昔、人にアイドルや食べ物、音楽などの分野で、
「好きなものは何?」
と聞かれて、いつも困った。
私はふだん、それらの好き嫌いについて
明確に考えたことはなく、
はっきり答えられなかった。
そんな自分を「世間知らずで勉強不足だ」と思ったし、
「好きなものがわからないなんて、
人間としてどこか間違ってるんじゃないか?」
といつも自分を責めていた。
「好きなものを明確にしたい、でもわからない」
という思いが私を追い詰め、悲しませた。
そんな過去を、
「もう、怒らない」(小池龍之介著)を読んでいて、
ふと思い出した。
169頁に
「欲望のある心をある心と知ること。
欲望のない心を欲望のない心と知ること。
反発のある心をある心と知ること。
反発のない心を反発のない心と知ること」
(『大念処経』 心随念の部)
とあり、ここを読んで、はっと気づいた。
何とも思ってないのなら、
「何とも思ってない」と
正直になるのが正しいんだ!とわかった。
「これが好き…ということにしておこう」などと、
無理に答えを作り出そうとしたのは、
自分に嘘をつくのと同義語だった。
人に何と言われようと、自分の心に添っていよう。
もう、それでいいやん。
「好きなものは何?」
と聞かれて、いつも困った。
私はふだん、それらの好き嫌いについて
明確に考えたことはなく、
はっきり答えられなかった。
そんな自分を「世間知らずで勉強不足だ」と思ったし、
「好きなものがわからないなんて、
人間としてどこか間違ってるんじゃないか?」
といつも自分を責めていた。
「好きなものを明確にしたい、でもわからない」
という思いが私を追い詰め、悲しませた。
そんな過去を、
「もう、怒らない」(小池龍之介著)を読んでいて、
ふと思い出した。
169頁に
「欲望のある心をある心と知ること。
欲望のない心を欲望のない心と知ること。
反発のある心をある心と知ること。
反発のない心を反発のない心と知ること」
(『大念処経』 心随念の部)
とあり、ここを読んで、はっと気づいた。
何とも思ってないのなら、
「何とも思ってない」と
正直になるのが正しいんだ!とわかった。
「これが好き…ということにしておこう」などと、
無理に答えを作り出そうとしたのは、
自分に嘘をつくのと同義語だった。
人に何と言われようと、自分の心に添っていよう。
もう、それでいいやん。