建前と本音で悩む人がいる。
本当は本音を言いたいのに、
建前的な発言をしてしまうから苦しい、と。
そして、どっちが本当の自分なのか、
わからなくなってしまう、と。
(というか、これは、かつての自分の姿だが。)
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ここから下は
今の私の個人的な意見だが、
建前の意見と、本音の意見、
両方とも本人のものだから、
どっちも「本当の自分」だと思う。
つまり、自分自身の中に、
いくつかの選択肢があって、
外に出した意見を、建前と呼び、
外に出さなかった意見を、本音と
名づけているのではないか?
表に出したいA案とB案が頭にあって、
本当は相手にBと言いたいけど、
諸事情から「泣く泣く」
Bをあきらめて、Aと答えるパターンがある。
実は、Aを言おうが、Bを言おうが、
そんなことは問題ではない。
むしろ、「泣く泣く」というところにこだわって、
A案を言ったその後いつまでも
「やっぱりBと言えばよかった」
と、うじうじしているから、苦しいのだろう。
今の私は、
Aの意見もBの意見も、
自分の中にあるなら、
ひっくるめて、全部自分の考えとする。
だから、どっちが本当かとは、もう悩まない。
発言する前に、
Aを言うかBを言うかまず考え、
どちらも都合が悪そうなら
AとBの折衷案がないかを模索し、
それでもダメなら
AでもBでもない、まったく新しいCの案を
生み出したいと思う。
そうして出揃った
A,B,AB折衷案、Cの4つのうち、
どれを出すのが自分にとってベストかを
じっくり考えてから、最終的な答えを外に出す。
こんなプロセスをたどるので、
人と比べて私は答えを出すのがとても遅いが、
「あのとき、○案にしておけば・・・」
と悩むのは、割と少ない。
人によって、案の出し方は違うだろうけど、
私は後々悩まないで済むような生き方をしたい。
長々と後悔するのは、私には、しんどい。
あとで悩むのではなく、先に熟考して、楽になりたい。
そうして考えて出した案(ファイナルアンサー)は、
私にとって、建前(表に出したもの)でもあり
本音(自分にとってのベスト案)だと思う。
ファイナルアンサーが、
都合の悪い結果を生んだら、
そんときゃ、また、次の手を考えりゃいい。