母の人生をなぞって、生きていた。

長女として生まれた母は、実の妹を嫌い、
同性より男友達が多く、
また兄弟がいなかったために
女の跡取りとして期待され
男のように生きていた。

母の幼少期や青春時代の話を

耳にたこが出来るまで聞かされたせいか、
いつの間にか、まるで自分の半生のように
頭にインプットしてしまい、
その土台に私の時間を積み上げていた。

私は、自分の幼少期がどうであったか、
記憶があいまいだ。

母のその時代なら、
いくらでも語ることが出来るのに。

物心がつく3才までは、
我が子らを叩いて躾たという母。

(3才までは記憶がないから

 たたいても大丈夫、という理由で。)

私はその3年間で、
自分らしく生きることを放棄し、
母への怒りや悲しみ、
苦しみなどを封じ込めた・・・と思う。

さらに、その上、
「母のことが大好きで尊敬しているから
 彼女の言うことを聞いているのだ」と、
自分を偽って生きてきた。

私が自分の女性性を
受け入れられなかったことも、
自分を奴隷のように卑下していたのも、
全部、母との関係に起因していたのかもしれない。

だからといって、今後、母に冷たくする気はない。

母もまた、2才のときに実母を亡くし、
母性を欠いた環境で成長していたから、
そういう子育てしか出来なかったのだろう。

また私も、二人の娘に対し、
叩きはしなかったものの
かなり厳しく接していた時期があった。

そんな私が、
母を責められるわけがない。

が、私は、自分も責めない。


そのときそのとき、人はそれが精一杯だったから。

自分の出来る範囲でしか、
人は行動出来ない。

どんなに理想を描いても、
個人には限界はあるのだから。

母をゆるし、これまでの自分をゆるして、
これから新たに生きる。

私は、これからの人生を
ありのままの自分らしく進もうと思う。

過去の蓄積にこだわるよりも、
心の奥底からほのかに見える
今輝く灯りを頼りにして、進もう。