。