子供の頃に書道に通っていて、
一応、硬筆は初段の腕前になった。
が、書道の見本を見るときは、上手に出来るのに、
普通に書くときは、汚い字になってしまう。
何故、普段では、美しい字が書けないのだろう?
それがずっと懸案だった。
昨日、いつものように、読書しながら、
気に入った文章をノートに写していた。
相変わらずの癖字のまま。
自分の肉筆がとことん嫌になり、ふと、
「そうだ。文章を写すだけでなく、
印刷文字をまねしながら、ノートに書こう」
と思って書いたら、突然、
きれいな字が書けるようになって、びっくりした。
分析をしてみると、今までは
(1)「書道の本を見て書く」→手本の字の模写
(2)「字を書く」→使い慣れた自分の字を使う
というように、無意識にも、場合に合わせて
文字のフォントを変えていたことになる。
(書道の時だけ、1のフォントを使っていた。)
だから、これからは、なるべく、
2の汚い草書体(使い慣れた自分の字)ではなく、
1の美しい活字体(習った字、印刷文字)を使おう、
と、自分で決定すればいいだけのことだった。
何故きれいに書けないのかずっとわからなかったが、
脳内で選ぶフォントそのものが間違えてたからだ。
今まで使っていた古い教科書をやめて、
新たな教科書を選ぶように変更すればいいんだ。
乱暴な言い方をすれば、
かつての自分の字(フォント)を捨てたことになる。
汚い字が嫌だと思いつつ、それに固執していたのは私だ。
この学びは、我執の捨て方と、イコールかも。
今までのやり方を単になぞり続けるのをやめ、
より美しい方に寄り添っていこう、選ぼう、という
柔らかい心と態度が、決め手になるんだ。
そうかそうか~。ものすごく勉強になった!
そんな感じで、私の中で、
書き文字のパラダイムシフトが起こった。