この間、NHKの特集だかで、
福島での初期対応のときの日米関係を
まとめている番組をちらっと見た。
原子力にくわしい専門家や、無人ロボットなどを
アメリカは日本に派遣する用意があると
何度も打診したが、日本はそれを拒否していた。
「日本は何もしないのか?」とアメリカが驚いているとき、
ようやく管さんが動いたのか、ヘリからの放水。
すると、アメリカ側の態度が徐々に軟化した云々。
・・・この辺りをテレビで聞いて、
これこそがお国柄なのかなあと思った。
ヘリからの放水が
うまくいったかいかないかが問題なのではなく、
「何らかの手を打っている」という行動性をこそ、
アメリカ側は欲していたようだ。
何事につけ、日本は静観する態度が多いが、
行動派のアメリカにとっては
その様子はイライラするのかもしれない。
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静観することと、行動すること。
どっちが良くてどっちが悪いか、ということは、
ケースバイケースなので、決められない。
ただ、ここでわかったことは、
「相手の行動が理解できないとき、
人は不安や憤りを感じるものなのかもしれない」
ということ。
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これを自分の人生に活かすとするなら。
何か問題が起こったときは、
自分の力でどこまで出来るか、
人にどこまで依頼することが出来るか、
どういう立場でいるかなどを自ら明確にしておきたい。
また、動くにせよ、静観するにせよ、
自分が今どうしてそうしているのかを、
質問してきた人があれば、正直に説明しようと思う。
(質問されない場合は、答えなくてもいい)
見た目が動かなくても
「対応を考え中」「経過を観察中」
「考えられない。フリーズ中」など、理由は様々だ。
自分の今の思いを、自分や他者に明確にすることで、
次の一手が導き出されるように思う。
フリーズだって、無知だって、悪い事じゃない。
誰かの手を借りたっていいと思う。
悪いのは、
「フリーズしているくせに、
フリーズしていないふりをすること」とか、
「わかっていないのに、わかっているふり」など。
つまり、思いと行動が裏腹なのが良くない、のでは。
いつでもどこでも、正直に生きたいなあと思う。