夕食の仕度をする前に、
昨日の記事に書いた「彼」と内面で対話して、
長い会話内容をブログに書き、「公開」ボタンを押した。
が、記事がまるごと消えてしまった。∑( ̄[] ̄;)!ホエー!!
もう一度、同じことを書く気には、なれない。
まあ、これも意味があるのだろう、と、あきらめた。
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夕食時、娘が「忍たま乱太郎」のアニメを見ていた。
「忍たま」とは、忍者を養成する子供学校が舞台だ。
今日(5月23日)のお話は、以下の通り。
自信家の先生と恥ずかしがり屋の先生がいて、
恥ずかしがり屋の先生に対して、みんなが、
もっと自信を持つと良いですよ、と励ます。
恥ずかしがり屋の先生は、
自信家の先生の真似をして、
強気のポーズをするうちに、元気になってくる。
ところが、自信家の先生が、その様子を見て、
「今までこんなポーズをしていたなんて、恥ずかしい」
と顔を赤らめ、立場が今までと逆になってしまう。
次のシーンで、生徒たちが川に落っこちたとき、
その二人の先生は忍術で子供を助ける。
「大丈夫だったかい?」と子供たちに
尋ねるときの先生ふたりは、
自信家でも恥ずかしがり屋でもなかった。
ハッと我に返った二人は、また元通りの
自信家と恥ずかしがり屋に戻る、というストーリーだった。
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このアニメの内容と、さっき消えた記事と、
ちょうど内容がかぶっているなあと感じた。
これもまた、メッセージなのだろう。
要するに、私の守護霊さんが言いたいことは、
「自信家という面、恥ずかしがり屋の面、など、
人はさまざまな面を持っていて、
一面だけが自分と決めつけるのは間違いだ」
と、教えてくださっているのだろう。
なので、
昨日の記事の「自信家な彼」という一面もまた、
私の一部なのだな、と、引き受けることにした。
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さて、これまで自分の心の中で、いったい、
いくつの元型を発見したことだろう。
「子供」「鍋奉行」「武士」「シスター」「脚本家」
「掃除婦」「お金だけを頼りにするおばあさん」
「自信家の男」などなど・・・。
私は1面的ではなく、多面体。
単体ではなく、複合体なのだろうな。
どの面が良くて、どの面が悪いか、とか
どの部分は自分で、どこは自分ではないか、とかは無くて、
元は1つで、ダイヤのカットのように面がいっぱいあるだけ。
光が当たったところが、見える部分なのだろう。
まだ見ていない面は、どこだ。
こうなったら、面の全てを認知するぞー。