私にとっての心の地獄は、

「何をやっても無意味」と感じて、

とつぜん無気力感におそわれることだ。


そこにおちこみそうになったときは、

強く気持ちをふるいたたせて

しっかり大地を踏みしめる方角へ、

ハンドルを切り返す。


他の人は、それぞれ別の種類の

地獄を持っているかもしれない。


はまりこまないよう、お互いに気をつけたいね。


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・・・という記事を、書こうと思った日のこと。


朝、玄関の土ぼこりが気になったので、

パソコンに向かってブログを書く前に、

すぐさま、玄関をほうきで掃くことにした。


ごみを集めて、ちりとりで取っているとき、

ふと心の奥から

「これ(掃除)って、意味のあること?」

と、疑問に思う声がした。


「意味は、・・・ないねぇ。

 でも、やりたいから、やっているだけだよ」

と、私が答えると、心の声は、すぐに消えた。


このやりとりをして、はっと気づかされた。


「玄関掃除をすると、玄関がきれいになる、

 そうすると、気持ちがいいぞ」

などというのは、あとづけの理由だ。

理由はあとから、いくらでも考えることができる。


じゃあ、すべて、無意味なのだろうか。

うん、無意味かもしれない。


じゃあ、なぜ、意味をつけようとするのか?


・・・というか、いちばん良くなかったのは、

「無意味=悪いこと」という思い込みではないか?!


「意味がある=良いこと。意味がない=悪いこと」か?


違う。

そもそも、「良いか悪いか」で

考えるから、気分が悪くなるのだ。


意味があったって、なくたって、いいじゃないか。

やりたいことをやればいいんだ。

やりたくないことはやらなくていいんだ。


意味があるのかないのか、を考えなくなったら、

「無意味地獄」へは、

たぶん、もう行かないだろうと思う。


私の中の地獄がひとつ減った。

またひとつ、楽になった。