私はずっと、私にとっての正しい道が、
一本だけ存在すると思っていた。
だから、道に迷った時は、神様が
「そっちじゃないよ。こっちだよ」と、
本道に戻してくれるんだと思っていた。
だから、何かあると、いちいち、
「この道で合ってますか?正解ですか?」
と、お伺いしていた。
でも、最近は、その考え方は
間違いだと気がついた。
私たちはすでに全員、
神様(お釈迦様)の大きな手のひらの上にいて、
どの方向に進もうが構わないってことなんだ。
正しい一本道とか
間違いの枝道とかなんて、ないんだ。
神様が望んでらっしゃるのは、
自らの子どもである人間たちが、
日の当たる手のひらの上で、
楽しく過ごすこと。
何が楽しいかは、
子どもたちそれぞれ違うから、
各々それを見つければいいんだ。
だから思いの向くままに、歩きまわれ。
その歩いた跡が、道になる。
一本だけ存在すると思っていた。
だから、道に迷った時は、神様が
「そっちじゃないよ。こっちだよ」と、
本道に戻してくれるんだと思っていた。
だから、何かあると、いちいち、
「この道で合ってますか?正解ですか?」
と、お伺いしていた。
でも、最近は、その考え方は
間違いだと気がついた。
私たちはすでに全員、
神様(お釈迦様)の大きな手のひらの上にいて、
どの方向に進もうが構わないってことなんだ。
正しい一本道とか
間違いの枝道とかなんて、ないんだ。
神様が望んでらっしゃるのは、
自らの子どもである人間たちが、
日の当たる手のひらの上で、
楽しく過ごすこと。
何が楽しいかは、
子どもたちそれぞれ違うから、
各々それを見つければいいんだ。
だから思いの向くままに、歩きまわれ。
その歩いた跡が、道になる。