久しぶりにパソコンから書いています。
(涼しくなったので、器機の調子が戻ったのか?)
長文が書けて、うれしいです。
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先日、長女が買ったマンガを見せてもらった。
「日常」というタイトルの学園物・ギャグマンガだった。
その中で、高校生女子(中学かも?)が
学校でテストを受けるが、一問も解けずにいる
というエピソードがあった。
あせりまくったあげく、彼女は落ち着きを取り戻そうと、
心の中で座禅を組み、「無」の境地になる。
テスト時間の終了の合図で意識を取り戻し、
彼女はビックリする、という内容だった。
ギャグマンガに解説を付けてもどうかと思うが、
「心を無にする」を
「目の前にあるテストまで無いことにする」
という使われ方をしているのが気になった。
これでは、彼女の「無の境地」は、
「居眠り」と同じ結果になってしまうのは明らかだ。
本当の「無になる」とは、
焦りや不安などを横に置いて冷静になり、
今ここという現実(=ここでは、テスト時間)に
前向きに取り組む姿勢を取り戻すことだ。
つまり、
本当の「無」は、現実逃避ではない。
雑念を捨て、今できる最善を尽くす、ということ。
よく瞑想とかで、「無にする」というのは、
雑念を上手に処理する練習の場というわけで。
・・・まあ私もこの年齢になってやっと
「無=雑念のない心の状態」とわかってきたので、
ギャグ漫画の中の彼女に
大きいことは言えないのだけれども。